第百十九話 長が剣を握る時 その1
「し、侵入者だと......」
ディフェンサーズの会長、月詠寿之は随分と久しぶりに肝を冷やした。
その前で姿勢を正して状況報告している役員もひどくあわてていた。
「警報は鳴らなかったぞ!」
「何者かがキーを使用した模様です! 既に死負傷者も発生しています!!」
この本部には、カードキーがないと入ることができない仕組みになっている。
もしエネミーがここに突撃しようとするとなると、無理やり破壊するしか方法は無い。
だが少なくともレベル8以下のエネミーは破壊することも無理なように頑丈に作られてあるし、仮に破られたなら、警報が鳴り響き、その情報が即座に寿之に届くようになっている。
となると、犯人はカードキーを持っている、つまりディフェンサーズに所属しているということになる。
( まさかあの組織が、今まさに拠点を叩いている最中の組織が......? それにこれをやるとするなら、奴しか......)
寿之は誰なのかを想像するには容易かった。
あの人物しかいないと、確信できる。
これから一体どんな行動に出るのかを推測できるとすぐに気持ちを整え、俯かせていた頭を上げる。
「......なら、役員や中にいる戦士全員を避難させろ。恐らく標的は私のはずだ、私が相手をする」
「え!?」
「私だって戦える。とにかくどこにでもいいから部屋に入れろ。絶対に外には出すな!」
「は、はい、分かりました!!」
目の前にいる役員は、寿之の判断にかなり困惑した様子を表に出しながらも、全速力で会長室の外へ飛び出していった。
この本部内で暴動が起きるのは創設以来初めての出来事だが、それでも大きな動揺も見せることはないのは、寿之がこの組織の長であることの裏付けとなっている。
「なんか大騒ぎですね、会長」
この部屋のどこからともなく少女の声がすると、なにも存在していなかった寿之の机の前に、黒いマントを羽織った人物が霧が晴れるように現れた。
それを皮切りに、他の3人も同じようにして次々と姿を見せる。
「さっきの声はやはりお前か、柊琳、もとい月詠玲琳」
「気づきませんでしたか? 私たちしか持っていない迷彩装置は役に立ちますね! 時間制限があるのが惜しいですけどね」
玲琳はまるで自分が開発したかのようにその装置を褒め称える。
彼女を含めた四人は全員、月詠の血を引いている者であり、月詠の『親衛隊』である。
普段は役員や戦士としてディフェンサーズ内に紛れており、主に諜報や、親衛隊の文字通り寿之を護衛するなどの役割を担う。
その存在は月詠家しか知らない、ましてやそのメンバー構成というのはこの寿之以外誰一人としていない、言うならば秘密集団である。
(その隊長、玲琳......恐怖や緊張というものが欠落していて、それ故に仕事や任務の為の殺傷は躊躇わない。精神病質とまでは行かないだろうが、あいつは闘いに向いている)
玲琳も『医療技術をもっている上級戦士』という肩書きを着ながら、この本職である親衛隊隊長に就いている。
寿之が彼女を隊長にに抜擢したのは、そのいかなる恐れを体に触れさせることすら許さない少々特殊な性格を評価しての結果だ。
「この前のシェルターのやつ、ほんとは玲琳隊長一人でやるはずだったのに、隊長のわがままで無関係だった二人の上級戦士を巻き込んで、ホントに酷いもんですよ」
玲琳の隣にいるメガネの男がそう言ってため息をつく。
「友達との仲は深めるべきだと思うんですけどね、栄太。それに結果的には成功に終わったんですし」
「冗談じゃないですよ。説明下手だと知ってるくせに僕を進行役に抜擢して、そのせいで義手の女に変に怪しがれて、勘弁してくださいよ......」
栄太は呆れ返ったようにまた一段と大きくため息を吐き出す。
「お前ら、どういう状況かは大体分かってるのか?」
「はい、さっきのやり取りを聞いておりました故!」
玲琳は陽気な返事をして、びしっと敬礼を決める。
「本当にあの人なんですかね......?」
「ああ、あれほど怪しい行動を取ったうえ、今回の事件だ。仮に違っても別にこっちに損害は無い、そうだろ栄太」
「そうですね、ならいいんですけど......」
栄太は数回頭を下げる。
彼も役員として働いておりながら、その戦闘能力は十分にある。
心配性で弱気な面があるものの、敵には屈することなく確実に倒そうとするので、逆にプラスに働いている。
そうした中、寿之と向かい合っている部屋の扉が乱暴に開かれた音が室内に響いた。
親衛隊はすぐに寿之に背中を向けた。
「来たか」
そこから召喚人や、二足歩行のエネミーが15体ほど流れ込んでくる。
そして真ん中に位置していたエネミーが真ん中に道を開けると、一人の人間が姿を見せる。
その人物が正に寿之が想定していた人物であった。
「やはりお前だったか、孝二!」
「直接会うのは久しぶりだね兄さん。それもこういう形でね。前に立っているのはもしや親衛隊だね? なるほどこういうメンバーだったのか」
小太りのディフェンサーズ幹部、月詠孝二はニヤリと笑う。
一方の兄・寿之は裏切られたという怒りというのは、予想通りだっただけに薄い。
「エネミーと手を組んだお前に最早『月詠』という苗字を名乗る資格はない。そして今から私の手によって葬られる、一対一で」
「一対一? 武士の決闘じゃあるまい。こいつらにもたっぷりとお前の血を舐めさせてやりたいんだが」
「そうか、ならこっちにも考えがある......」
寿之はメガネを整えると、椅子に体重をのせているところから前へ体を傾ける。
「親衛隊諸君、命令だ......愚かな反逆者、孝二を除いたこの部屋にいる私に刃向う全生命体を、親衛隊諸君の刃を以ってして、一体残らず駆逐せよ!」
「了解。今から我ら親衛隊は、寿之様の命令を遵守し、敵の駆逐を開始する! 迷彩装置始動!」
玲琳の掛け声とともに、四人共々霧となって消えて行った。