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第百十三話 あたいの業火 その1

 ほとんど真っ白なノートがぼやけながらも目に入る。

 目を半開きにするのも苦痛である。


 (眠い......)


 笠置姉妹の妹、要は、数学の時に眠り襲ってくる睡魔と格闘中である。

 授業が始まってから何分ぐらい経ったかは分からないが、頭を上げて壁の上に飾られてある時計を見る気もしない。

 およそ15~20分は流れているのだろうが、授業内容のほとんどは要の耳をそのまま通過していっている。


 「えー、ここはこうで、ああで......」


 黒板の上の端をつま先立ちじゃないと届かないくらい低身長の高齢の男教師が、教卓の前に立って説明をしているのが聞こえる。

 その弱々しい声と、やんわりとチョークで黒板を叩く音が、睡魔の攻撃力を増大させている。


 (あぁ、ただでさえ数学苦手なのにぃ......)


 要は幾度か意識そのものを手放しかけている状態で嘆く。

 他の教科は姉の麗美にこそ劣るものの、特別成績が悪いという訳ではない。

 だがこの数学だけは、本当に何を言ってるのか彼女にはさっぱりなのだ。

 中学はなんとか乗り切ることはできたものの、高校になってくると日常でもよく目にしているはずの数字や記号が、古代の暗号化のように見えてしまう。

 そして苦手教科+教師の声+優しすぎるチョークの音という、睡眠環境がばっちりと整ってしまっているだけに、ほぼ毎回こうなってしまう。


 そら赤点も取るわけである。


 (ううう......)


 魔物が要を殴りながら着実にリングの端へと追い詰めている。

 教師は恐らく彼女が寝かけているのを知っているだろう。

 だが、その一人のために授業を遅らせるわけにはいかないのか、気づいていないのか、声をかけることはない。

 それか常習なので諦めているか。


 (あぁ、ノート書いてない......まあいいや、ほかの人に見せてもらえば......)


 もう睡魔の猛攻に耐えられなくなった。

 要は机に肘をつけ、その手の上に顎を置き、考える人のポーズをとる。

 そしてそのまま、ダウンしようとした。


 「エネミーだ!!」


 男子生徒の一人がかなり驚いたように叫ぶ。


 「ふっ!?」


 その拍子に要は乗せていた顎が滑り、ガクンと揺れる。

 心臓が跳ねたような感じがしたが、そのおかげで眠りが一気に吹き飛んだ。

 大ピンチからの一発逆転KO勝ちである。


 「どこどこ?」


 他の生徒たちも椅子を後ろに飛ばしながらわらわらと外側の窓に群がる。

 そして大きくざわめいている中、要も立ち上がって窓の方へ向かう。

 先に開かれた窓を覗き込んでいる人たちの肩の間に割り込んで、その外を見てみると、確かにいた。


 「ほんとだ」


 校門を入った先の広場の地面から突き破るようにエネミーが這い出てきている。

 茎のような図太い緑の胴体が、ミミズみたいに長々と地下から伸びており、所々には枝別れして、葉っぱがついている。

 頭部と見られる部分はつぼみだろうか、緑色の球体が先についている。

 まさに動く植物だ。


 「エネミーがここに来るって初めてだ......」


 要は今までになかった事例に少々驚く。

 この学校に来て半年近くしかいないが、エネミーがここに現れるのは初めてである。

 しかも、見た目からして、並の強さではなさそうな感じだ。


 「要......」


 一人の女子生徒が、要の声を読んだ。

 それを皮切りに、「笠置!」「要!」といった期待を寄せた言葉が次々と飛び出してくる。

 名前しか呼ばれていないが、そこに込められていた意味は分かりきっていた。


 「もちろんよ」


 要はその声に返事すると、上靴を履いた足で窓のサッシに掛ける。

 「みなさん逃げてください......!」というおじいさん教師の柔らかいが精一杯の声で要の周りに群がっていた人たちはようやくその場から避難し始める。

 それでも、彼女が闘いに赴くのを見守る視線はほとんどの人が外していない。


 「ほいやっ!」


 要は尻を下にしてそこから飛び降りる。

 耳元で風が荒れ、腹から浮遊感が込み上げてくる。

 いつもならあの赤と白の服ではない、学校のセーラー服であるが、こっからの要は『女子高生』としての要ではなく、『ディフェンサーズ』としての要である。


 (れみ姉ももうすぐ来るはずだ!)


 要は右手に炎を出すと、炎は盛大に湧きあがり、やがて一本の槍が出来上がる。

 落下していた要は地面すれすれで水平飛行に転じ、そのエネミーに高スピードで向かう。

 こちらに気づいたか、少しとがっているつぼみの先を要に向ける。


 「あたいの業火に斬られて死ねっ!!」


 要はそのエネミーの茎に向かって紅い炎を一閃いれた。

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