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第百話 幸せの余韻

 6区のある会場内では、とんでもない熱気に包まれていた。

 おびただしい数のペンライトが、まるで機械のように統一された動きを見せている。

 そのピンクの光に囲まれたステージの上では、ペンライトの持ち主たちが愛してやまないアイドルグループが、いきいきとしながら踊り、歌う。


 「ウオオオオ......!!」


 ポップ調な歌が終わると、男達がピンクの光を散乱させる。

 その最前列、柵の前と言うアイドル達と最も距離が近い場所で、一際目立った巨漢がいた。


 「ヒョオオオ、ブヒイイイ!!」


 黄色を基調とし、前面にハートをバックに『LOVE』と書かれたいかにもなTシャツを着た男、黒山マルオが、何重にも重なった腹を盛大に揺らしながら、ほかと同じくペンライトを振り回していた。

 彼ほどではないにしろ、腹を前に突き出したオタクたちが何千もいるわけだから、会場は蒸し焼き状態であり、彼は全身にかなりの量の汗をかいていた。

 だがこれでも、マルオは立派なディフェンサーズの戦士、№13である。


 「サクラズウウウウウ......!!!」


 マルオはその『サクラズ』というグループのメンバーに向かって、熱くペンライトを回し続けていた。


 ※ ※ ※


 そのコンサートが終わると、今度は握手会が行われた。

 当然、マルオを含むファン達はほぼ全員ここへなだれ込む。


 「ぶひひ......」


 そこでも異様な存在感を放っているマルオは、列に並んで順番を待つ。

 カバのようにたるんだ頬を上げ、自分の番が来るのを心待ちにしている。


 「いやあ、楽しみですね」


 マルオの背後からきこえてきたので、マルオは後ろを向く。

 そこには比較的細身のメガネをかけた男性がいた。


 「ぶ、そうでぶねぇ。チミは特に誰と握手がしたいんだぶぅ? ぼくちんは金子ちゃんだぶぅ。あの明るい性格がたまらないんだぶぅ......」

 「私は綾ちゃんですかね。あのクールな見た目に心を奪われました」

 「綾ちゃんでぶか、たしかにあの人もいいぶぅ......」


 こうして、ほかのファンと心を共有できるのも、ファンのいいところだとマルオは思っている。


 「お、そろそろでぶね」


 ようやくあと一人である。

 その前には、黒髪ショートの金子ちゃんという人物を含めたアイドルが、さっき踊っていたのと同じピンクのドレスを着て、ファン達を歓迎している。

 もう間もなく自分が愛する人たちと握手できると思うと、興奮が収まらず、顔や手から汗が噴き出す。

 これでは握手できないと、首に巻いてあったタオルで手をふく。

 そして、とうとう手前の一人も抜けて行った。


 「ぶ、ぶひ、そろそろだぶぅ......!」


 締め付けられるような胸の苦しさを感じながら、ついに念願の握手を......。


 「うわー!」


 その途端、遠くから悲鳴と地鳴りが聞こえてきた。


 「ぶぶっ!?」


 何事かと思い後ろを振り向くと、サクラズのファン達が列を思いっきり乱して逃げ惑っている。

 そして、その原因である一体の黒い球体が転がり暴れていた。


 「ま、まさか......!」


 黒い球の正体はエネミーであった。

 エネミーは転がり終えると、丸い状態からパカっとアルマジロのように割れ、二足で立ち上がる。

 その見た目もアルマジロに近く、長い舌を垂らし、両手はクマの手のような形をしており、腹は茶色で、それ以外はみんな黒であった。


 「ぶぶぶ、なんてことを......!」


 マルオが会場を荒らされたことに憤りを感じていると、エネミーがマルオに向かって体を丸めて突進してきた。


 「ブ!?」


 マルオはすぐに両手を前にだし、エネミーを受け止める。

 手には大きな衝撃が走り、腕の脂肪が波打つ。

 止めている隙に周りを見渡すと、アイドルたちは席を外して逃げており、それとは反対方向に顔を向けると、さっき会話していた細身の男は腰を抜かしていた。


 「さあ、ここはぼくちんに任せて、ちみは早く逃げるぶぅ!!」

 「あ、あなたはもしかして、ディフェンサーズの黒山マルオさん......!」

 「そうだぶぅ。さあにげるぶぅ、金子ちゃん、綾ちゃん、サクラズのみんなそしてちみみたいなファンは、絶対に死なせないぶぅ!!」


 マルオがそういうと、恐怖におびえていた彼の顔は安堵の表情に変わり、「はい!」といいながら急いで走り去った。


 「さあ、こいぶぅ!!」


 マルオはそういうと、反応したのか、エネミーは球体を解き、そしてすぐに熊の手でマルオの腹部に突き刺そうとする。


 「ブヒヒっ!!」


 マルオは何とかその手を抑えるも、手の先が腹に突き刺さってしまった。

 だが、彼には異常なほどの脂肪がある、全く痛くないわけではないが、なにしろ神経や血液があまり通ってないので、大したことはなかった。


 「このっぶぅ!!」


 マルオはそれを片手で押さえつつ、右腕を天井にあげると、そこから空手チョップをするようにエネミーの腕に振り下ろす。

 その攻撃は見事にヒットし、エネミーの腕を切断する。


 「!!」


 エネミーは下を振り回してもがくが、直ぐにもう片方の腕で再度攻撃する。


 「まだやるでぶか、ならばこうだぶぅ!!」


 マルオはそういうと、口を大きく開け、


 「ぶごおおおおおおおおおおおお!!!」


 と爆音を鳴らしながら、エネミーを吸い込もうとする。

 その異変に気付いたエネミーは、攻撃を中止し、両足をつけて粘ろうとするも、マルオの強烈な吸い込みは衰えることはない。

 しばらくするとエネミーはそれに耐えきれずに、とうとう足を浮かせてしまった。


 「ぶごおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 マルオはそこからも全力でエネミーを吸引し、エネミーの頭部を彼の口に埋めると、ゼリーを吸い込むがごとく勢いでどんどんと口に入れていく。

 自分と大して変わらない体型をしているのにもかかわらず、躊躇わずに飲み込む。

 そしてエネミーをすべて飲み込んだとき、体内で束の間の抵抗をしているのを感じたが、それはすぐに止んだ。


 「......ぶぅ、退治完了だブゥ」


 そうマルオが言った時、それを見守っていたサクラズや、そのファンから拍手と歓声が上がった。


 「あ、あの!」


 マルオがタオルで顔を拭いていると、愛嬌のある声が聞こえる。


 「ぶ......!」


 もしやと思い、声のする方へ向くと、そこには彼の好みである金子ちゃんがいた。

 彼女は笑顔でマルオを見ている。


 (か、かわいいぶぅうううううう!!)


 マルオは見事にハートを射抜かれた。


 「な、な、なんだぶぅ......」

 「私たちを助けてくれて、あり――」


 金子ちゃんがお礼の言葉を述べようとした途端、丁度二人の頭上にある天井が音を立てて亀裂が入る。


 「ぶ!?」


 エネミーが暴れたせいで建物が損傷したのだ。

 亀裂は一気に広がり、とうとう二人の上から瓦礫が降り出してきた。

 嫌な予感しかしなかった。


 「きゃっ!!」

 「あぶないぶぅっ!!」


 マルオは金子ちゃんを守るべく、彼女の上を覆うようにして盾になる。

 その直後、マルオの背中に瓦礫の雨が降り注ぐ。

 背中にそれが次々と襲い掛かってくる。

 辺りは再び騒然となる。


 「え......え......?」


 金子ちゃんはきょとんとしながらマルオの方を見ている。

 マルオはじっとしたまま動かなかったが、


 「......ふう、大丈夫でぶか?」


 と、声をかける。


 「ふう、あのエネミーの能力が役に立ったぶぅ」


 彼の能力はエネミーを吸い込めるだけの吸引力と、巨大な胃袋だけではない。

 吸い込んだエネミーの体質、能力を少しの間だけ利用できるのだ。

 例えば今の場合、さっき吸い込んだエネミーは固い体質をしていたので、その能力を使って無傷で金子ちゃんを瓦礫から守ることに成功した。


 「あ......あ......」


 金子ちゃんはマルオの方を向きながら涙目になっている。


 「えっと......」


 マルオはそれを見て少し困惑するが、突然、彼は金子ちゃんに大きな片手をそれとは逆に小さい両手でぎゅっと握られた。

 そして、涙が少し見える彼女はとびきりの笑顔で


 「ありがとうございます!!」


 と一言。

 マルオはそれを聞くや否や、顔がとろけるような幸せに浸る。

 まさかこんなに感謝されながら握手をされるなんて、思ってもみなかった。


 「ぶ、ぶひ、どういたしましてだぶぅ......!」


 と詰まりながら返す。


 (ディフェンサーズやっててよかったぶぅ......!!)


 と、心底思いながら、彼はその後も幸せの余韻に浸りながら生活を過ごすことができた。

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