七話 交わした言葉
カフェから出た私達は、噴水で有名なとある公園に訪れていた。
色とりどりの草花が取り取り囲むように整えられていて、茶色のブロックが敷き詰められた地面にはゴミもない。綺麗な管理が行き届いている公園は、歩いているだけで心に安らぎをもたらしてくれるかのよう。
「ここの公園知っていてはいたけど、来たのは初めてなんだよね。景色を見ているだけで落ち着くね!」
横を歩く私にニコっと微笑みかける一聖くん。
だけどそんな笑顔を向けられる私は、とてもじゃないが内心バクバクでございます。
一聖くんと二人きりで公園に来ているってシュチュエーションだけでも緊張するのに、無邪気な笑顔とのダブルパンチに落ち着いていられるほど、私は打たれ強くない。
それからは公園で穏やかな時間を過ごした。
二人でかがんで綺麗な花を覗き込んだり、木の枝に止まって休んでいる野鳥を一聖くんが見付けたり、野良猫がいたから二人で撫でたりして可愛がってたんだけど、なぜか私だけ引っかかれたり、葉っぱで小さな船を作って小川に流してみたり。
まるで子供の頃に帰ったように二人で無邪気な笑みを浮かべていた。
だけどそんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。
大きな噴水を背にして、側にあるベンチに座る私達。日も暮れ初めて、段々と空が夕焼けに染まりつつある。
「菊地さん、今日はありがとう。とても充実した一日だったよ」
一聖くんは優しい微笑みでそう声をかけてくれたけど、お礼を言うのは私のほうだ。
「……わ、私のほうこそ……ありがとう。せっかくの休みなのに、私なんかに時間を使って……大丈夫だった?」
「あっはは! 気にしなくて大丈夫だよ。それに、”一日遊ぶ約束”だったからね!」
ニコッと笑いながら、諭すようにウインクする一聖くん。あぁ、ズルイです……。
「さて、そろそろ帰ろっか!」
一聖くんはそう言って立ち上がったのだが、ふと何かを思い出したかのように私へと振り返った。
「あ、そうそうこれ」
一聖くんは手に持つカフェの袋から、おもむろに一つの小さな紙袋を取り出した。その大きさからは、妹さんのコップじゃないことは見て分かる。他にも何か買っていたようだ。
一聖くんはその小さな紙袋の中から、うさぎのストラップを取り出した。そう、雑貨カフェに売っていた『ぐでうさストラップ』だ。
「付き添ってもらったお礼も兼ねて、親睦の証にと思ってね!」
私の両手に、ストラップが優しく乗せられる。まさかこんなプレゼントをもらえると思っていなかった私は、ビックリして目を丸くしてしまった。
「……え、い、いいの?」
おどおどする私に、一聖くんは満面の笑みを放つ。
「もちろんさ! これからも、仲良くしてもらえると嬉しいな!」
一聖くんがあまりに明るく、あまりに優しいから、私は一気にカーッと恥ずかしくなった。
「なにをおっしゃいますか殿! その言葉は私が言うべきものです!」と思ったが、どうやら私の胸に潜む武将は、一聖くんの笑顔に打ち取られたようだ。一聖くんが戦国時代に生きていたら、笑顔だけで一騎当千なこと間違いない。少なくとも私なら喜んで首を差し出す。
だけど、プレゼントをもらったのだからきちんとお礼はしないといけない。
心が弾みそうになるほど嬉しい出来事。恥ずかしい気持ちを我慢して、出来る限りの笑顔を作り、勇気を振り絞って一聖くんの顔を正面で捉えた。
「……ありがとう!」
その瞬間、一聖くんはきょとんとした面持ちをしていた。そしてふいに顔を近づけてくる。
――なになに!? 私なんかやらかした!? ちょ、ち、近いってばぁぁぁ――!
顔を近づけて、真剣な眼差しで見つめてくるものだから、私も自然と目を背けることが出来なかった。
火が出るほど真っ赤になっているであろう顔を見つめられるのが死ぬほど恥ずかしくて、泣きそうになってくる。もう一歩近くなったら顔を背けよう、そう思っているとふと一聖くんが呟いた。
「へ~。菊地さんの笑顔、初めてみたよ。可愛い顔するんだね!」
ボンッ! っと音がしたであろう。顔から煙を噴き出し、壊れた機械のようにショートする音が。
恥ずかしさの許容限界を超えた私は、耳まで真っ赤にして勢いよく下を向いた。
しかし、私に訪れる嬉し恥ずかしサプライズイベントはこれだけではなかったようだ。
一聖くんは再び紙袋へと指を入れ、もう一つ同じストラップを取り出したのだ。
「実は、もう一個買ってたんだよね。これは僕用」
笑顔でさらりと言う一聖くん。
なんてこったい、俗に言うお揃いじゃないですか。
「初めてこんなに話した記念になるね。大切にするから、菊地さんも大切にしてくれると嬉しいな!」
一番最後に飛び切りの笑顔とビックリサプライズ。もはや体中が熱くてしょうがない私は、コクコクと頷くことしか出来なかった。
――えぇ、大切にします、しますとも。それはもう、これでもかってくらい愛でてやりますとも。だからお願いします。これ以上は……私の身が持たないですぅ!
「じゃあ行こっか。駅まで送るよ」
夕日を背にして帰路へと着く私達。ほっと息を尽き下を向いて歩く私の目には、並ぶ二つの影が足並みを揃えているのだった。
まばらに人が入り込む改札口は、仕事帰りの人達で徐々に込み始めている。
私は改札口を背にして、送ってくれた一聖くんと向き合う。
「菊地さん、月曜日に学校で。またね!」
「……うん、またね」
お互いに手を振り、別れの挨拶を交わす。私は一聖くんが背を向けてからもしばらく手を振り、そしてその動きを止めてはおもむろに自分の手を見つめた。
「またね……か」
私はつい微笑みを浮かべてしまう。
友達同士では当たり前のように交わす言葉。だけど私には初めての経験で、その言葉を交わしたことが純粋に嬉しかったのだ。
また会える、また話すことが出来る。お互いにそう思える人が出来たこと、それが誰でもない一聖くんであることに、私は胸を踊らせた。
――次は、もっとちゃんと話せるようになろう!
私は拳を握り、過ぎ去った一聖くんを見つめて、そう強く決心したのだった。