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六話 笑顔

 やって来たのは、とある雑貨カフェ。雑貨の販売と、カフェの両方を担っているお店だ。店内にカフェスペースがあって、可愛い雑貨に囲まれながら食事することが出来るらしい。


 らしいというのは、店頭の看板で読んだ限りそう書いてあるからだ。


 可愛いと言う単語からもっともかけ離れた存在である私が、こんなオシャレンティーな店を利用したことがあるわけなかろう。



 しかし、女の私から見ても店頭ですでに可愛い感が満載である。これでは男性が入りにくいのも納得する。私でさえ少し、いやかなりためらうのだから。場違い感がハンパない。


 

「妹がコップを割っちゃったみたいでさぁ……ここでしか売ってないらしいんだよ。僕が買い物に行くからって、ついでに頼まれたんだよね」


 苦笑いを浮かべながらそう語る一聖くん。

 

 そういうことなら妹さんの為にも、ここは一肌脱がねばなるまい。

 そういえば妹さんいたんだ。一聖くんの情報一つゲーット!


 そして私は一聖くんと共に、目の前の未知なる領域に足を踏み入れたのだった。




 ――ひゃっ! 眩しい! あちこちに並ぶ可愛い品が、薄汚れた私の目には眩しすぎるYO!



 いくつも並ぶテーブルの上や、壁沿いの棚、四方八方に散りばめられたそれは、宝石のように輝く小物品。天井にも凝った装飾が成され、明るい照明が商品をより際立たせる。手書きのポップがより可愛さをかもし出し、ついつい買ってしまいたくなる衝動に駆られるのだろう。


 店内には女性客が多くて、私達もその中に混じりながらお目当ての品を模索する。


 時折目に付く品の前で立ち止まっては、「これ可愛いね」とか「面白いね」とか言葉を交わしていた。

 それは私も自然と馴染んできたのか、気が付くと少し微笑みを浮かべていた。



 ――なんだろう……楽しい。ただ欲しい物を探しているだけなのに、一人の時と全然違う。一聖くんと一緒だから、きっと楽しいんだ。



 そう気付くと、急に恥ずかしくなってきた。だけどそれ以上に、この時間がずっと続けばいいのになぁなんて、淡い妄想を抱いてしまう。




 すると、ふと一つのストラップが目に付いた。ぐで~んと垂れたうさぎのストラップなんだけど、左の耳は横に垂れていて、右の耳が前に垂れて右目を隠している。

 少し私に似ているかも? なんて思うと、自然と手がそれに伸びていった。


 その瞬間、隣の一聖くんも同じ物に手を伸ばしていたみたいで、同タイミングだったのか手と手が触れ合ってしまった。


「――っ!」


 私は咄嗟に手を引っ込めて、胸の前でその手をぎゅっと握り締める。

 心臓の鼓動が加速し、顔が真っ赤になっていく。



 一聖くんは何事もなかったかのようにストラップを取ると、紐の部分を持ってはお互いの顔の間でそれをぶら下げた。


「このうさぎちょっと変わってるけど、可愛いね! 少し菊地さんに似てるかな? あはは」


 無邪気な笑顔を放っては、うさぎを見ながらそんなことを言い放つ一聖くん。


 私は遠回しに可愛いって言われたような気がして、口をパクパクとさせて赤面することしか出来なかった。




 それから少し物色していると、探していたコップが見つかったので一聖くんは無事購入することが出来た。


「もうお昼過ぎだね、せっかくだしここのカフェを利用してみよっか!」


 レジで支払いを済ませた一聖くんは、私に振り返ってそう口にして来た。



 ――え? いいんすか? お昼も一緒しちゃっていいんすか? ご飯がマズくなったりしないっすか?



「……うん」


 心の中ではビックリしていたが、どうやら少し一緒にいたことで私の口は麻痺してしまったようだ。






 一つの丸テーブルを囲んで、向かい合わせに座っている私達。

 正面で向かい合わせになる形が恥ずかしすぎて、自然と下を向いて小さくなってしまう。


 料理が運ばれてきて一緒に食べてはいるのだが、正直気が気じゃなくて味なんて全くしなかった。

 

 食べてる顔を見られない様にとしながらも、つい食事中の一聖くんをチラチラと見てしまう。


 ふと目が合って「おいしいね」なんて微笑みかけてくるもんだから、私は目をグルグルと回して一心不乱に料理を口にかき込んでしまう。

 食べ方が汚い女だと思われたかもしれないけど、そんな余裕などないのだ。



 こんなことは今まで予想もしてなかったし、私には一生縁のないものだと思っていた。一聖くんには失礼かもしれないけど、まるで恋人同士のひとときみたいで凄い幸せな気分。


 

 ――って! 恋人同士とか何言っちゃってんの私!? バカなの!? ねぇ、バカなの死ぬの!?



 顔を真っ赤にさせながら自分にアホなツッコミをしていると、四人組の女子が突然近寄って来た。



「あれ~!? 一聖くんだぁ!」

「ほんとだ!」

「一聖く~ん! やっほぉー!」

「奇遇だねー!」


 その子達がテーブルに近寄るなり、私は肩身を狭めて深く下を向いた。


 恥ずかしいからではない。しいて恥ずかしいと言えば、あまりにも違いすぎる服のセンスだろう。パッと見ただけだけど、この子達は今時って感じの可愛らしいオシャレな格好をしている。


 対する私は? 精一杯のオシャレのつもりだったけど、見比べると歴然として地味だと感じる。だから、こんな地味な格好の自分が恥ずかしい。


 でもそれ以上に、気まずいのだ。


 コンプレックスの塊の自分なんかが、一聖くんといるところを見られるのが気まずすぎる。釣り合ってないことが自分で分かってるがゆえに、ひどくそう感じてしまう。


 見たことないからおそらく違うクラスの子なんだろうけど、それでも顔を見られるのだけは凄くイヤだ。




「一聖くん、この子彼女?」

「私もそれ気になってたー!」


 甲高い声を上げてテンションを上げ始める彼女達に、一聖くんも笑ってはいるが少し困っているようだ。


「あはは……クラスメートだよ。この店で妹の買い物をしようと思ってたんだけど入りずらくてねぇ。偶然彼女と会ったから、無理言って付き添ってもらったんだよ」

「なーんだー! だよねぇ!」

「あービックリした! 一聖くんならもうちょっと……ねぇ?」

「うんうん。私、最初見たとき呪いの人形かと思ったもん」

「あはははは! ちょっとぉー! それ言い過ぎ~!」


 

 そんな風に言われた私は、膝の上に乗せた両手でスカートを強く握りしめ、自然と涙が込み上げてきた。



「ねぇ一聖くん、これから私達ゲーセン行くんだけど一緒に行かない!?」

「買い物終わってるんでしょ? 一緒に遊ぼうよ!」

「私達と遊ぶ方が楽しいって!」

「行こう行こう!」


 勝手に盛り上がる四人が、一聖くんを誘い始める。

 私は何も言うことが出来ずに、ただただうつむくことしか出来ない。


 一聖くんの買い物も終わったし、元より私はただの付き添いだから、一聖くんにしたら私と一緒にいる義理はない。

 

 この子達と一緒に遊ぶ方が、きっと私といるよりも楽しいと思う。

 だから私は、このまま一人取り残されるものだと覚悟していた。それが、当たり前のことだから。


 

 一聖くんは静かな表情でコーヒーを一口すすると、ニコっとその子達に微笑みかけた。


「ごめんね、彼女と”一日遊ぶ約束”をしているから。だから誘いには乗れないかな」


 私は耳を疑った。そんな約束はしていないのに、一聖くんは確かにそう言ったのだ。

 

 驚きで目を丸くしたまま、一聖くんを凝視してしまう。



 四人組が「えー」とか「また今度ねー」とか言って去って行ったが、もはや私の視界には映り込んでこなかった。


 四人組がいなくなるとすぐに、一聖くんは苦笑いを向けて来た。


「ごめんね、気を悪くしちゃったかな?」


 私は首を横にブンブン振って否定を現す。


「それとね、僕は菊地さんと一緒にいると楽しいよ。お世辞とかじゃなくて、これは僕の本音」


 テーブルに両肘を付けて、両手のてのひらに顔を乗せながらそう言って微笑む一聖くん。


 嬉しくて嬉しくて、私は下を向いて涙を浮かべる。そして零れる微笑みを隠しながら、小さく返事をする。


「……私も。……楽しい」


 

 恥ずかしいような、むずがゆいような、そんな感覚が走る。まるで一聖くんの優しさに包まれているような、幸せな温かさを感じたのだ。



 

 しかし、そんな私の心のゆとりをぶち壊すような声が耳に入ってきた。


 さっきの四人組。今は私の後方で少し距離のある位置にいるようだけれど、ヒソヒソと話すその声が私の耳には届いていた。


「てか、あのキモイ女なに? あんなのと一緒にいるなんて、一聖くん意味分かんない」

「一聖くん、ああいうのがタイプ? ちょっと幻滅」

「もしかして一聖くんB専とか?」

「あはは! かっこいいのに、ちょっと残念だねぇー」


 クスクスと小さな笑い声を混ぜながら、四人は好き放題に言っていた。



 その会話を耳にした私は、全身の血が沸騰するんじゃないかってくらい頭に来た。


 私の事を言うのはいい。直接でも陰でコソコソでも、いつもの事だから好きに言ってもらって構わない。


 だけど――。


 

 ――”一聖くんのことを悪く言うのだけは、絶対に許さない!!”



 私はおもむろに席を立ち、一聖くんに一言告げる。


「……トイレ行ってくるね」

「あ、うん。行ってらっしゃい!」


 笑顔で送り出してくれた一聖くんを背にして、私は渦巻く憎悪を胸に、あの四人組へと怒りの足を進めた。




 四人組は横一列になり、横長のテーブルに並べられた商品を見ているようだ。そのテーブルは大きめで、中央は棚になっていた。


 私はそのテーブルを挟んで、四人組と向かい合う形を取った。真ん中の棚が丁度壁になってくれて、姿はほとんど見えない。


 だけど意識して棚を覗けば、陳列された商品の隙間を縫って向こう側を見ることが出来る。


 私は少しかがんで棚の隙間から覗き込み、反対側にいる四人組の姿を捉えた。丁度目線も同じで、四人の目がハッキリと見える。



 ――こいつらは一聖くんを悪く言った。だから二度とそんな口が利けないように、お前らの口を閉ざしてやる!



 棚から覗き込む私の右目からは、金色の光りが小さく輝いた。そして脳裏に浮かび上がってくる、『声』の文字。



 笑いながら談笑を交わす四人組の声が、急にこもったようなガラガラ声になった。

 いきなりの事態で四人は困惑の表情を浮かべ、必死に何か言っているようだが、もはや理解することが出来ないレベルだ。


 そして言葉とは思えない奇声を上げながら、四人は急いで店を後にしていった。



 ――ふふふ、ばーか。自業自得だろ? 精々頑張ってリハビリの人生でも送ってれば~。



 私は走り去った四人組をあざ笑い、心の中でヒラヒラと手を振った。




 私は何事も無かったかのように一聖くんの元へ戻り、そして一言、言葉を交わした。


「ただいま」

「おかえり」


 私を送り出した時と同じ、迎えてくれる一聖くんの笑顔。



 私は、この笑顔を守りたい。

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