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四話 一人ぼっち

 勉強机に座り、白紙のページを開いたスケッチブックを前に、ペンを持っては頭をかきながら唸りを上げていた。



 ――えーとなんだっけ!? 確か『幻送ノ魔眼』で、もう一つが……う~ん。



 そう、夢の中で黒の人に説明された眼の力をメモしていたのだ。あの場で説明された限りでは全然イメージが付かないし、忘れないうちに何が出来るか書き記しておくにこしたことはない。


 しかし夢は思い出そうとしても、なかなかうまくいかないもの。断片的な記憶になり、それでも思い出せる範囲で筆を走らせていた。



「……うん。こんなところかな」


 自分なりに分かりやすくメモしたところで、一応私はそれを頭に叩き込むことにした。




 『幻送ノ魔眼』

 ●身体機能に準ずるものを強制的に剥奪する。目を見なければ効果は発動しない。剥奪は同一対象に一度のみ。返還は不可。


 ――うん、これは二回聞いたから覚えた。もう一つの力は剥奪とは逆に、付与する力か。


 ●意識や魂に言葉の本質を付与して強制的に上書きする。目を見なければ効果は発動しない。付与は同一対象に一度のみ。上書き後は取り消し不可。


 ――う~ん、二つ目は名前がうまく思い出せない。適当に『言霊ことだまノ魔眼』ってネーミングにしとこう。なんか響き的にカッコイイし。




 とりあえず暗記した私は、スケッチブックを一番下の引き出しに仕舞い込んだ。忘れたらまた取り出して見ればいい。


 そしておもむろに立ち上がり、辺りをキョロキョロと見渡してみる。本当に夢じゃなくて不思議な力が使えるのだとしたら、それが本当なのかどうか確かめたいからだ。


 すると、ベランダの角に一羽のスズメが止まっていることに気が付いた。

 私はそっとガラスに顔を近づけ、ほっぺがむにゅ~っとなるまで顔を押し付ける。おそらく人様に見せられないような顔になっているだろうが、ここは二階で誰にも見られる心配はないから気にしない。



 スズメの目をばっちりと捉えたのだが、正直どうすればいいのか分からない。


 スズメも私に気が付き、変顔をバカにしているのかじっと見てくる。



 ――こっち見んな! お前まで私をバカにするのか! よーし、そっちがそのつもりなら私にだって考えがある。舌切りスズメならぬ、目潰しスズメだ! 


 

 目をぶつけたあの痛みを八つ当たりするわけではないけど、段々とスズメの顔がムカついてきたから、とりあえず私を見るその目を剥奪してみることにした。


「その目をよこしたまえ!」


 そう口にした瞬間、右目に違和感を覚えた。少しむずがゆいような、温かいような変な感覚。それと同時に、ガラスに反射して映っている右目の中央、金色の瞳孔が小さく光り輝いたように見えた。


 それだけじゃない。私の頭の中で、不思議と浮かび上がって来た文字があった。――『視力』、その二文字だ。



 スズメは小刻みに首を傾げるような動作をした後、羽を広げてフラフラと飛び立っていった。


 ちょっとスズメが心配になったけど、私にはもはやそんなことを考える理性が吹き飛んでしまった。なぜならば、スズメの『視力』を剥奪したことにより、私の目に映る世界ががらりと姿を変えたからだ。


「お、おうふ……。3Dフルハイビジョンテレビみたい」


 そう、目に映る景色が色彩豊かにクッキリと映り、何百万画素あるのか分からないほど鮮明で綺麗な景色が広がっているのだ。


 窓から見える街並みを覗けば、見慣れた景色なのにまるで別の世界を見ているほどに綺麗だった。遠くの物までハッキリと認識でき、もはや人間の視力の何倍もあるのは明らかだった。



 ――ほ、ほ、ほ、本物だぁぁぁ! すっご! やばぁ。私やばたん。超能力なんて胡散臭いもんじゃなくて、本当に魔眼だ!


 

 眼の力が本物だと確信した私は、高鳴る気持ちのまま一人で小躍りを始めた。

 うさぎのぬいぐるみを片手に持って高々と掲げ、口に手を当てては太鼓のような音を出して、部屋の中をグルグルと回りだした。



 先住民族の人達も顔負けな舞いをしばらく披露した私は、ベッドにダイブしてうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。


「ぐふ、ぐふふふ。やっべぇやっべぇ。どうする? どうするよ私! この力があれば、地味な人生とおさらばグッバイ出来るじゃん! うさぎさん、地味子の称号は君にあげるね」


 うさぎのぬいぐるみに熱いキッスをした後、私は制服を脱ぎ捨てて外用の私服へと着替えた。下は紺のロングスカート、上は小さな星がたくさん書かれたピンクのロンTに、ベージュのカーディガンを羽織る。私の持っている服で一番、精一杯のオシャレだ。


 鏡の前で自分の姿をチェックする。横から、後ろからと入念にチェックし、最後は顔を近づけて髪の確認。右目を隠すように、顔の右側は髪を垂らす。


 学校用のリュックから、外出用のリュックに財布を移して準備OK。リュックを背にして部屋のドアを勢いよく開け放つ。


「出陣でござる」



 バタバタと階段を駆け下りると、その音で気が付いたのか母親がリビングから顔を出してきた。


「やっと来た……って、あんたどこ行くの。ご飯は!」

「外で食べてくるー」

「はぁ!?」


 通り過ぎ間際に見えた母親の顔に、若干般若が見えた気もしなくもないが、私の高鳴るこの気持ちはもはや誰にも止めることは出来ぬのだ。






 電車で二つほど駅を過ぎて、やって来たのは大型書店。この本屋さんは品揃えも豊富で、この辺りで一番人気がある。丁度今日は土曜日で学校は休みなので、午前中から私はここにやって来たのだ。


 なぜかって? そんなのは決まっているじゃない。


 ”可愛い女子”とはどういうものか調べる為だYO!



 変わりたいとは思うものの、どうすればいいのかが正直よく分からない。

 まず可愛い女子とか、モテる女子っていうのが、どういうものか知る必要があると思ったのだ。クラスのビッチ共なんか当てにならないし、自分で調べたほうが納得がいく。


 

 透明なガラス張りの自動ドアが左右に開き、店内に足を一歩踏み入れると、すぐ横にあるレジカウンターから明るい声が響いてきた。


「いらっしゃいませぇー!」


 同じ高校生だろうか、バイトと思しき女の子がやたらといい笑顔を放っている。見るだけで癒されるような、同じ女の私から見ても可愛いと思える笑顔。


 私には逆立ちしても出来ない表情だから、それゆえにその天使な微笑みがひどく眩しいぜ。


 

 とりあえずそれらしき物が置いてありそうな、女性誌やらファッション雑誌コーナーやらをうろついてみる。今まで関わってこなかったジャンルの山に、ここは本当に私の知る世界なのかと目を疑ってしまう。

 


 ふと、『男性が惹かれる女性の特徴』なるタイトルの雑誌が目に留まったので、それを立ち読みしてみる。


 地味ブスの私がこんな本を熱心に読んでいるのは、お前明らかすぎだろって感じで恥ずかしい。絶対に同じクラス、いや同じ学校の人に見られたくはない。


 キョロキョロと挙動不審に辺りを見渡しながらも、手に持つ本を舐めまわすように見ていく。この本が私の先生なのだ、一字一句見逃すわけにはいかない。



 ――ふむふむ。”愛想のいい、明るい笑顔の女性”に男の人は惹かれるのかぁ。……はい無理~。私の笑顔は人を殺せます~。えーと次は、”一緒にいると落ち着く、自然体でいられる女性”ねぇ。……はい無理~。私がいるだけで空気が汚染されるって言われたことあります~。次々、”清潔感がある女性”か。……はい無理~。私が触れた物は汚物認定されます~、ていうか私自身が汚物扱いです~。次は、”オシャレで可愛い、綺麗な女性”。……うん、ちょっと待とうか。ふぅ~……舐めてんのかこれ!? 私全否定されてんじゃん! 『口未子をののしる大百科』とかいうタイトルじゃないよね!? 見間違いじゃないよね!?



 雑誌を裏返して何度もタイトルを確認してみるけど、やはり間違ってはいないらしい。大きな溜息を吐きながらも、最後の一つに目を通してみる。



 ――えーと最後……どうせまた私には当てはまらないんだろうなぁ。なになに、”爪や靴が綺麗な女性”? ふむふむ。ネイルアートは男の人は逆に引いちゃうのかぁ~これは初めて知った。靴の方も、どれだけオシャレな服装してても靴が汚いと引いちゃうのか。男の人は意外と細かい所まで見てるんだなぁ。



 そう思いながら、自分の爪と靴を確認してみる。爪は切ってあるし、ネイルアートもマニキュアもしてない。靴もそもそもあまり外に出ないから汚れてない。


「っしゃ!」


 私は自分に当てはまる項目を見付けたことで、小さくガッツポーズを取った。近くにいた2・3人ほどの女の人が変な目で見て来たけど、気にしない気にしない。むしろあなた達は自分の爪と靴を気にしてみたらどうって感じ。綺麗なの? ねぇ綺麗なの?


 他にも何か情報が得られそうな物ないかなぁと探していると、ふとあの店員さんの声が耳に入って来た。


「ありがとうございましたぁー!」


 

 ――あぁ、可愛いなぁ~。



 ちっちゃな身長と童顔もあってか、その笑顔にプラス補正がかかる。声もアニメ声っぽい感じで、とにかくもう抱きしめてあげたくなる。



 ほんわか気分に浸りながら、適当に取った雑誌で顔を隠しては、バレないようにその子を見ながら自然と呟いてしまう。



 取り返しのつかない、異常な事態を引き起こすことになるとも知らずに。



「いいなぁ~……。私も、あんな笑顔が出来る自分が”欲しい”なぁ」


 そう口にした直後、右目に覚えのある感覚が走った。そして脳裏に浮かび上がる――『笑顔』の文字列。



「いらっしゃいませぇー!」


 店員さんの、変わらない明るい声。だけどその光景を目にした私は、恐怖のあまり手に持っていた雑誌を落としてしまった。


 なぜなら――明るく高い声はそのままに、その店員さんはまるで冷たい仮面のように、無表情な顔をしていたからだ。


 声や態度はそのまま、だけど表情だけがそれに見合ってない。その異常な光景は、意図していなかったこととはいえ、私が彼女の『笑顔』を剥奪してしまったからだと瞬時に悟った。



 私は逃げ出すように、足早で出口まで足を進めた。自動ドアの開くスピードがやたらと遅く感じる。


「ありがとうございましたぁー!」


 私に向けられた、あの店員さんの声。私はその顔を見ることが出来ずに、ただ俯いて下唇を噛み締めるしかなかった。



 ――ごめんなさい、本当にごめんなさい。



 心の中で呟く声を置き去りにするように、私は後ろ髪を引かれる思いでその店を後にした。





 どうしよう、どうしよう。その言葉が頭の中をループしながら、街中を目的もなくただ歩み進めていた。


 地味で暗い自分を変えれるかもしれない魅力的な力。底辺な人生を変えれるかもしれない素敵な力。そう思って浮かれていたけど、この力は恐ろしいものなんだとあの店員さんの姿を見て初めて実感した。


 それは気付くのが遅すぎたのかもしれない。あの子の笑顔は、返してあげることが出来ないのだから。




 力に恐怖を覚えた途端、急に自分が怖くなった。


 また意図せずに誰かの大切なものを奪ってしまうかもしれない。自分勝手なわがままで、誰かを傷付けてしまうかもしれない。そう思うと、怖くて怖くて仕方が無かった。


 だけどそれと同時に、誰かに支えて欲しかった。


 矛盾するのは分かってる。私に関われば傷付けてしまうかもしれないのに、それでも怖くて苦しくて寂しいから、誰かに側にいて欲しいって思ってしまう。人と関わるのを避けて、ますます孤独になるのかもと想像したら、胸が苦しくてしょうがなかった。



 ふと立ち止まり、目の端に涙を溜めて、アスファルトと通りすがる多くの人の足だけを視界に映す。



 ――もう……一人ぼっちは、やだよぉ……。



 心の叫びは誰にも届かない。誰も助けてくれない。側にいない。

 溢れる涙は、その視界を滲ませ、ぼかしていく。


 すると、一人でたたずむそんな私に声がかけられた。


「あれ、菊地さん。奇遇だね」



 聞き覚えのある声。

 私は顔を上げて、滲む世界が段々と晴れていくと、その姿を鮮明に捉えた。


 多くの人が私を無視する人込みの中、その人は私を見付けてくれたかのようで、悲しくて流していたはずの涙が嬉し涙に変わる。


 優しい笑顔を私に向け、ここにいるよと手を上げている。


 そんな彼の姿を見て、私はすがるように一言零してしまう。



「一聖くん……」

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