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十四話 すれ違う二人

 医療技術・医療研究の分野において、国内でも五本の指に入るとされる某大学病院。その一室にて、白衣を纏う初老の男がデスクに向かい合っていた。


 見つめる先にはレントゲン写真やいくつかの書類。中には患者であろう女性達の顔が映ったカルテなどもある。


 男は深刻そうな面持ちでそれらを手に取り、頭を悩ませるかのように低い声で口を開く。


「突然笑うことが出来なくなった十五歳の女性患者、そして同じく突然声を失った十六歳の女性四人……か。精密検査の結果からも、原因がまるで分からなかった。思春期におけるストレス性の症状と判断する他なかったが……」


 男は椅子から腰を上げ、窓際から見下ろす街並みを見つめては、小さく呟くように言葉を零す。


「この街で……何かが起きているのかもしれない……」






 校舎裏にあるゴミ捨て場――、人気の無い薄汚れたその場所に、およそ似つかわしくない女生徒が一人立っていた。下を向き覗かせる口元は、何やら不敵な笑みで歪ませている。


 少し顎を上げ、見下すように光る眼光の目を現したのは――智美であった。


 見つめる足元には口の開いたゴミ袋。中にはいくつものゴミが詰まっており、袋の腹を膨らませている。そのゴミの中、一際目立つのは一番上に無造作に捨てられたハンカチだ。


 それは、大河から預かった口未子のハンカチであった。



「ふふふ……。ただ返すだけなんて、そんなのつまらないもの」


智美はハンカチを見つめ、そう言っては微笑を零すのだった――。






 放課後になり、教室内の掃き掃除担当の私は、ホウキを握り締めて床のゴミをかき集めていた。

 長い前髪からチラリを視線を覗かせると、同じ担当である他のクラスメートはダラダラと雑談しながら掃除している。


 そんな姿を見ると真面目に掃除をしている自分がバカらしくて、いっその事こいつらも粗大ゴミとして一緒に捨ててやろうかとさえ思えてくる。



 ――ったく……。自分達は「私、ちゃんと掃除してるも~ん!」とか思ってるんだろうけど、怠けてる分をこっちが負担してるんだっつうの。ちゃんと働けよ社会のゴミがっ!



 ついつい心の中で罵声を飛び交わせてしまう。いつもの事だけど、さすがに教室内の掃除をほぼ一人でやるのはしんどいのだ。


 

 すると突然背後から私を呼ぶ声が聞こえてきた。意図的に作り出した甘くゆったりとした口調、私の良く知る一番聞きたくないあの声だ。


「ねぇ地味子~。お願いがあるんだけどぉ~」


 ぶるっと背筋を震わせ、振り返る先には悪魔の微笑み。そう――、例の如く智美だ。ニッコリと満面の笑みを浮かべるその裏に、一体今度は何を企んでいるのかとすら勘ぐってしまう。


「これ、お願いね」


 そう言って手渡してきたのは両手に抱えるゴミ箱。ゴミ捨て担当は智美のはずだけど、どうやら代わりにゴミ捨て場へ行って来いという根端のようだ。

 肉体的、精神的に痛めつけられるのは勘弁だけど、ゴミを捨てるだけならお安い御用である。



 ――って、お安い御用じゃねーよ! ただのパシリじゃん! ……まぁいつもの事だから仕方ないけど……。



 一人でノリツッコミをしながらも、ゴミ箱からゴミの入った袋だけを取り出す。

 本当は自分で行けと言いたい所だけど、こんなつまんないことで機嫌を損ねて、もっとヒドイ嫌がらせを受けるようになるよりはマシだ。


 私が我慢すればいいだけ――。そう思うしかなかったのだ。



「そういえば~」


 すると、立ち去ろうとしていた智美がふと足を止めた。そしてわざとらしく顎に指を当てては、何も無い天井を見上げなら独り言のように口を開き出した。


「校舎裏で大河君が何かしてたけど、あれはなんだったのかしらぁ~? 野蛮人の行動なんて、私には理解出来ないわね~」


 そう言っては首元からファサッと髪を後ろにかき上げ、何事も無かったかのように教室から姿を消していった。



 ――いやいや、去り際にそんな事を言うお前の方が理解不能ですから!



 心の中でツッコミを入れつつ、私はゴミ捨て場へと向かう為に教室を出て行くことにした。






 一人廊下を歩く智美は、顔を横に向けては流し目で背後へと視線を映す。その先にはゴミ袋を抱える口未子の背中。

 狙い通りゴミ捨て場へと向かうその姿に、智美はニヤリと口角を上げるのだった。



 智美が次に足を運んだ先は、一階にある購買前のスペース。そこに設置されたベンチには、昼から寝ていたのだろうか横になる大河の姿があった。頭の後ろに両腕を回しては枕代わりにして、大きく口を開けていびきをかいている。


「こんな所で寝ていると風邪引いちゃうわよ」

「……んん」


 呼びかける声に反応し、薄っすらと目を開けては声の主を確認する大河。そして一つ大きなあくびをしては、上半身を起こして覚醒したようだ。


「なんだ、またお前か。俺になんの用だ」

「実は大変なものを見ちゃってねぇ……。大河君にも来てほしいのよ」

「あ? 俺に関係あんだろうな?」


 寝ている所を起こされて若干不機嫌気味か、キツイ目つきで睨み付ける大河だったが、その言葉に智美は微笑を放つ。


「ええ、もちろん。……口未子のことよ」

「ちっ――」


 乗り気では無さそうだが、聞き覚えのある名前に一つ舌打ちしては腰を上げる大河。


「付いてきて」


 智美はそれだけ言い放ち踵を返す。そしてその後ろに付いていく形で、大河も一緒に足を進ませていくのだった――。






 校舎裏へと辿り着いた私は、人気の無いその場所を進みゴミ捨て場を目指していた。


 ――確かにここまで来るのめんどくさいなぁ。ゴミを捨ててくれるロボットとかあれば便利なのに、科学者とか技術者とかその辺の人達、もっとがんばってくださいよぉ。


 そんなスケールの小さい事に愚痴を零しながらも、手に持つ袋をゴミ捨て場の中に投げ入れる。

 これで任務完了、後は教室に戻るのみ――そう思って立ち去ろうとした瞬間、ふと口の開いたゴミ袋の中身が視界に映った。


 思わず二度見して覗き込むと、それは見覚えのあるハンカチだった。無造作に捨てられたそれは、タグの部分に丸の中に”ク”の文字が書いてある。私は持ち物にクミコの”ク”という意味で名前を書いているから、そのハンカチが自分の物であると確証を得ていた。


 そしてそれは――、大河くんが持っているはずのハンカチであることも。


 

 立ち尽くす私は、脳裏であの言葉が甦る。


 ――「後でちゃんと返すから、首を洗って待っててくれ」


 

 私はスカートの裾をギュッと強く握り、下唇を噛み締めた。


「こういう……事だったんだ。……最低」


 呟く言葉を置き去りにするように、私は悲しさと激しい怒りを胸に抱え、その場を後にしたのだった――。






 校舎裏の一角、そこから顔だけを出しては覗き込む二人の姿があった。


「なんだあいつ?」


 上から顔を出しているのは大河。その下には智美の姿がある。

 二人は校舎裏の角から、ゴミ捨て場にいる口未子の様子を伺っていたのだった。


「行ってみましょう」

「お、おう」


 口未子が校舎の中へと姿を消すなり、二人はゴミ捨て場へと足を運んで行った。



 先にゴミ捨て場の中へと足を踏み入れた智美は、眉をしかめて口の開いたゴミ袋を指差す。


「ねぇ、大河君……これって」


 促されるように、大河は何気なくそのゴミ袋の中へと視線を向けると、驚愕の面持ちへと変化させた。


「おい……これあのハンカチじゃねーのかよ。洗って返したのに……あいつ、捨てたのか!?」

「……ひどい」


 口元を両手で覆い、悲痛な面持ちを浮かべる智美。


「バレない所で、恩を仇で返すなんて……大河君が可哀想」



 大河は一つ舌打ちすると、そのゴミ袋に当たるように力任せに蹴り飛ばした。そして拳を震わせるように握りしめ、小さく言葉を零す。


「――結局、あいつも他のやつらと同じだってことかよ……」


 大河はそれだけ呟くと、ポケットに両手を入れてはその場を後にしたのだった――。



 一人残った智美はゴミ捨て場から出ると、首元から後ろへと髪をかき上げては、先ほどまでの表情から一転し暗黒微笑を纏わせた。


(これで二人の仲は完全に決裂したも同じね。地味子のくせに、誰かと関わろうなんて百万年早いのよ。空気は空気らしくしていればいい。友達を作るのも、そのキッカケすらも私は許さない。こんな退屈な学校生活で、あんたは私を楽しませる為の”オモチャ”なのだから)


 智美は足を進め、不気味な眼光を覗かせる。


「地味子は空気に戻り、私は大河君というカードを手に入れた。……これからが、楽しくなりそうね」



 そして――、薄暗い校舎裏には、置き去りにされる不気味な微笑が渦巻くのだった――。

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