十話 衝撃の展開
さすがにあのお姉さんと目を合わせるのは気まずいので、顔を横に逸らしながらも横目でチラチラと確認してしまう。
何事もなく無事通り過ぎてくれればそれでいい。それで以上は望まない。だから早く、去りゆく後ろ姿を私に見せてください。
しかし――、そんな些細な私の願い事は、どうやら耳の遠い神様には届かなかったようだ。
お姉さんは私に見せつけるかのように、露骨に彼氏の腕に両手を巻き付け体を密着させた。自分にはこんなにカッコイイ素敵な彼氏がいるんだ――と、言葉なくとも当てつけのように振舞うその態度で、容易に察しが付く。
まるで私に彼氏がいないことを見透かして、ご自慢の彼氏をアピールに使って自分を引き立てているみたいで、無性に腹が立つ。
クラスでも彼氏自慢ばっかりする連中がいるけど、正直聞いててヘドが出る。だってそれは、彼氏を自慢しているんじゃなくて、自分を自慢しているだけなのだから。
素敵な彼氏を持つ自分を他の人に知ってほしくて、うらやましがられたくて、黄色い声を浴びたくて、その為の話のネタにしているだけなんだ。
そういう女は自覚していないだろうけど、それは”彼氏をアクセサリーにしている”のと一緒だ。
このお姉さんもその部類なのだろう。不自然な程に彼氏に寄り添い、私に蔑む眼差しを送っているのだから。
すると、お姉さんはあえて私にも聞こえるような声で、隣の彼氏へと私の話題を持ち出し始めた。それも、あざ笑い、私を見下すように。
「ねぇねぇ、あの子見てよ」
「んー?」
お姉さんの言葉で、彼氏さんの視線も私へと向けられる。
「あの子さぁ、さっき私に後ろからぶつかってきたんだよね~。有り得なくな~い!?」
「まぁこんだけ人いるしな。あの子も後ろから押されたとか、つまづいたとか、しょうがない理由もあったんじゃね?」
「あの子のせいで待ち合わせに少し遅れたしさぁ、たーくんに会う前にイラっとしちゃったし、ホント最悪」
「でも謝ってきたんじゃないの? ぶつかった時、理由とか話さなかったの?」
「私、凄くビックリしたし痛かったんだよ!? あ! 服汚れてないよね!?」
甲高い声で話していたお姉さんはそう言うと、おもむろに首を右、左と後ろに振って背中を確認している。どうやら私がぶつかった時に、服が汚れなかったかを今更ながらに気にしているようだ。
「あ~もう、せっかく新しく買った服なのに! たーくんも最悪だと思わない!?」
「いや、だからさ、事情があったんじゃねーの? 誰でも人にぶつかるなんてことはあるし、謝ってきたんだろ?」
「は? ……なにその言い方。今日のデートで着ようと思って、たーくんの為に買った服なんだけど」
すると、お姉さんの表情が突然変化した。声のトーンが低くなり、怒っているように目が座り出す。
「あ、うん。ありがとう。メッチャ似合ってるし、可愛いと思うよ。俺が聞きたいのは――」
「今更褒められたって別に嬉しくないんだけど! 何? 私に言われたから褒めただけなんじゃないの!? 」
彼氏さんの言葉を遮り、怒りのボルテージが上がりつつあるお姉さん。その威圧的な剣幕により、通りすがる人達すら二人のことを見て見ぬふりをしている。
「違うって! 聞けよ! 俺はただ詳しい状況を知りたいだけなんだって!」
「はぁ!? ぶつかられて私がイヤな気持ちになってるのに、なんで分かってくれないわけ!?」
「それは分かってるって!」
「分かってない! じゃあなんであの子の肩持つわけ!? 私、彼女だよ!?」
「だ・か・らぁっ! そうじゃなくて……、っち」
話の一方通行によりさすがの彼氏さんもイラ立つのか、片手で頭をかきむしり小さく舌打ちをした。
だが、その行動が更にお姉さんの逆鱗に触れたようだ。
「なんで怒ってんの!? 逆切れとか意味分かんないんだけど」
「自分のことばっかりで、人の話を聞かないからだっつうの!」
「聞いてるし! 人の話を聞かないのはそっちでしょ!? あんな女のことなんかどうでもいいじゃん! 彼女の私をもっと思いやってよ!!」
ヒステリックに叫ぶお姉さんに対し、彼氏さんは徐々に無表情になっていき、まるで怒りが消え去るかのように沈黙した。
しかしその彼氏さんの目は――、軽蔑の眼差しへと変わっていたのだった。
「お前、最低だな」
「はぁぁぁ!?」
小さく口にした彼氏さんの言葉に、お姉さんはもはや普段の顔からかけ離れ、鬼のような形相へと変えて一際大きな叫びを上げた。
彼氏さんは黙って数歩足を進め、お姉さんをすぐ後ろに捉えると、半身で振り返って一言だけ返した。
「他人を思いやれない奴に、思いやりを向ける義理なんてないだろ」
彼氏さんはそれだけ言い放つと、再び前を向いては、お姉さんをその場に残して一人歩き出した。
お姉さんは怒りが最高潮に達したのか、顔を真っ赤にさせて体を小刻みに震わせている。そして指にはめていたのであろうペアリングを無造作に引き抜いては、歩き去る彼氏さんに向かってそれを投げ放った。
「もう別れるから!! 二度と連絡してこないで!」
周りの人が全員振り向くほど大きな声を上げたお姉さんに、彼氏さんは振り返らないまま、肩の上でヒラヒラと手を振った。
そして、彼氏さんは私の近くを通り過ぎる間際に、私に向かって一つ頭を下げると、そのまま通り過ぎて行ったのだった。
「……カッコイイ」
予想もしない展開、とんだ修羅場を目の当たりにした私だったが、ふと出た言葉がそれだった。
彼氏さんに対しカッコイイと素直に思った反面、お姉さんには「ざまぁみろ」と内心思ってしまった。それくらい胸がスカッとしたのだ。
突然の事態だったが、なんとも言えない胸の高揚感を得た私は、軽い足取りで再び歩き出したのだった。




