アース姫誘拐される
「京ちゃん……裏の竹藪であの子を拾ってから、不思議な事ばかりで……」
春海は布団に入り、ぼんやり見える薄暗い天井を眺めながら、隣に寝ている京太郎に話しかけた。
「どうしたの?いきなり」
京太郎は、珍しく不安そうな春海の様子が気になった。
「兎人?とか……分からない話を最近良くする様になったり……時々、部屋に篭って誰かと話をしていたり……」
「テレビとかの影響じゃないの?」
「違うの……あの子、たまに息して無いの知ってた?……わたしが驚くと、思い出した様に呼吸するのよ」
「…………⁈」
「人間じゃないのかも知れない。宇宙人?……かも」
「考え過ぎだよ春ちゃん……」
「もうすぐ誰かが、あの子を連れ戻しに来る気がする……」
「宇宙人だろうが何だろうが、絶対姫は渡さないよ!」
「暫く幼稚園も休ませた方がいいと思うの……」
「春ちゃんがそうしたいなら……」
2人は目を閉じた。
緊急連絡 連続誘拐事件発生。
なかよし幼稚園の園児12名。太陽幼稚園5名。希望幼稚園10名。どれも園内で連れ去られており、男女に関係無く、身代金の請求はまだ無い模様。
木之下は送られてきたメールを印刷し、掲示板に張り付けた。
園児達の送迎を終え、数人の職員が帰って来た。
「園長から、県内で連続して起きた、誘拐事件の報告メールがありました。掲示板に張り付けましたから、皆さん確認して置いて下さい」
木之下が職員に向かって声をかける。
愛美は掲示板の前で立ち尽くし、じっとメールを見ている。
「木之下先生‼︎……わたし見たかも知れません……この犯人‼︎」
「高岡先生!いつ? 何処で見たの?」
「園児達を外で遊ばせていた時、2人組の……サングラスに帽子、コートの襟を立てて……あそこの影から……園児達をじっと……見てたんです」
愛美は、園庭のフェンス沿いに立っている、大きな木を指差した。
「それ!わたしも見ました‼︎ 睨み付けたら、隠れる様に居なくなりましたけど……あれ、誘拐犯だったんでしょうか?」
きりん組の篠田ひろみが、不安気に話しに入って来た。
「次は、うちの幼稚園を狙っているって事ね……分かりました!手遅れになったら大変です。直ぐに警察に連絡しましょう。また来たら、即知らせて下さい。それと……暫く園庭で遊ばせるのは控えましょう」
木之下の指示に、その場に居た職員達は頷いた。
数日後……
「最近姫様、幼稚園慣れたのでしょうか?文句が無くなりましたね。三日月様」
「お友達が出来たご様子ですよ」
「あの姫様にお友達ですか?へー……」
三日月と新月は、ダラダラと話しながら幼稚園への道を歩いていた。
愛美は園児達と一緒に、教室でお絵描きをしていた。その間、園庭の大きな木の辺りに何度も視線を向ける。園児が話しかけても、返事は上の空だった。
その時大きな木の辺りに人影が……愛美は身を屈め窓際に近付くと、目を凝らし良く見た。
『来た!』
愛美は逸る気持ちを押し殺し、職員室へ向かった。
「来ました!木之下先生……例の2人組が……あそこに」
愛美は木之下の元へやって来ると、小声で園庭の大きな木の方を指差した。
木之下はそっと木の方を確認する
「…………」
「木之下先生……見えますか?」
「高岡先生!電話、警察に電話して!」
「はい!」
愛美は頷くと机の上の固定電話から、震える手で110番した。
「三日月様〜、今日は静かですね……こんなに良いお天気なのに、どのクラスもお部屋から出て来ないなんて」
「違和感ですね……今日は帰りましょう。新月君!」
「三日月様?」
三日月は新月の腕を引っ張り、急いでその場を離れた。
「あっ!勘付かれたのかしら……逃げるわ!」
「追い掛けますか?」
愛美は木之下の返事を聞く前に、上履きのまま園庭へと走り出し門を出た。
「高岡先生‼︎ 危険よ!」
暫くして……肩を落とした愛美の姿が園庭に戻って来た。
そこへバタバタと廊下を走る足音が、近付いて来た。
「先生ーっ‼ ︎木之下先生‼︎ 愛美先生‼︎大変です‼︎」
篠田ひろみが、顔面蒼白で走って来た。
「……何事ですか?」
木之下は、篠田の様子に一瞬……聞くのをためらった。
「もも組の園児が………幸希くんと……博也くん……そして可憐ちゃんが、何処を探しても見当たらないんです」
篠田は、息を切らしながらやっと伝えた。
言い終わるとその場で崩れ落ち、しゃがみ込んだ。
その肩は激しく揺れている。
木之下と、愛美はその肩の揺れが収まるのを待たず、同時に走り出した。
ファントム国から地球に降り立つ際に持参した、宿泊用の携帯施設。
ペン型になっていて、普段は胸ポケットに入れ
て持ち歩く。
ファントムの欠片から作られており、ファントム同様、異星人に見られる事はない。
手頃な空き地を見つけ、ボールペン型の頭の部分を1回ノックする。
シャボン玉の泡の様な物が1つ飛び出し……みるみる大きくなって、その中に小さな家が出来上がる。
しまう時は、2回ノックする。
この空間の中では、異世界の者同士互いを認識する事は無いし、接触する事も無い。
三日月達はここで生活をしながら、アース姫を見守って来た。
部屋の中は割と快適で、2人分の寝室。
キッチンにリビング。
リビングにはソファやテーブル。
テレビやパソコンもあるが、ファントム国の住人には、集中して情報収集する特技がある。
ある程度の事は吸収出来るし、その方が早い。
パソコンは殆ど使われる事は無いが、新月は……テレビは割と良く見るらしい。
三日月は気持ちを集中させると、急いで情報収集した。
ネット、新聞、テレビのニュースなど過去半年分の情報を一瞬で習得した。
その間、新月はお茶を淹れると、いつもの癖でテレビを付けた。
「何故毎度々、幼稚園内での誘拐が可能なのでしょう?新月君……どうしてあれだけガードが固い中、いとも簡単に連れ出せたのか?」
「謎ですよね……まるで、幼稚園関係者に仲間がいるみたいですよね」
「……新月君⁈君は時々鋭いですね」
「でも……幼稚園バラバラだし、それはあり得ないのでは……」
「当てずっぽうですか?新月君!」
「でも、わたし達が誘拐犯と思われたのですよね……酷いです!」
「毎日幼稚園を除く2人組!怪し過ぎます。
暫く幼稚園には、近付けませんね。
警察などに捕まったら、別の意味で大騒ぎですよ!」
「三日月様目立ちますからね!兎人の中では1番です」
「いやいや、新月君!ここは地球ですよ。
君のその赤い目の方が目立つでしょう」
2人が言い合っているうちに、付けっぱなしのテレビから、朝日幼稚園の誘拐のニュースが流れた。
「新月君……姫の幼稚園でも誘拐があった様ですね……」
「三日月様‼︎姫様は?」
「姫様はご無事です。どうやら姫様は、暫く幼稚園をお休みしていたみたいです」
「あーだから大人しかったのですね」
「どうやら思ったより早く、アメーバが進化した様です。しかし何故姫様からの情報が……急いだ方が良さそうですね。新月君!」
三日月は、足早に部屋を出て行った。
「アメーバ……進化?どう言う事でしょう?
急ぐって、何処行くのですか?」
お茶を片手に立ち止まっていた新月。
急展開な話に慌ててお茶をテーブルに置き、三日月の後を追いかけた。
朝日幼稚園は、大騒ぎになっていた。
園庭には数台のパトカーが停まり、何十人かの警察関係者が、右往左往している。
幼稚園の周りでは、中の様子を撮る為、脚立を立てた新聞社やテレビ局のカメラマン。
塀や電柱によじ登ったスタッフや野次馬達でひしめきあっていた。
既に園児達は自宅に帰され、建物の中には職員と警察関係者だけになっていた。
刑事らしい男性が職員室に入るなり大きな声で、
「犯人を目撃された方は?」
そう言うと、1人1人職員の顔を確認した。
篠田は、誰かを探す様に周りをキョロキョロ見回し、やがて諦めて
「あ、……はい……」
と、小さく手を上げた。
「あなた?で、犯人の風貌は?……どんな感じ?」
小柄な篠田より頭2つ分は身長の高いその男性と、警察官の制服を着た男性2人が、篠田を囲う様に近付いて来た。
緊張の中、威圧感もプラスして
「サングラスに帽子……あの……わたしより、高岡先生の方が詳しいかと……」
篠田は小さい声で、そう言うのが精いっぱいだった。
「その高岡先生は、どちらに?」
「そう言えば高岡先生……どこ行ったのかしら?……」
木之下は、慌ただしさに気付く暇が無かったが……改めて周りを見回した。
松原家の前に着くと、三日月は姫に話しかけた。
(姫様!幸希君達が誘拐されました)
(幸希?……)
(ただこの誘拐……何か腑に落ちないのですよ)
(どう言う事だ?……)
(最終的な狙いは姫様かと……きっと奴等はここへ……そしたら姫、素直に誘拐されて下さいネ)
(……?)
(大丈夫ですよ!安心して下さい。ちゃんとわたし達が後を付けますから……くれぐれも本気で暴れないで下さいよ)
(お前……探す手間を省こうとしているだろう……)
(幸希君の為です!)
(幸希が、なんだって言うんだ……仕方無い!)
(じゃ!お願いします)
三日月達はその場を離れた。
アース姫が扉に近付くと、扉がゆっくり開いた……兎人?……いや、どこか違和感があるが、5、6人がいきなり部屋に入って来た。
アース姫は目隠しをされると、抱えられ、車に乗せられた。
「何処に行くのですか?三日月様。後を追わ無いんですか?」
「大丈夫ですよ、慌てる事はありません。
姫様には、ファントムを離れる時に付けた、発信器が付いたままになってますから」
小1時間程走ると車は止まった。
再び抱えられると、エレベーターで降りて行く感覚が続いた。
「わたしに触れるのは100億万年早い!って言ってるだろう‼︎」
ジタバタ暴れていると、突然何処かに放り投げられた。
落ちた場所は、何かふわふわしていた。
「……」
目隠しを外すと、山積みになった水鳥の羽の上に、幸希が不安そうに座っていた。
後ろでは可憐と博也が泣いている。
「姫ちゃん……大丈夫?」
「ふん!……大丈夫だ!」
「姫ちゃんが一緒で良かった」
幸希は、ほっとした様な笑顔になった。
(姫……アース姫!聞こえますか?三日月です)
(三日月か?早くしろ!)
(居場所は分かっているのですが……中に入る入口が……見当らないのですよ!困った物です)
三日月は四角い大きな建物を見上げ、周りをぐるりと回って見た。
(何をやっている⁈早くしろ‼︎)
(はいはい!少々お待ちを……)
「三日月様‼︎……ここ」
新月は足元を指差した。
「なんか……ここだけ音が違いませんか?」
「相変わらず新月君!当てずっぽうにしては、鋭いですね」
「姫ちゃんどうしたの?」
「いや!直に助けが来る」
アース姫はそう言うと、幸希の頭を撫でた。幸希はその場で、崩れる様に横になり、寝息を立て始めた。
後ろで、いつ迄も泣いている可憐と博也の頭も、両手を使って同時に撫でた。
2人は同時に寝息を立て始めた。
三日月と新月は四角いマスの中に立った……三日月が正面の建物に手を当てる。
中から『カチッ!』という音が聞こえると、足元の床が『スーッ!』と下がった。
「……この建物は、ダミーですか」
「手が込んでますね〜。ま、簡単に入ってしまいましたけど……」
新月は軽く自慢した。
「あの方の考えそうな物ですよ。頭隠して尻隠さず……的な」
「あの方って……三日月様は犯人がお分かりですか?」
「この様なちんけな細工!」
「でも三日月様……入り方、分からなかったですよね」
「…………新月君、余り鋭いのも可愛く無いですよ……」
「あれ?でも、この建物……ファントムの欠片が使われてますよね……」
「今頃ですか?……新月君、行きますよ!」




