アース姫幼稚園に行く!
この日、アース姫は朝から機嫌が悪かった。
部屋に1人籠城していた。
(姫様……三日月です。ご機嫌麗しゅう存じます。
約束通り1年後に参りましたよ!)
三日月は、松原家の外から姫に交信をした。
松原家では、春海がなにやら忙しそうに、家と車の往復を繰り返している。
「三日月か……」
(どうしました? 元気がありませんね?)
「地球人は、やたらと幼稚園とやらに行かせたがる。わたしは知っている!幼稚園とは……ガキンチョが群れをなし、猛獣の様に縦横無尽に暴れ回る場所だ……下々のガキのお守りなど、わたしは嫌だ‼︎」
どうやら今日は入園式。
アース姫はいささか幼稚園を誤解している様子。
(お守り……ですか?姫は何か勘違いをなさっているのでは?姫はいずれ世界征服し、頂点となられる最強のお方。幼稚園とは、その為の修行の場です。)
「最強?……修行?……」
(そうですよ。姫様は最強になるお方です)
「ほー……最強!」
アース姫はあっさり籠城を辞め、機嫌良く部屋を出た。
(俄然やる気を出してますが……姫様、また何か勘違いをしていませんか?)
新月は不安を隠せない。
(姫があんなに最強好きだったとは……)
「姫ちゃん?やっと行く気になってくれたの⁈」
扉の外で、諦めかけていた春海が嬉しそうに声をかけた。
「修行だ!最強だ!」
そう言ってアース姫は、京太郎の居る車に乗り込んだ。
「修行?……」
春海は、姫の言葉が気になったが……聞き流した。
「出発‼︎」
京太郎は車を発進させた。
「姫ちゃん?お部屋の中で、誰とお話ししてたの?」
「ヒートヘイズ城の兎人だ」
「兎人?……へー……」
最近、姫は変わった話をよくする。
春海は不思議に感じていた。
朝日幼稚園入園式会場
ほっとして席に座る春海。
その横を、姫は颯爽とステージに向かって歩いて行く。
春海はその様子をぼんやり眺めていた……
我に返り、慌てて追いかけるが、父兄達に行く手を阻まれた。
姫はその間をスルリと抜けステージに上がった。
演台にあるマイクを、小さい身体でやっとの思いで掴んだ。
「御機嫌よう!わたしはファントム国、ヒートヘイズ城のアース姫。わたしの使命は世界征服‼︎まずはお前達を征服しにここへ来た。者共、ひれ伏すがいい!」
呆然と眺めていた父兄や職員達……
「あ〜らららら……お姫様ごっこは後にしましょうね〜征服も後ね〜」
逸早く年配の主任の木之下が気付くと、姫を抱えステージから降りた。
「わたしに触れるな!」
暴れる姫を、春海が受け取り席に座らせる。
(三日月様…………ちょっと違ったんじゃないですか?面倒な事になってますよ)
(…………!)
三日月達は会場の外から、不安を感じながら姫の様子を伺っている。
式が終わり、園児達は各教室に移動した。
「みなさーん!先生の名前は、高岡愛美です。愛美先生と呼んで下さーい」
愛美は園児達の前で、張り切って自己紹介した。
高岡愛美、小さい頃からの夢は幼稚園の先生。夢を叶え早5年!天職と決め、やる気に満ちていた。
はずだった……
「これから先生がみんなのお名前を呼びます。
呼ばれたら、大きな声でお返事して下さい。
出来ますかー!」
「はーい!」
教室中の子供逹が元気良く返事をした。
「朝香幸希くーん!」
「……」
「……朝香くーん?」
「……」
幸希は、人前で声を出すのが恥ずかしいらしい。
下を向いたまま、モジモジしている。
隣の母親が何とか返事をさせ様と身体をゆすったりしている。しかし、とうとう泣き出した。
(へ? いきなり……返事くらいしようよ……)
「あれ〜? 幸希くんどうしのかな?」
「……はい!」
幸希の母親が返事をした。
「あっ……はい……」
(何で親が返事しちゃってるの?明日から、誰が代わりに返事するのかな……?)
「沖田博也くーん!」
「はーい!姫ちゃんがお姫様なら、僕は王子様の修行しまーす!」
(いやいや……今度は何言ってくれちゃってんの?
返事だけでいいから……)
「博也くーん。幼稚園は……修行は……しないかなー。お勉強したり、お友達と遊んだり、お遊戯したりするんだよ〜楽しみだねー!」
「ちっ!」
(おい!……今舌打ちしたよね……うへーこのクラス、今年変な子ばっかじゃん!やって行けるか不安……)
「花田可憐ちゃーん!」
「はい!」
(お!やっとまともな子……うんうん!やっぱり子供はこうでないと……)
「松原姫ちゃーん!」
(げっ‼︎……最強の問題児!)
「なにかしら?」
「え⁈……えーと、聞こえたら『はーい』って言ってくれるかな?いい?もう1回呼びますね。松原姫ちゃーん!」
「だから……なにかしら?って言っているの!」
(…………頭痛っ‼︎)
愛美の自信はポッキリ折れた!
「木之下先生……今年の年少のもも組さん。とっても不安なんですけど……明日からどうしたら……」
「高岡先生、この仕事もう5年目でしょう。ベテランじゃない。頑張って!」
「…………」
愛美はガックリ肩を落とした。
入園式から1ヶ月、今日も愛美は重い足取りで、幼稚園に着いた。
最強のお姫様キャラの松原姫、その姫に張り合う沖田博也、未だ返事をしない朝香幸希……そして、1ヶ月にして、かなりのボロが出て来たぶりっ子キャラの花田可憐……個性が強過ぎた!
5月晴れの中、園庭でお遊戯の練習。
「お遊戯の時間でーす。丸くなって、隣の人と手を繋いで下さーい!」
愛美は園児達に、円に並ぶ様に指示しながら、ポケーッと見てるだけの園児を移動させていた。
「わたしに触れるな!」
背後で、姫の叫び声。
愛美が振り返ると……
「せんせー!姫ちゃんが……触っちゃダメって……」
可憐が泣き出した。
(またかい姫ちゃん!勘弁してよー)
「可憐ちゃん、泣かないで」
「うん!可憐泣かない」
(可憐ちゃん……涙出てないよ)
午前中、姫の手繋ぎは断固拒否され……終了した。
「木之下先生ー助けて下さい!姫ちゃんが……」
愛美は全く進まないお遊戯の練習に、すっかり疲れ果て、職員室のテーブルに項垂れていた。
「高岡先生……相手は子供何だから……
仕方無いわねー、午後はわたしも、お遊戯練習に参加します」
「よろしくお願いします!」
愛美は、木之下に向かって深々と頭を下げた。
午後、木之下は愛美を説教しつつ、職員室から園児の待つ園庭へ向かった。その間、愛美はひたすら『すいません』を繰り返していた。
相変わらず姫は、手繋ぎを拒否している。
「姫ちゃーん!ダメよ〜仲良くしましょうね〜」
木之下は、猫なで声で姫に近づく。
「ちっ!いちいち泣くな!そしてわたしに付いて来るな‼︎」
幸希が泣いていた。
幸希と博也は、ここの所常に姫の後をくっついている。
「僕は王子様だから、姫ちゃんと手を繋ぐんだ!」
博也が、姫の手を無理矢理繋ごうとした。
「誰が王子だ‼︎汚い鼻垂れが、わたしに触ろうなんて100万年早いわ!」
そう言って博也に蹴りを入れた。
「姫ちゃん‼︎……止めなさい!」
木之下は叫び声を上げた。
急いで博也を助け起こした。
博也は、おでこにうっすら、血を滲ませていた。
しかし、顔は笑っている。
(なんか博也君、嬉しそう……姫ちゃんが好きなの?)
愛美は、木之下がアタフタしている横で、冷静に周りを見ていた。
「姫ちゃん‼︎」
木之下がヒステリックに呼ぶ。
その横で愛美は博也の傷を見ていた。
「あ、博也君お薬付けて来ようね」
愛美が、博也を教室に連れて行く。
「姫ちゃん‼︎ちゃんとみんなと同じ事出来ないと駄目でしょ‼︎手を繋ぎなさい‼︎」
顔を真っ赤にして、身振り手振りを交え、息を切らしながら叫ぶ木之下。
(木之下先生……我を忘れいるような……見てはいけない物を見てしまった感、半端無い‼︎)
愛美はゆっくり時間をかけ、博也のおでこに薬を塗った。
「お前も、汚い手で触れるな‼︎」
姫は腕を組みそっぽを向いた。
「お前とは何ですかー‼︎先生って言いなさい」
更に血が上った木之下の形相に、園児達が何人か泣き出した。
「姫ちゃ〜ん……大丈夫だよ。汚くないよー」
幸希が、姫の服を引っ張った。
幸希はこの時、幼稚園で初めて喋ったが……誰も気付いていなかった
木之下は我に返り『にっこり』笑顔を作った。
しかし、その笑顔は歪で、園児達に一層恐怖を与えている事に木之下は気付いていなかった。
「三日月様。姫様は何か、最強を履き違えてないですか」
「…………!」
今日も2人は、姫の幼稚園生活を覗いていた。
「三日月様……そう言えば、アメーバはどうなったのでしょうね。こちらに来てる筈ですが……なんの音沙汰も無いですね」
「アメーバは、空気に触れると消滅してしまうのですよ」
「えっ!そうだったのですか?三日月様は前から知っていたのですか?」
「勿論です!しかし、解せないのですよ。アメーバ達に、あの厳重な刑務所を脱走出来る知恵があるとは……到底思え無い!」
「最強を見たいが為に三日月様が……」
「馬鹿を言いなさい!」
「誰かが、知恵を貸してるとか……?」
「新月君!…」
久々にファントム国、ヒートヘイズ城。
「トルース王様!アメーバがまたスタボンネスを脱走し、地球に向かった模様です!」
「またか…………」
「トルース王!……いくら監視を強化しても、継続的に脱走が行われているのです……」
「剛拳‼︎原因はまだ掴めないのか?」
「調査は行っているのですが……今だ……」
「トルース王……兎人迄もが数名行方不明になっているとか……」
「いったいどうなっているのだファントムは!」
満月特別研究室
「小望月……三日月と姫はまだ地球から戻らぬのか?」
「はい……満月様。三日月様には困った物です」




