58.湖のある街 6
少女の言葉に俺は頷いた。
もし話を漏らしてしまったら俺は今度こそ、殺されてしまうかもしれない。この世界でもっと生きていきたいので、頷くのも当然であった。好奇心はあるが、その水神様という存在のことを教えてくれるのならば、それ以上、この湖を探るのはやめようとそう決意する。
少女についていく。
洞窟の中をおぼつかない様子で歩く俺に、呆れた視線を向けてくる少女。……冒険者なのに、こういう場所に慣れていないことがおかしいのかもしれない。俺も冒険者として今、生きているとはいえ、それでも元々地球で何不自由なく生きていたから慣れないことはまだまだ多いのだ。
少女についていくと湖の秘密を知る街の人々らしき人影を何人も見かける。少女が俺のことを説明してくれているのだろうか、特に何か言われることはなかった。
そしてしばらく進んだ先に、水場があった。深い水。——そしてその奥深くには横穴が伸びている。
「此処は……?」
「湖に繋がっているの。あの湖は海の方にもつながっているわ。水神様は自由気ままに移動しているわ。水神様はとても頭が良いの」
少女はそう言って水面に何かを投げる。そうすると、水面が揺れた。そして、巨大な何かが現れる――最初はそれが何かは分からなかったけれど、すぐに何なのか分かった。頭だ。色は青い。白い目が見える。
その大きさは俺なんて一口で飲み込めそうなほどに大きい。
「水神様、わざわざお越しいただきありがとうございます」
「きゅるるる」
「はい。水神様、この者が貴方の事を探っていたので、これ以上探られないように説明をさせていただこうと思いまして」
「きゅるるるるる」
水神様と少女は会話するようにやり取りをする。……この湖のある街に住まう人々はなんとなく、水神様の思っていることが分かったりするのだろうか。
それにしても見れば見るほどなんというか、地球で言うネッシーみたいな感じに見える。こんな巨大な生物がいるなんて思わなかった。
すぐさま、水神様はまた水の中へと消えていった。
視界におさめられた時間も少なく、まるで夢のようだ。けれど、確かに水神様という不思議で、強大な力を持つ存在はあふれている。
「水神様はとても巨大で偉大な存在だわ。そんな水神様とこの街の民は、約束を交わしたわ。その約束により、湖の魔物は人が湖に落ちない限り襲うことはない。それは全て水神様のおかげよ。水神様と結んだ約束はずっと続いている。私たちは水神様に魔力のこもったもの――海や湖にないものを与えるようになっている。水神様は陸地には上がれないから。水神様が何故それを求めているかまでは私たちは分からないわ。一説にはただ水神様にとって、それがとても美味しいものなのではないかともいわれているわ。
水神様に私たちはそれを与え、そのかわりに私たちは湖の魔物を仕切ってもらってくれている。魔物に襲われないようになっているのもすべて水神様のおかげだわ。
ただ水神様の存在は今はもう、私たち、水神様と実際に約束を交わしたものの子孫しか知らないわ」
「それはどうしてだ?」
「昔、水神様のことを危険視したものもいたからよ。水神様への畏敬の念も忘れて討伐しようとしたものもいたの。そんなこと許されないし、そんなこと出来ないわ。水神様は見た目通り、凄い力を持っているわ。だから、そのせいで一度この街も大変な目に遭ったよ。
私たちはあくまで水神様の恩情で約束をしていただいているだけで、その約束を守ってもらっているだけなのよ。水神様はやろうと思えばこの街をどうにでもすることができる。それでも水神様はそれをやらない。私たちとの約束を守っている。
それに……違う街からやってきた人は、きっと水神様を恐れることでしょう。また水神様を討伐しなければならないなどと言い出すかもしれない。そんなことになってほしくないの。だから私たちは水神様の事は隠しているわ。……だから貴方も水神様のことを外に漏らすことはやめてほしいの。私たちの街のために漏らされたら困るのよ」
そう言って真剣な目で少女は俺のことを見つめる。
――俺がこのことを漏らして、そして例えば大変なことになったら俺は即殺されるだろう。
水神様という存在の事を知るまで俺がこの湖の事を探ろうとしていることが分かったからこそ、詳しく教えてくれたのだろう。
教えてもらえて俺はそういうことなのかと納得することが出来た。
「これで満足?」
「ああ。どんな風なものかと気になっていたから満足出来た。ありがとう、教えてくれて」
「じゃあ、戻りましょうか。途中まで目隠ししてほしいわ」
「ああ」
少女にそう言われて、俺は少女に渡された目隠しをする。そして少女に手を引かれながら、しばらく歩くのであった。
これで何かの達人とかだったら目隠しされていても色々分かるのかもしれないが、俺は一切分からない。まぁ、それも仕方ないだろう。
結局少女の名前も聞けていない。
少女も俺の名前を聞かない。
……敢えてそうしているんだろうなと思いながら、俺は少女に連れられるのであった。