54.湖のある街 2
この湖のある街に辿り着いてから、アラサラーノでゆっくりしてしまった分、依頼をこなしている。湖や川に生息する魔物の討伐依頼があったり、今まで受けたことがない水辺に生える植物の採取の依頼があったりと、またこの街で俺は新たな経験をしている。
異世界にやってきて、沢山の経験をしてきたつもりだけれどもまだまだ俺には経験したことがないことが沢山あるのだと実感した。この世界には俺の知らないことが本当にあふれていて、油断することが出来ない。
とはいえ、ずっと怯えっぱなしというわけではないけどさ……。
この世界は知らないことも多いし、危険も多い。けれどもその中でも楽しみが見いだせることが俺は嬉しいと思う。
この街についてからは依頼をこなしていることが多いから何かを作ったりは中々出来ていないけれど、この世界にやってきた当初よりはずっと余裕がある生活を送れていると思う。……本当に余裕が出来たらもっとものづくりだけをし続ける生活をしたいけど、まだそれは難しいから。
さて、依頼ばかり受けている俺とサリエスさんだけど、毎日依頼だけをひたすら受け続けるというのも疲れるものだ。大体、冒険者として依頼を受けているがたまに自由にする日というものがもちろんある。
その時間に俺が何をしているかといえば、街の探索である。アラサラーノよりは、魔法具店も少ないが、この街にも魔法具店はある。魔法具店に向かい、魔法具について店主に聞いてみたり、興味がある魔法具の値段を確認したりした。あとは魔法具の材料になるものを見に行ったりした。
サリエスさんも俺も誰かと一緒に過ごすよりも一人でぶらぶらするタイプなので、一緒に自由な日を過ごすことはほとんどない。
サリエスさんが何をしているのか、というのは気にならないわけではないが俺も詮索はされたくないから聞く事もない。
さて、今日は魔法具を見に行った後に湖に向かうことにした。
あの巨大な湖は、相変わらずこの街の中で存在感を放っている。
湖の奥に何があるのか、というのは分かっていない。図書館でこの湖にまつわる伝承について調べたりはしているものの、何か手がかりになるようなものはない。
街の人が教えてくれるような噂話がまとめられているだけだ。
でもこれだけ巨大で、不思議な伝承のある湖だと誰かが調べようとするようなものだと思うのだが……もしかしたら一般的に知られていないだけで、一部の人はその謎を知っているとかそういうこともあるのだろうか。
そんなことを思いながら、俺は湖を見つめている。
……それにしても現代日本とは違って、この異世界の湖ってゴミとかもあまり落ちていなくて、綺麗だ。ゴミとか異世界人は捨てないのだろうか。それとも捨てても自然に返るゴミばかりなのだろうか。
その湖には小さなボートに乗っている人もちらほら見かけられる。デートスポットのようになっているというのもあり、男女のカップルで乗っている者が多い。俺は一人だが、興味本位でボートに乗ってみることにした。
一人で乗るのか? といった目を現地の人に見られてしまったけれど、それでも乗り込んだ。
……カップルばかりの中で、俺一人で乗るとか、凄く気まずい気持ちだったけどな。でもこういうのにサリエスさんを誘うのもな、と思って結局一人で乗った。
一人で乗ったボートを、漕ぎながら水面を覗く。
魚の魔物姿がちらほら見れる。魔物が近くにいることに、少し緊張した気持ちになるけれど――、この湖の魔物はこちらから襲い掛かったりしない限り襲ってこないらしい。まぁ、そうではないとこうしてボートに乗って移動するなんて真似は出来ないだろうけど。
そのことは当たり前のこととこの街にとって認識されているらしいけど、それも不思議なことだと思う。普通に考えて、魔物がそんな分別を持っているというのも不思議だし、何らかの力が働いていてそうなっているとしてもどんな力が働いているのか。
この湖は俺のそんな好奇心を刺激していた。
だから思わず、素面をじっと見てしまったり、覗き込もうとしてしまったりしていたら近くでボートに乗っていたカップルに慌てて声をかけられてしまった。
覗き込もうとしたらこの辺りに居る人には確実に止められてしまうんだよな……。死ぬ気はないけれど、この湖の謎って本当に気になる。
あー、でも慎重に行くのならばこんな湖を調べるなんて危険に陥るかもしれないことをやるべきではきっとないだろう。
それは分かっている。……分かっているけど、気になるという気持ちはある。
ただ勝手に一人で行動してサリエスさんに迷惑をかけるわけにもいかないし、少し自分で調べた後、サリエスさんに相談してみよう。そんな風に俺は決意するのであった。