41.芸術の都を目指して 1
配送の依頼を受けて、俺達は今馬車に揺られて芸術の都を目指している。
配送物の届け先はここから少しだけ東の村である。その村へまでも距離がそれなりになる。そこで一旦停留し、次の馬車を待つか歩くかになるらしい。今乗っている馬車はそこまでしかいかないようだから。
馬車の中に居るのは俺とサリエスさんぐらいだ。
その村はあまり大きな村ではないみたいで、そこに向かう者はあまりいないらしい。俺たちのようにその先を目指して経由地とするものはたまにいるらしいけれど。というわけで、馬車の中は俺とサリエスさんしかいない。
よく考えてみれば、俺とサリエスさんはパーティーを組んではいるもののこうした馬車で二人っきりというのは全然なかった。何を話せばいいのだろう、とそんな風になったけれどサリエスさんは黙って外の光景を見ている。無言が苦痛にならないというのは本当に助かる。
俺は手持無沙汰になって、思わずサリエスさんが近くにいるというのにこっそり《土操手》を使って熟練度をあげてしまった。手の内でやっていただけだし、サリエスさんに見えないようにしていたから多分、大丈夫なはずだ。あとはユニークスキルにまとめたノートを読んだりした。俺のユニークスキルは色々と分からない事が多すぎる。そのあたりを少しずつ理解していける事が出来れば土を操る事が出来るという一見地味に見えるこのスキルを上手く活用させることが出来るだろう。
今はサリエスさんが傍に居て、その存在にとても助けられている。しかし将来的にどうなるのか分からないのだ。だからこそ、サリエスさんが俺に飽きて傍からいなくなるまでの間に俺は自分自身の力でこの異世界を生きられるようにならなければならない。とはいえ、焦っていれば失敗してしまう事も多いだろう。焦る事なく、少しずつ着実に進めていければいい。
そんなことを思いながらふと、外を見る。
きちんと舗装がなされていない道は、でこぼこしている。周りには緑が広がっていて、ドワンから離れれば離れるほどどんどん田舎へと向かっていっているのが分かる。
こんな風な光景も、日本では見ないものだった。そういう場所で俺は今生きているのだと思うと、どこか不思議で、少しだけ地球が懐かしくなった。地球への未練がないわけではない。家族に会いたい気持ちも少なからずある。だけど、異世界から地球にわたる術なんて俺は知らないし、この世界では命が軽いのだからとりあえずは生きていく事を考えるのが最優先だ。
そんなことを考えながら外を見ていれば、ずっと無言だったサリエスさんが笑みを零しながら言った。
「やっぱり、土の精霊はヒューガの事がお気に入りね」
「……いるんですか?」
「ええ。姿が見えるわ。ヒューガの姿を見つけて手を振っているもの。本当に土属性とヒューガは相性が良いのね」
手を振っているなんて言われて、興味を抱いて外を見るけどやっぱり俺には姿が見えない。目をこらしても全然分からなくて、何だか残念な気持ちになった。
「……俺にはやっぱり見えない」
「残念ね、本当に土の精霊は貴方を気に入っているようなのに」
土の精霊。
俺には見えない、俺を気に入っている精霊。
やはり、いつか見えるようになってみたい。もしかしたら頑張れば、《土操手》の上手い使い方でも考えられれば——土の精霊を知覚するためのものが出来るのではないか。そういう期待も湧いてくる。それは淡い希望なのかもしれないけれど、やはり期待してしまう。折角異世界に来たのだから、そういう異世界っぽい存在には興味を持つし。まぁ、そう考えるとエルフのサリエスさんも十分異世界に居るのだと実感できる種族だけど。
「ヒューガ、村についたらまずは宿を探しましょう。小さな村だともしかしたら宿という施設もないかもしれないからその場合は、村長に話を通して泊めてもらうようにしましょう」
「ああ」
「そして、その後は次に芸術の都行きの馬車がいつ来るかの確認ね。それ次第で今後どう動いていくかというのが決められるから」
「ああ」
サリエスさんと馬車の中でした会話はそれぐらいだった。サリエスさんはそれ以上何か話しかけてくることもなく、俺も必要以上に話しかける事もなかった。
それからしばらくして、その目的の村へとたどり着く。
村長宅へと配達物を渡して、依頼を完遂した証明書をもらう。この小さな村の中には冒険者ギルドがないらしく、この証明書を冒険者ギルドに出したらいいそうだ。
それから宿について聞いたのだが、やはり宿がないということなので村長宅に泊まらせてもらうことになった。村長宅で俺は村長たちと一緒の部屋で、サリエスさんは村長の奥さんたちと同じ部屋で寝泊りさせてもらうという事になり、その後、俺達は次の馬車がいつ来るかを聞いた。
「そうですな、次の馬車は三日後でしょう。丁度商会が来るのでその馬車に乗せてもらうのが良いでしょう」
そうして馬車が来るまでの間、俺とサリエスさんはその村に滞在する事になった。