27.女性2
サリエスさんは俺が話そうとしないことを無理やり聞こうとはしなかった。俺は自分が《渡り人》であることを言うつもりはなかった。《渡り人》であることは、なるべく人に言うべきではないことを教わったから。
「まずは、どうしましょうか。冒険者ギルドで早速依頼を受ける?」
「……ああ」
エルフの女性、ということはサリエスさんは、俺よりずっと年上だろう。そんな年上の女性相手に、敬語ではなくてもいいといわれたが年上相手になれなれしい口調で会話をするのは慣れない。
サリエスさんと一緒にギルドの中へと入る。少しだけ、ギルド内がざわついた。俺はそれが何でだろうか俺には分からなかった。ギルドにやってきたのは、依頼の報酬を受け取った時、以来だ。
それ以来、俺は無気力に外に中々出れなくなっていた。情けないことだろうけれども……。
ようやく足を踏み入れた冒険者ギルド。ギルドの受付の人は、俺がひどい顔をして依頼の報酬を受け取った時の人だったようだ。俺はその時、自分のことでいっぱいいっぱいで受付の人の顔さえも見ていなかったから覚えてなかったけれど。
「元気になったんだね、良かった」
と笑ってくれる人だった。
次に、サリエスさんと俺が一緒に居る事に対してその人は不思議そうな顔をした。
「サリエスさんはどうして、この子と一緒に?」
「パーティーを組もうと思っているの」
「そうですか、パーティーを、ってえええ? サリエスさんが?」
受付の男性が驚いたように声をあげて、まじまじと俺を見る。このサリエスさんは、有名なのかもしれない。パーティーを組むことに驚いているということは、パーティーを今まで組んでこなかったということだろうか。
ああ、そうか。
だから、ギルドの中に一緒に入った時、少しだけギルドがざわついていたのか。俺が、一緒に居たから。そのことに気づいた。
「ええ。少し、この子に興味を持ったの。だから一緒にパーティーを組むことにしたわ」
「そ、そうですか。驚きです」
まじまじと、受付の男性は俺のことを相変わらず見ている。なんで俺がサリエスさんと一緒にパーティーを組めるのだろうといった疑問が透けて見えていた。
「ところで依頼を受けたいのだけど、いいかしら?」
「はい。もちろんです。どの依頼を受けられますか?」
「そうね、討伐系の依頼は何があるかしら」
「でしたら———」
サリエスさんと受付の男性の間で話が進む。サリエスさんが受けようと選んだのは、《ゴブリン》の退治だった。その依頼書を手に、サリエスさんが聞いてくる。
「この依頼でいいかしら?」
「ああ」
「じゃあそうしましょう」
《ゴブリン》がどういう生き物なのかは、情報としては知っている。日本の空想世界で出てきた《ゴブリン》はどちらかといえば雑魚だったが、この世界の《ゴブリン》は侮れるものではない。とはいっても数匹程度なら、低ランクでも倒せる。ただし、《ゴブリン》は群れになると、一気にランクが上がってしまう。放っておくと増殖し、被害が膨大になる生き物らしく、冒険者ギルドでは常に依頼が出ていると聞いていた。
……それでいいと言ってしまったけど、人型の魔物と戦うのは初めてだ。それに、盗賊を殺してから初めての戦闘。……汗が流れる。
「では、行きましょう」
サリエスさんがにっこりとほほ笑んで、歩き出す。俺もそれについていく。サリエスさんは、冒険者ギルドの外に出てから俺に向かって笑いかけた。
「不安そうね。貴方はまだ頑張りたいって思っている。その気持ちがあるなら大丈夫。本当に、もう冒険者を続けられないってぐらい、心が折れているならともかく。貴方は、続けたいって言ったもの。だから大丈夫よ。それに、私が貴方を危険な目にはさらさせないから」
大丈夫だと、サリエスさんはいう。
頑張りたい、というその気持ちがあれば大丈夫だと。
……正直不安は大きい。ようやく外に出れるようになって、前向きな気持ちになれて。でも、俺は戦うことが出来るのだろうか。そういう気持ちに沈みそうになる。
でも、俺は冒険者を続ける道を選んだ。
―――自分がやりたいことをやるために、俺の目標を叶えるために。そのためには強くなっていた方がやりやすい。だから、自分のために、頑張る。
「……やるって決めたのは俺だから、サリエスさんにはなるべく迷惑はかけない。《ゴブリン》と戦うのは初めてだけど、やる」
低ランクの冒険者でも狩れる魔物とされているなら、俺だって出来るはずだ。ここでまた前に進めないなんてことになるのは嫌だ。やれない、ではなく、やる。そういう心意気で挑むべきだろう。
「そう、なら一緒に頑張りましょう」
決意を胸に言った俺の言葉に、サリエスさんは、笑って答えた。




