26.女性1
成り行きで一人の女性とパーティーを組むことになった。
宿に戻ってから、俺はその事実を思い起こして呆然としてしまう。
幾ら、人を殺してしまったという事実で弱っていたからとしても知らない人物とパーティーを組むなんて軽率な行動すぎる。あの女性が悪い人ではないという確証は何もない。だというのに、頷いてしまうなんて、と考えてしまう。
……でもあの女性と話して、少しだけ落ち着けたのは確かなのだ。殺してしまった事実で、らしくもなく悩んでいた俺の心が少しだけ晴れたのも確かなのだ。
心が晴れたからなんて、単純な理由であの女性と、パーティーを組むのもありかもしれないなんて思ってしまっているなんて。
もし、あの女性が俺の敵だったら———その可能性だって当然考えているのに、それでも、あの女性を信じたいなんて思ってしまっている、なんて。
「……でも、いいきっかけにはなったか」
もし、あの女性にも会えなかったら、俺の心はこれだけ落ち着けはしなかっただろう。寧ろ悪化していたかもしれない。それを考えると、あの女性には感謝が沸いてくる。例え、あの女性が、もし俺を貶めるために俺に近づいたとしても、悪意を持って近づいてきたとしても、それでも、俺があの女性に少なからず救われたと思ったのは確かなのだ。
それを思えば、いいか、と思った。パーティーを組むのも、ありなのかもしれないと。
そして次の日、俺は待ち合わせをしたその場所に向かった。
待ち合わせ場所は、この前連れていってくれた飲食店だった。そこに向かえば、相変わらずフードをかぶったままのその人はいた。
「あら、ちゃんと、来てくれたのね」
「……はい」
顔は見えないけれど、にこやかに笑っているだろう女性。俺はその女性に頷いて、促されるままに目の前の席に座った。
顔も見えない女性。名前だって聞いていない。なのに、パーティーを組む約束をして、そして、こうしてここに会いに来ている。
不思議な感覚だ。
不思議な感覚だけど、悪い気持ちではない。
「……ふふ、じゃあ、私と正式にパーティー組んでくれるのね」
にこやかにほほ笑んだ女性。
「そういえば名前をいってなかったわね。私はサリエス・シューラ。よろしくね」
「………日向彪牙です」
「ヒナタヒューガ?」
「……彪牙が名前です」
「名前が後ろなのね。珍しいわ」
女性の———サリエスさんの声は何だか安心する。どうしてだろうか。ほっとするんだ。
「……そうです」
「敬語は、いらないわよ? 私の方が年上だけど、パーティー組むし」
「ええ、っと。あ、ああ」
「緊張しているの? 今日は話すだけだから気にしなくていいわよ」
「……あ、ああ」
ペースが崩れる。どうしてこんな状況に陥っているかもよくわからない。だけど、今、昨日会ったばかりの女性と会話を交わしている。宿屋の娘さんたちも、俺が外に出れるようになったことに喜んでくれた。元気になってよかったって。ひきこもりっぱなしだった俺を心配してくれていた彼らは本当に良い人たちだと思う。
「依頼をこなすのは、次からにしましょうね。今日は自己紹介もこめて仲良くなりましょう。ヒューガは何歳?」
「十六……」
「ふふ、まだ子供じゃない」
「いや、子供ではない」
この世界だと十六歳なんて、正式な大人と認識しているはずなのだが、子供扱いに不思議な気持ちになった。
「ああ、ごめんね。十六歳は立派な大人よね。人間の中ではそうだとわかっているのだけど」
「……貴方は」
”人間”という言い方をしたことに、俺は驚く。この女性も人間であるかと思い込んでいたのだが、違うのだろうか。
驚いて、女性のことをじっと見た。
女性は、「ああ」と言いながら、フードをとった。そうしてフードの下に見えたものに俺は驚いた。
フードの下には、美しい女性の顔があった。いや、顔に驚いたわけではない。驚いたのは、その耳だ。耳が人間のものではない。とがっている。美しい金色の髪に、青い瞳、整い過ぎている顔。
「私、エルフなのよ」
「……エルフ」
「ええ。だから貴方より、ずっとずっと、年上だわ」
今まで見たことがないほど、美しい顔で、サリエスさんは笑った。
思わず見惚れてしまった。そのくらい、美しかった。
「エルフを見たのは初めてなのかしら」
「……あ、ああ」
エルフ、を見たのは初めてだった。この世界では、本当に色々な種族がいる。そのことに驚いてしまう。
「貴方は、人間よね?」
「そう」
「ヒューガは、一人で冒険者をするってことだけど、どういうことが出来るの?」
「……」
「あ、言いたくないかしら。なら、いいわ。別に。貴方が言いたくなったらいってくれたら」
笑って、そういう。
安心できるとは思うけれど、信頼は出来ない。あったばかりの人に対して、警戒心は取れなかった。
その日は話をして終わった。