24.出会い1
「……お兄さん、大丈夫? 外に出られる?」
宿の中から中々出られない俺に、声をかけてくれていたのは宿屋の娘だった。人を殺したことに対して、俺はショックを受けていた。思ったよりも自分が衝撃を受けていることを自覚する。
抜け殻のように過ごしていた俺が、なんとか抜け殻から抜け出せたのは宿屋を運営している家族が優しかったのと、様子がおかしい俺を《銀の狼》と《エラアクナ》のメンバーが心配してくれたからだった。
一人だったらきっと立ち直れなかったと思う。
一人だったら、ただ一人朽ちてしまったかもしれない。
「……ありがとう」
お礼を告げて、久しぶりに外に出た。
ドワンの街。
職人の街を見て回ることさえもできていない。なんとか持ち直さなければと思う。このまま死んでも構わないっていうなら、そのまま死ねばいいだけの話だ。死んだら何も感じなくなって、人を殺したことに対してのこんな気持ちもなくなるだろう。
でも、俺は死ぬつもりもない。
この世界で生きていきたいと思っている。
なら、どうにか割り切らなければならない。人を殺すことだって、この世界で生きているうえでは少なからず起こることなのだと受け入れなければならない。
そうは思っても、中々踏ん切りがつかないのは、俺が地球という人を殺すこととはかかわりがない場所で育ってきたからだろうか。
ふらふらと、街の中を歩く俺は不審者に見えるかもしれない。
上を見上げる。
青い空が、広がっている。
どこにいこうか。この街についたら色々とやりたいことがあった。やろうと思っていたことがあった。だけど、まだ何もできていない。それを少しずつやろうとしてみようか。そしたらこのショックな気持ちも薄れるだろうか。もっと、前向きな気持ちになれるだろうか。
そんな風に考える。
ふらふらとした足取りで、お店を見て回ることにした。
武器のお店を見る。
長剣と短剣を護衛依頼の前に買っていた。それはその時かえる良いものを買った。まだ使えるけれども、いずれはもっと良い武器を欲しいとは思う。
そのためにももっと頑張らなければならない。
でもとりあえずは、まだ、今の武器でいいか。意味もなく、ぶらぶらする。
その中で、いくつかの店を回った。
なんとなく心が惹かれるものもあったけど、買おうと思えるほどのものではなかった。何か惹かれるものはないかなと気になって、うろうろする。
何かを作るのが好きだ。だから、職人の街についたら何かを作ることを学びたいと思ってた。でも、今はそのために行動をする気力は流石になくて。
俺は何をやっているんだろう、と考えると気が重くなる。
ふと気が付くと、人を殺した時の感覚が思い出される。
あの時の感覚を思い出すと、ぞっとする。殺す、という行為が日本ではしてはいけないことだった。殺す、ということが間近でなんてなかった。
ニュースで殺人事件について報道されたりはしていたけれども、それでもやっぱり殺すということは程遠い出来事だった。運が悪ければ近くで起きるけれども、ニュースで放映されるものは、どこか他人事なものだった。
それが、この世界ではどうしようもないほどの距離が近い。他人事では決していられない場所に、それがある。
気を抜けばすぐに死ぬかもしれない。殺されるかもしれない確率が、地球にいるよりもずっと高い。そして殺さなければ死ぬかもしれない場面や、殺すことを選択肢として考えなければならない場面も多い。
―――頭では、それがわかっているそういうものがあるのだと知っている。だけど、割り切れない。
もっと、わりきりたいとそう思うのに割り切れない。
そのことに、やっぱり気分が沈む。
このままでは駄目だとわかっているけれども、沈む。
そうしてぶらぶらと動く。もう少ししたら、宿に戻ろうとそう考えながら。
覚束ない足取りでふらふらしていたら、誰かにぶつかった。
「すみませんっ」
といって去っていく子供。
後ろで、音がする。何かが倒れるような音。
振り向けば、フードをかぶった女性が子供を転ばせていた。そしてその手には、俺の……財布。
「気をつけなさい。盗まれてたわよ!」
そして女性はそういって、俺に財布を差し出してくれた。財布が盗まれてしまったことなんて全然気づいていなかった。
「そんなにふらふらしていたら狙われるわよ?」
「すみません。ありがとうございます」
女性は俺より背は低い。フードをかぶっていても女性だとわかるのは、体つきが女性だと一目でわかる体つきだからだ。それに、声も女性特有の声だ。
「貴方……顔色が悪いわね、具合でも悪い?」
女性は俺の顔色が悪いことを心配してくれていた。
「……いえ、ちょっと悩んでいて」
「悩み? ふーん」
女性はちょっと考えたような仕草をして、続けた。
「私、今機嫌いいんだ。おごってあげるから、お姉さんに悩み話してみない? 機嫌いいから、聞いてあげる」
そんな風に笑った女性に、俺は返事をする間もなく手を引かれた。




