23.護衛依頼6
人の仕業であるという事実に、俺は動揺を隠せないでいた。
俺が、人に手をかけた事がないことを、青ざめた俺の表情から皆が理解してくれたらしく、俺は待機することになった。《銀の狼》と《エラアクナ》のうちの半数があたりを見て回ることになった。
「ヒューガ、お前は、まだ人を手にかけたことないのだな」
「……はい」
ガントルさんが、俺に聞いてきた。俺はそれにこたえる。
「冒険者としてやっていくなら、敵対するものが魔物であるとは限らない。人を手にかけなければならないことは身近にある。冒険者とは、それだけ危険を伴うものだ」
「……はい」
「ヒューガが、これからも冒険者としてやっていくのならばそれは避けられないことだと思う。特にヒューガは渡り人であり、ユニークスキルを持っている。それだけでも、目をつけられるには十分な理由なのだ」
それは十分理解している。いや、理解しているつもりだった。
この世界は地球に比べて、命というものが軽い。魔物という地球では存在しなかった脅威が確かに身近に存在し、武器が当たり前のように傍にある。身を守るために人と対峙すること、何かをなすために人を殺すこと、そういうことは恐らく俺にもふりかかってくる。
「わかっています」
「命を奪われそうになった時に、相手を殺せるか否か。そういう場合がある。もちろん、無差別に人を殺すことはやってはならないことだが、相手を殺さずに解決できるっていうのはよっぽど圧倒的な力を持つものだけが出来ることだ」
冒険者としての先輩であるガントルさんの言葉は、本当に心に響く。
人を殺せるか否か。その判断でその後が変わる。殺すことが必要な場合も、冒険者をやるなら必要である。
俺には、相手を殺さずにすべてを守るなんて力はない。そもそもたった一人でそのような力を持てるはずもない。右も左も分からない、この世界で生きていけるかも不安定な渡り人の俺にはそのようなことを考える余裕はない。
人に手をかけることに心を痛めるのは良いが、それが出来ないのは冒険者としてやっていけないことだ。たまたま、冒険者登録をした街が良い街で、俺は良い環境で冒険者としてのノウハウを学ぶことが出来たけれども、それは運が良かっただけの話だ。
これまで、人相手にぶつからずに済んだのは、本当に運が良かっただけなのだ。
「……俺は、冒険者として生きていきます。だから、命を狙われた時……俺はやれるように……いえ、やります」
顔は青ざめたままで格好もつかないだろうけど、でもそれは確かな決意だった。
俺は、この世界で生きていく。
結局村を壊滅させたのは、盗賊だった。《銀の狼》と《エラアクナ》は優秀な冒険者のパーティーで、盗賊の一味を圧倒していた。その盗賊団が規模が小さな盗賊団だったのもあるだろうけれど。
そして、俺は……、戦闘の中で初めて人を殺した。
俺が殺したのは、一人だけだった。でもたったの一人を殺しただけで吐き気に襲われて、それ以上は出来なかった。
戦いの中でそんな有様になるなんて情けない。何をやっているんだと自分で思った。《銀の狼》と《エラアクナ》のメンバーがそんな情けない俺を守ってくれるような相手ではなければ、俺はその場で命を散らしていたかもしれない。
自分が手にかけて、人の命が失われる。
本当に、地球でのほほんと生きていた俺からしてみれば恐ろしいことでしかない。そういう世界に来てしまったんだという、割り切った気持ちもあったけれど……、実際に手をかけてみると、俺は全然割り切れていないんだと理解する。
覚悟を決めていたつもりで、覚悟なんて出来ていない。
自分の武器に手を触れるのも震えていた。人の命を奪った武器だから。その日は悪夢でうなされた。寝られなかった。
《銀の狼》と《エラアクナ》のメンバーたちは、そんな俺のことを心配そうに見つめていた。
寝不足だったけれど、翌日、普通に旅は継続される。俺に配慮して、馬車に乗ったままでいいといってくれた。……同じく雇われている冒険者だというのに、自分だけこうして楽をするなんて。
もっと、強くならなければならない。精神的に。割り切れるようにならなければ、この世界で生きてなどいられない。
悪夢が襲う。
俺が殺した盗賊が、出てくる夢。
それを振り払おうとして、でもやっぱりうなされて寝られなかった。
結局ドワンの街につくまで、俺はお荷物だった。そんな俺を投げ出さずにいてくれたティーレリ商会の人たち、《銀の狼》と《エラアクナ》のメンバーたちには感謝してもしきれない。
護衛任務の報酬を受け取って、宿をとる。
寝不足でふらふらしていた俺を、エメナさんが宿をとるまで見守ってくれた。本当に迷惑をかけてばかりだった。
それから、宿で数日、抜けがらのように過ごした。