表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【第二回・文章×絵企画】参加作品

夢を喰らうもの

作者: けい様×陽一

この作品は牧田紗矢乃さま主催の【第二回・文章×絵企画】の参加作品です。


 けい(http://254.mitemin.net/)様のイラストに文章をつけせていただきました。

 ごしゅじんさまー、ごしゅじんさまー


 ごしゅじんさま〜っ


『うるさい』


 ごしゅじんさまぁ〜っ、なにしてる?


『授業中。ちょっと黙ってて』


 はぁーい。


 ちょっと、うるさくしすぎたのかもしれない。

 ごしゅじんさま、いまは“がっこ(学校)”で、“じゅぎょ(授業)”ちゅうなんだって。

 だからボクといっしょにいられないの。

 さみしぃなぁ……。


 ごしゅじんさまはね、とおくにいても、ボクの(こえ)がきこえるんだって。

 ボクもね、とおくにいても、ごしゅじんさまのこと、わかるんだよ。


 でも、“おうち”にいるときはずっといっしょ。

 ちかくにいられるの。

 だから、さみしくても、がまん。

 とおくにいても、ごしゅじんさまがわかるから、だいじょうぶ。


 ごしゅじんさま、早く帰ってこないかなー。


 ごしゅじんさまがかえってくるまで、しずかにしてなきゃ。


 いつものばしょにふよふよいどうする。


 ボクのうごきは、ごしゅじんさまに『ふよふよ』してるっていわれる。


 ごしゅじんさまの匂いのついたやあらかいおふとん。

 ごしゅじんさまの近くにいるみたいで、なんだか安心。


 ふぁあ〜ぁ。ねむたくなってきた。


 ボク、ほんとは、お昼のうちはいつもねているの。

 夜になると、げんきにうごけるんだ。


 おひさまは、すきじゃないの。

 でも、なんだかきょうは、おきちゃった。

 ごしゅじんさまに何かあるのかなぁ?


……うむむ…ねむい。

 おやすみなさい、ごしゅじんさま


『おやすみなさい、バク』


 ごしゅじんさまの声がきこえた気がする。

 バクってゆうのは、ごしゅじんさまがボクにつけてくれたナマエ。


 “じゅぎょ”ちゅうなのに、声をかけてくれるのは、あんまりないのに……うむむ……ねむむ……すぅー、すぅぅー──


 * * *


 んむむ……。

 ごしゅじんさまぁ……あっ


「起こしちゃった?」


 もう夜だっ

 ごしゅじんさまといっしょだっ

 ごしゅじんさまのかおが、すぐ近くにあるっ


 やったーっ

 ごしゅじんさまぁっ

 嬉しくて、とびついちゃう。


「フフフっ──くすぐったいわ、バク」


 ごしゅじんさま、笑ってくれたぁっ!

 もっとやっちゃうよっ

 うりうりーっ


「頬摺りはやめなさいってばっ」


 りゃっ

 つかまれちゃった。


 ごしゅじんさまの手がボクをほっぺからはなした。

 でも、あったかぁいっ

 ごしゅじんさまの手、おおきくって、あったかぁいっ


「あなたが小さいのよ……っ

 ふふっ……やめなさいってば」


 ボクのほっぺをごしゅじんさまにこすりつけると、ごしゅじんさまが笑ってくれる。

 だから、ボクはごしゅじんさまにすりすりする。

 もっと笑って、ごしゅじんさま。

 ずっと笑っていて。

 ……哀しそうなかおは、しないで……?



「そろそろ寝るわ。

 おやすみなさい、バク」


 おやすみなさい、ごしゅじんさま


 ごしゅじんさまはひかり(照明)をけして、おふとんにはいった。

 ボクもごしゅじんさまのかおのよこでいっしょにねむるの。

 そうすると、おんなじ夢がみられるから。


 + + +


 私は制服姿で、学校にいた。

 ただ一人で、暗い教室の、自分の席に座っていた。

 ここにいてはいけない。そんな気がして、席を立つ。

 視界の端に、誰か(・・)が映り込んだ。

 廊下にでて、まっすぐ進んで、突き当たりの右側にある教室に入って、いすに座る。

 そこは会議室だった。

 どこの会議室だろう。

……いや、このいすは、公民館のホールだ。遠く離れた向こうをみると、劇が上演されている。

 そのあべこべさに気づいて、これが夢なのだと判った。


「バク」


 呼ぶと、どこからか黒くて小さなアリクイのぬいぐるみみたいなものが現れる。


『ごしゅじんさまーっ』


 浮かんでいるそれを両手でくるんで頬に当てると、不思議な温もりが伝わってくる。


「ありがとう、バク」


 この温もりを、ありがとう。


『?』


 首を傾げたのが判る。

 この子がいるから、私は大丈夫。

 バクは、小さなこれに私が付けた名前。

 虫みたいに私の顔のあたりを飛び回るからバグにしようかと思って、なんか可哀想だったから、濁点をとってバク。

 夢を食べるバクのイメージと、その姿はちょっぴり似ていた。


 顔を上げると、私は体育倉庫の中で、平均台の上に座っていた。

 学校指定のジャージは、少し汚れている。

 窓から差し込む三日月以外に明かりはないのに、雑多な倉庫内は見渡せた。

 三日月が夜中に浮かんでいるはずも、こんなに明るいはずもないのに。


 鼓膜を揺らさずに響くバクの(こえ)は、私の知っている言葉(意味)となって処理される。

 でも、ほとんどずっと鳴り(喋り)っぱなしだから、ほとんどの(こえ)は聞き流せるようになった。

 今もバクは、私の手の間から抜け出してフヨフヨと浮かびながら他愛もないこと()鳴らし(喋り)続けている。

 その中で、気になる()が聞こえた。


『ごしゅじんさまー

 ここ、どこー?』


 バクはなぜかものを知らないから、時々される質問だ。

 ここで答えないと、後から繰り返し聞かれることになる。


「ここは、体育倉庫。

 体育の授業で使うものとかを仕舞っている場所よ」


『“たあいくそーこ”?』


「ええ。」


 夢は、記憶を整理するためのものだという。

 ならば、これも私の記憶のどこかにある光景なのだろうか。

 瞬きをして、天井を見上げると、そこは自宅の私の部屋。

 ベッドに寝ているのに、制服姿のまま。

 顔を横に向けると、そこにバクはいない。


「──バク……っ」


 寝るときは、いつもバクが横にいた。

 時々上にいた。

 それが、最近の私の日常。

 なのに、いない。

 呼んでも、こない。

 体を起こして窓の方へ目をやると、カーテンの間から日の光が見えている。

 昼はいつも、バクは眠っている。

 今日はなぜか、起きていたけれど。

 バクがいない。

 お布団の上には、いない。


「……どこ──バクっ」


 私は、駆けだした。

 気付けば、学校の教室の、自分の席に座っていた。

 教卓の前には、もうこの世にはいないはずの、ついこの前までこの学校の生徒だった──友人だった少女が、立っていた。

 じっと、私をみてる。

 どうして。


『……ーっ』


 どうして、こっちをみるの?

 私の方をみるの?

 彼女に、なにを叫んでも反応しない。

 私が、何かやったの?

 なにもやっていないはずだ。

 なにも、やっていない(・・・・・・)


『ごしゅじんさまー』


 みないで!

 こっちをみないでッ!

 私も悪かった。

 なにもせず、ただみていただけだった私も。

 だけど、どうして夢の中にでてくるの?

 私の方を、みないでッ!!

 彼女も、こんな気分だったのかな。

 私が遠くから、なにもせずにじっとみていたとき、彼女も、こんな、不安で、恐ろしい、諦めないといけないような、そんな気持ちだったのかな。


『ごしゅじんさまーっ!』


 あのときも、私の方をじっとみてから、あなたは──……


 + + +


 ごしゅじんさま、ごしゅじんさま、ごしゅじんさまーっ

 おきてよー、ごしゅじんさまぁ!


 ごしゅじんさま、苦しそう。

 哀しそう。……笑って。


 ごしゅじんさまが哀しむ原因は、ボクが全部、喰ってやるから。


 楽しくない(おいしくない)夢をみないで。

 ほっぺをこすっても、ごしゅじんさまは笑ってくれない。

 楽しい(おいしい)夢を、みてはくれない。


 じゃぁ、ボクが喰わなきゃ。

 ごしゅじんさまの哀しいきもちは、ボクがおなかにいれ(わすれさせ)なきゃ。


 + + +


 目を開けると、そこには天井があった。

 見慣れた、自宅の私室の天井。

 寒い。

 結構汗をかいているみたい。

 何か、悪い夢でも、みていたのだろうか。

 覚えていない。

 横を見ると、バクがいる。

 バクは、私の夢を食べている。

 バクと出会ってから、私は悪夢をみていないから。

──みているのかもしれないけれど、覚えていないから。

 つい最近あんなことがあったのに、悪夢を見ないなんてはずが、ないから。

 夢をみた覚えがなくて、気分が悪いとき、バクは調子が悪そうにしてる。

 たぶん、悪夢を食べて、悪い気分になっているのだと思う。

 でもよかった。

 今は、体調も悪くなさそう。

 それに、ちゃんとそこにいる。


──でも、それは普通のはず。

 バクがいないなんて、出会ってから今までになかったから。

 無防備にさらされているおなかをなでると、身をよじって俯せになってしまった。


 可愛い。


 カーテンの向こうから、街灯の光がみえる。

 外はまだ暗いみたい。


「じゃぁ、またおやすみなさい、バク。」


『おやすみなさい、ごしゅじんさま』


……いま、バクが返事をした気がする。

 気のせいかな。

 バクの方をみると、俯せでスヤスヤと寝ていた。

 楽しい夢がみられますように。


 + + +


 楽しく(おいしく)ない夢だったけど、ごしゅじんさま、哀しくなくなったみたい。

 よかった。

 笑ってくれた。

 ごしゅじんさま、もっと、もっと笑ってね。


 おやすみなさい、ごしゅじんさま


 楽しい(おいしい)夢をみてくれますように


 * * *


「おはよう、バク」


 おはよー、ごしゅじんさま


 ごしゅじんさまが笑った。


「大丈夫?体調悪そうよ?」


 へーきだよっ

 へんなもの、たべてないもん


「そう?

 ならいいのだけれど」


 ごしゅじんさまの哀しいを、ごしゅじんさまにしられたらダメだ。


 きょうも笑っていて。





「じゃあね、バク。行ってきます」


 いってらっしゃぁいっ


 + + +


 バクは、学校へはついてこない。

 それどころか、私の部屋から出ようとしない。

 どうしてなのかはわからないし、訊いても返事はよくわからないものだった。

 私がバクと出会ったのは、比較的最近。

 まだ友人がこの世にいた頃、夜遅くになって家についたら、そこにいた。

 なぜかすんなりと、そのころの私は受け入れてしまったのだ。

 話し相手が欲しかったのかもしれない。

 たった一人の友人との距離が、だんだんと開いていたから。


 授業中、うたた寝をしてしまった。

 夢をみた。つまり、結構本格的に寝てしまっていたみたい。

 友人が、私をみていた。

 かつての私が、そうしていたように。

 私が誰になにをされても、なにも言わず、時々目をそらしたり、表情を曇らせたりしながら、ただ、私の方をみていた。

 その視線がイヤになって、目を開けたら、授業終了のチャイム。


 昼休み、私は屋上へと続く階段を上るけど、屋上へは入らない。

 入れないのだ。

 友人がこの世からいなくなった次の日から、屋上は立ち入り禁止になって、そこにつながっている唯一の扉は施錠された。

 だからそこで、私は昼食をとる。

 あれ……さっきの授業中、私、何か夢をみていた気がする。

 何でか、思い出せない。

 ……もしかして、バクが食べちゃったのかな?



 午後の授業とバクの(こえ)を半分上の空で聞き流して、部活動にも行かずに帰宅すると、部屋ではバクが寝ていた。

 まだ外は明るい。

 この時間帯、いつもはこんなふうに寝ているはずなのに、どうして昨日は、起きていたのだろう。


 + + +


 おとがする。

 ごしゅじんさまのにおいも。

 ごしゅじんさまが、かえってきたみたい。

 でも、ボクはまだねむいから、ねているね。

 楽しく(おいしく)ない夢を喰べたから、おなかいたいんじゃないよっ

 ちがうんだよ。


 * * *


 今日も、昨日も、その前も。

 友人がいた頃と、いなくなってから。

 何ら変わりのない日常が、過ぎ去っていく。

 明日も、続くのだろうか。

 私に明日は、あるのだろうか。

 もしかしたら、私も、友人のように── 


 いや。そんなことには、きっとならない。

 私にはもう、友人はほかにいないのだし、バクがいるから。


「今日もおやすみなさい、バク。」


 * * *


 ごしゅじんさまが、めをあけた。

 夜の空みたいな色をしたせかいの中で、おきあがった。

 きょうは哀しい夢じゃないみたいだ。

 ごしゅじんさまぁっ


 ぎゅむっうりうり〜っ


「どうしたの、バク。急に。

 くすぐったいわ」


 ごしゅじんさまぁ……


「また、何か変なものを喰べたのね?」


 ううんっ、ちがうよっ

 ボク、わるい夢とかみてないよったべてないよっ

 ごしゅじんさまの夢は、いつも楽しい(おいしい)よっ


 だから、ごしゅじんさま

……そんな哀しいかお、しないで?


「どんな夢を、みていたのかしら」


 ……ごめんなさい。


「いいのよ。

 あなたが喰べてくれたおかげで、わたしは忘れることができるのだから」


 わすれちゃだめなんだよ。

 どんな夢でも、わすれちゃだめなんだよ。

 ごしゅじんさまの、大切な夢なんだよ。


「ええ。あなたに喰べさせるための、大切な夢だものね」


 ちがうよ。

 ごしゅじんさまが笑ってくれるためのものだよぉっ


 ……でも、もうそろそろ、おひさまがでてくるね。


「そうなの?

 早いけれど──もう、いかなければならないのね。」


 ずっと夜なら、ボクも、ごしゅじんさまに笑ってもらえるのかなぁ。


「昼がきても、あなたがいるおかげで、わたしは笑顔になれるわ。

 だから、これからも私の夢を好きでいてね?」


 うん。

 きっと。

 ずうーっと、ごしゅじんさまの夢は、ボクの世界一大好きな夢だよっ


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] バクが愛おしすぎて思わず溜息が。素敵な関係ですね。 哀しい夢だから喰う、だけど大切な夢だから忘れちゃいけない。 矛盾しているようで、最初から最後までバクは彼女のことだけを必死に想っているんで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ