お風呂に入るぬい!
「なんかお前……薄汚れてきたな」
日曜の朝、雅人が食事を終えた皿の隣に座るアミィを見て、そう口を開いた。
そして、頭を左右から摘まむようにして持ち上げる。
顔を寄せてじっくり見ていると
「そんな近くで見られると……照れるぬいっ」
アミィの発言を無視し、雅人は観察を続ける。
「よし、洗うか」
そう言って立ち上がった雅人は、まず自分の朝食の片付けを済ませた。
皿を洗いながら、アミィを洗う方法を考える。
「洗濯機に入れればいっか」
その一言をアミィは聞き逃さなかった。
「それは嫌ぬい!目が回るぬい!それに、痛そうぬい!」
最も簡単であろう方法を却下され、雅人はため息を吐く。
「お前……洗濯機の仕組み知ってんのな」
ガッカリした思いを直接ぶつける代わりに、質問をした。
それに、アミィは痛みを感じないよな。目も回るのか?その辺りには触れなかったが。
「CMで見たぬい」
確かに洗濯機のCMでは、性能を示す為に内部も映っている。
よく見てるな、と思った。と同時に、そんなに見なくていいのに、とも思う。
「じゃあー……アミィこっち来い」
普段は立ち入り禁止であるキッチン付近に呼ばれる。
そのことに無邪気に喜び、アミィは近寄った。
床を走ってきたアミィの体を掴み、持ち上げる。
そのまま雅人はキッチンの水道に向き合い、蛇口を捻った。
水が勢いよく出てきたので、少しだけ弱める。
「よし、いくぞ」
その声と共に、雅人はアミィを顔から水に付けた。
突然の出来事に、アミィは手をバタバタさせる。体を握られていて足もすっぽりと隠れているので、足はバタバタとできないが、動かそうとしていることが雅人にはわかった。
雅人はアミィを水の流れの中から出す。
「なんだよ」
「ひどいぬい!まさとの人でなし!」
雅人は「なぜ」と聞き返す。
「だってお前、息してないだろ」
「そういう問題じゃないぬい!こんな乱暴にするなんて!ばか!人でなし!」
二度目の「人でなし」だった。さすがに雅人も傷ついた。
そんなに言うほどか?と思う。
まだ、雅人の中では、アミィはあくまでぬいぐるみなのだ。どんなに動いて喋っていたとしても。
「じゃあどうしたらいいんだよ」
「アミィもお風呂に入りたいぬい!」
アミィのその申し出に答えるために、雅人はアミィを連れて風呂場へ向かった。
そして、風呂桶にお湯を入れる。温度は38度といったところだろうか。
「さあ!早く!入れてぬい!」
お湯の用意しているところを、桶の近くで見ていたアミィは、雅人を急かす。
アミィから見ると桶は高く、更に反り返っているため、自力では入れない。
はいはい、と言ってアミィを手のひらに乗せる形で持ち上げて気がついた。
「お前、服って」
「このままぬい」
そう、アミィは人形の体に布の服を着ているというより、服が体に縫い付けられているというか体そのものが服というか。
裁縫に詳しくない雅人が見ても仕組みはよくわからないが、とにかく服は脱ぐことができない構造になっている。
そのことはアミィ自身もわかっているようだった。
まあいっか、と雅人はアミィを桶に入れた瞬間、雅人は吹き出した。
「おまっ……それ……まあ、そうなるよ、な」
腹を抱えて笑う雅人の前で、アミィはお湯に浮いていた。
当たり前のように、人が入浴するときの姿勢を想像していたが、よく考えなくても人形のアミィはお湯に浮く。
アミィは入浴してるというより、お湯の中を漂っていた。
「まさとはひどいぬい」
笑うなんて、と続ける。
しかし今は何を言っても、雅人にとっては面白くて仕方がない。
雅人は桶の中のお湯を少しだけかき回してみる。するとその流れに沿って、アミィが漂う。
それを見て、雅人は更に笑った。
「やめるぬい!」
アミィは手足をバタバタさせるが、むなしい抵抗である。
雅人はさんざん笑った後、アミィを掬い上げ
「ごめんごめん」
と言い終わってから、下に置いた。
ボディソープを手に取り、泡立てる。ボディソープのついた両手で挟むようにアミィを掴み、まず顔を揉む。
アミィは
「むー」
と言っているが、悪くはなさそうだ。
雅人は力加減に気を遣う。
続いて、同じように体も洗う。
全身洗い終わった後、再びアミィを下に置き、シャワーを手にする。
お湯をゆっくり出し、水圧を調節する。
「よし、流すぞ」
そう声をかけてから、アミィにお湯をかける。
「んーーーー」
と言うアミィは、シャワーをかけられても目は全開だ。
動かないのだから仕方ないのだが、なかなかシュールというか、少し怖い。
泡を全て流し終え、シャワーを止める。
アミィは頭を振り水滴を振り払うが、あまり意味はない。
「なあ、絞っていいか?」
「嫌ぬい」
即答だった。
「じゃあ握るな」
と言いながらアミィを右手で掴み、そのまま握る。今度は拒否する隙を与えなかった。
「んむぅー」
いちいち声を出す意味は何なんだろう、と雅人は思う。
「おしっ」
そう言って雅人が握る力を弱めると、握りつぶされていたアミィは自然に元の形に戻っていった。
「アミィ、綺麗になったぞ」
アミィは下を向いて自分の体というか服を見る、首が短いので見にくそうではあるが、一応一部は見えているらしい。
「わー!」
綺麗になるまでの間、何度か不満は漏らしていたが、綺麗になったことで結果オーライらしい。
「アミィ、嬉しいことをしてもらった時は、お礼を言うもんだぞ」
「まさと~ありがと~」
「どういたしまして」
お礼を言われると気持ちが良いもんだ、と改めて感じる。
風呂場を片付け、出ようとしたところで雅人は気がついた。
アミィのことを少し絞ったが、まだまだ水分をたくさん含んでいる。
「お前はこっちな」
そう言い、アミィを手のひらに乗せ、居間に連れていく。連れて行った先は、洗濯物を干す時の定位置だ。
そこにある、洗濯バサミがたくさん付いているハンガーに手を伸ばす。その洗濯バサミの1つに、アミィの髪を2本掴んで挟む。
アミィはぶら下がる形になった。
「よし」
「まさと?」
「お前はここで揺れてろ」
「えっ」
「じゃ、俺遊びに行ってくるから」
「待つぬいっ」
引き留めるアミィに、何?と聞き返す。
「下ろしてくぬい!」
「いや、お前まだ濡れてるから。乾くまでそこな」
アミィは暴れるが、洗濯バサミは外れない。
「6時くらいには帰ってくるからさ。じゃ」
雅人はそう言うが、今はまだ11時前である。
しかし雅人は外出の準備を素早く終え、家を出てしまった。
「まさとの人でなし~!」
本日三度目の人でなしは、雅人の耳には届かなかった。
その代わりに、帰宅した時には十倍の思いを込めた「人でなし!」がぶつけられることになる。