イメチェンだぬい!
雅人が音楽番組を見ていた時。
テーブルの上から一緒に見ていたアミィが口を開いた。実際には、口そのものは閉じたままだが。
「アミィの髪型も変えてほしいぬい」
テレビに映っているのは、女の子アイドルグループ。
髪を下ろしている子もいれば、ツインテールにしている子、ハーフアップにしている子、ポニーテールにしている子もいる。
アミィの言葉を聞いて、雅人はアミィの髪を見た。
「お前のは髪じゃなくて毛糸だろ」
「髪だぬい!!!」
そう言うアミィの髪は、少し太めの茶色い毛糸で作られている。
アミィはだいたい2.5頭身くらい。
髪は1.5頭身分より少し長いくらいだろうか。
それ以上伸びることはない。
「髪型変えるって言っても……そんな細かい作業は無理だ」
手のひらサイズのぬいぐるみの髪を縛るなど、雅人には難しすぎる。
「いいからやってみるぬい!」
ぐいぐいとくる申し出を断りきれず、とりあえずやってみることになった。
雅人は輪ゴムを用意する。
「そんなダサいの嫌ぬい!」
「はあ?これしかねえよ」
雅人はそう言って、とりあえず全ての髪をまとめてみようと試みる。
実際に使ってみてわかったが、アミィの髪の量に対して、輪ゴムは大きすぎる。
ただでさえ細かい作業なのに、輪ゴムを何度も何度もぐるぐるぐるぐる……だんだん疲れていき、完成する頃には集中力が切れている。
よれよれの髪型が完成した。
雅人の手が止まったことを感じ、アミィはできたぬい!?と振り向く。
「あー……ナシだな」
そう言ってアミィの髪から輪ゴムを外した。外すのも一苦労だった。
輪ゴムがなしならどうしたものか、と考える。
「あ!そうだ!」
雅人が目にしたのは、プリント類を束ねるために用意してある、銀色の一般的なクリップだった。
それを1つ用意し、アミィの右サイドの髪を耳にかける形にして、前からクリップで留めた。
実際には、アミィの耳はフェルトでできたぺらぺらのものなので、髪が耳にかかることはない。クリップで留めたことで、「耳を出した」ということが正しいのかもしれない。
「おお!」
と驚いたのもつかの間、クリップはすぐに外れてしまった。
クリップを毛糸の厚みに合わせて開いたはいいが、それを閉じることができない。つまり、本物のピンのようにパッチンと挟み込むことが出来ていないのだ。
クリップの構造上、それは仕方のないことだった。
「これもダメか……」
我ながら良いアイディアだと思ったんだが。
期待が外れてしまった雅人は、再び考える。
あれこれしている間にアイドルグループの出番は終わっており、今は違う女性歌手が歌っている。
テレビの中の女性は、編み込みからの三つ編みをしていた。
それを見たアミィが振り向き
「まさ…」
「却下」
言葉を被せて即却下。
ただまとめて結ぶだけでも一苦労なのだ。編むなんてもってのほか。
何か使えるものはないか……と家の中を見回す。
テープは外れなくなりそうだし、紐で縛るというのは雅人の手先では無理だ。
外に使えそうなもの……ホッチキス、糊、ベルト……だめだ、良いものがない。
必死に頭を働かせている間に、女性歌手の出番が終わる。
次の出番のロックバンドが準備を終え画面に映ると同時に、雅人は「あ!」と言って立ち上がった。
「これなんてどうよ」
閃き共に雅人が取りに行ったものは、洗濯バサミだ。
「こういう映画あったよなー!」
あの有名な制作会社の映画を思い出しながら、高い位置のポニーテールを作る。
「おお!いい感じじゃね!」
アミィも自分の前におかれている鏡を見た。
「可愛いぬい~!」
鏡の中の自分を見て、惚れ惚れしていた。
選択バサミが、リボンのようにもウサギの耳ののうにも見える。
その見た目も、アミィのお気に召したようだ。
よし、解決!と満足した雅人は、風呂に入ることにした。
アミィは鏡の中の自分を見ながら、ゆらゆらと体を揺らしている。喜びを表現しているようだった。テレビを消して立ち上がる雅人には、目もくれない。
「おーい、俺は寝るからな」
風呂から上がり、寝る準備を全て済ませた雅人のその声を聞くまで、アミィはずっと鏡の前でゆらゆらとしていた。
はっとしたアミィは、自分の部屋に向かって駆け出す。
「アミィも寝るぬいー!」
雅人は、お前は睡眠行為とらないだろ、と思いつつ、鏡を畳み、テレビ台の上に戻す。
そして電気を消しに、入り口の方に足を向ける。
すると突然、アミィに名前を呼ばれた。
なんだよ……と面倒くさそうに振り向くと
「これじゃ寝れないぬい!髪の外して!」
「おい!」
あんなに苦労したのは何だったんだ!
雅人が試行錯誤して作り出した髪型は、1時間も保つことがなかった。
アミィの髪から選択バサミを外して、それもテレビ台の上に置いた。
電気を消し布団に入ってから、ふと思うことがあった。
そういやアミィってあんまりお礼言わないよな。時々言うけど。今度「感謝の気持ち」ってもんを教えてやろう。
と。