第1話:魔王様、世直しを始める
ここまでのあらすじ
魔王様、目覚めたけど手下いなくなる。ぼっち。
魔王は考えた。
折角、何かを始めるのだから、一番魔王らしくないことをしようと。
◆
「我は世直しを始めるぞ!」
周囲には誰もいないが、身に纏う闇夜の衣を大げさに広げ宣言した。
「人の世を素晴らしき世界にするために尽力する!」
右の拳を空へ突き上げて、天に我が決意を届かせる。
だが、人のためになることとはどうすればいいのだ。これまでに数多くの悪事は働いてきたが、善行など行ったことがない。
うむ、どうしたものか。やることが決まっても、手段が思い浮かばん。
直接聞いてみるか。
人間が一番多く集まっている場所に行くこととしよう。
魔力探知の範囲を世界すべてに広げる。
人間の魔力はとても小さい、中には大きな反応を示すものもいるが、それは勇者であったり、特殊な技能を持った者だ。
魔力が小さい者たちが一際集まっている場所があった。
ふむ、この辺りか。
目覚めたばかりで魔力は完全ではないが、転位魔法で行けそうである。
「では、行くか。圧縮魔術コード053解放」
我の体が光に包まれて、見えない力にで引っ張られるような感覚を覚える。
一瞬で我が城の跡から、大きな門の前にまでやってきた。
門の入り口らしきところに槍を持った兵士が立っている。
まずはあの者たちに聞いてみるとするか。
我は兵士たちにゆっくりと近づいて行った。
「止まれー! そのような怪しい服装の者を街に入れるわけにはいかない。あるならば通行証を提示せよ!」
兵士たちは近づく我に気付くと持っていた槍の穂先をこちらに向けて威嚇しはじめた。
待ってくれ、我は話が聞きたいだけなのだ。戦いに来たわけではない。
攻撃の意志がないことを示すために、我は闇夜の衣の中から両手を出し、武器など持っていないことを証明し、さらには両手を上に挙げた。
そのまま我は歩みを進める。
「止まれと言っている! そこでだ! 動くな! そのようにマントを広げ威嚇しても無駄だ!」
威嚇などしていない。槍を向けて敵を向けてきているのは貴様らであろう。
ここで激高し、殺してしまうのは簡単だが、それはしない。我は人間の世界を良くするのだ。
どうやら、マントによって威嚇していると思われているようなので、闇夜の衣を脱ぎ捨てる。
我の生身が世界に晒される。一糸もまとわぬ完全な裸だ、これで理解してくれることであろう。
「何故、脱いだ―! 裸になってどうする気だ! いいから、止まっ……おげぇあああああああああああああああああああ」
兵士たちが口や目、耳、鼻、体の穴という穴から赤い体液を吹き出し倒れた。
どうしたのだ、誰かの攻撃を受けたのか。
我は急いで一人の兵士に近寄った。
体を支え起こそうとするが、その間にも兵士は赤い体液を吹き出し続ける。心なしか先ほどより噴出が激しくなっている。
兵士の顔を見て理解した。
これは魔素中毒症だ。
魔力抵抗をほとんど持たぬ人間が、急に濃い魔素と接触した場合に起こる症状だ。
この兵士が突如この中毒症にかかった原因は簡単にわかった。
原因は我だ!
闇夜の衣を脱いだことで、衣の中に溜まっていた高密度の魔力が解放されて、周囲にまき散らされたのであろう。
「すまぬ……、すまぬ……、すまぬ……」
急いで衣を纏い直し、兵士たちに最上位の治癒魔法を施す。
赤い体液は止まり、表情も苦しいものから安らかなものに変わった。
「これで大丈夫であろう」
魔素中毒は治ったが、兵士たちはまだ目覚めない。
起きるまで待って謝罪をしたいところだが、我には時間がないのだ。
兵士を地面に寝かせ、彼らの持っていた槍を集める。
「我からの罪滅ぼしだ」
槍に我の魔力を籠める。
見た目は変わらないが、龍の鱗を一刺し貫通できる程度にはなったはずだ。
貴様らの今後の武勲に期待する。
槍を兵士一人一人の横に置いたのを確認して、我は門の向こう側に向かって歩き始めた。
たくさんの小さな魔力が向こう側で渦巻いている。
この中には我の問いに答えられる者もいるであろう。楽しみだ。
◆
我は門をくぐる。存在していたころの魔王城の正門に比べれば貧相な物だが、人間同士の戦に必要な高さは備えていると見えた。
通り抜けるとそこには一目で栄えていると分かる街並みが並んでいた。
道の横に連なる商店、その店に群がる夥しい数の人間たち。
どの者たちも楽しそうにやりとりをしている。
これが今の人間の世の中か……。
このように過ごしているのであれば、我の助けなどいらぬな。
数百年前のように人間同士でいがみ合うことなどは、しておらぬのだろう。
新鮮な果実を籠に積んだ人間の雌が我の前を横切った。
随分と美味そうな実であるな。
並ぶ店舗を見ると、果実を取り揃えている店があった。
店の前まで来てみると遠目で見るよりも多くの実が所狭しと整列していた。
「おーう、そこの変な格好のあんちゃん! うちのポレポレの実はうめぇぞ、どうだい?」
目の前にいるというのに随分と大きな声で話す人間の雄だな。
我に向かって黄色い実を差し出してきた。
ほう、我に食せということか……。
よかろう、そのポレポレの実とやらを我が体内に落としてやろう。
人間の雄からポレポレの実を受け取る。
張りのある見た目であったが随分と軽い。中身が詰まっておらぬのか。
我は鋼さえも食い破る歯を持ってして果実にかぶりつく。
(シャクゥ)
む!? むむむむむ!? これは水気か? 我が牙を再びその実に受けよ!
(シャクゥ) (シャクゥ)
ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
(シャクゥ) (シャクゥ)(シャクゥ) (シャクゥ)(シャクゥ) (シャクゥ)(シャクゥ) (シャクゥ)(シャクゥ) (シャクゥ)
「なんだ、これは。一見すると実を覆うように張った皮を破り、中の果汁に至るまでに悪鬼を咬合せしめん力が必要かと思いきや、この皮……貫くことが非常に容易い。さらに驚くのはこの中の実の爽快なる噛み心地、これは何とも筆舌し難い。噛みしめるごとに我が口腔に広がる香りも良く、歴戦の戦士を嬲り殺すようないつまでも続けていたくなる快感を伴う。なんという美味だ!」
「お……おうっ、よくわかんねーけど喜んでくれてるなら何よりだ。どれくらい持っていくよ?」
「すべてだ」
「はっ?」
「すべて貰い受ける」
「わかった。今日は店じまいになっちまうが仕方ねぇ。全部まとめて八千コルダでどうだ?」
人間の雄が対価を求めるように我に手を差し伸べてきた。
なんだ、魔眼でも授けてほしいのか。
我は、人間の雄の手を握った。
「何やってんだ、あんちゃん。金だよ、金」
「かね? それはなんだ」
「はぁ? 金も知らないって、どこの田舎の出だ」
「それがないと、果実を手に入れられぬのか?」
「おいおい、ふざけてるのか。冷やかしなら用はねぇ! とっとと失せろ」
手で払いのけるようにされ店の前から動かされる。
我の後ろにいた人間が店前を埋め、果実にまで辿り着く道が塞がれた。
かね、とは一体なんなのだ。
どのようなものか見ることができれば魔法で生み出すこともできるであろう。
少し人の世を見てみるとしよう。
あそこに暗がりがあるな。丁度良い、我が拠点とし人間ども観察するとしよう。
建物と建物の間に収まるように体を滑り込ませた。
ふむ、暗い上に湿気が多く心地よいな。
小一時間ほど、道行く人間を観察する。
その中で、かねが何のかは理解した。
店から何かを受け取る際に人間が渡している小さな鉱物が金のようだ。
何種類かあるようで、輝き具合に違いがあることが分かった。
そうか、あれを手に入れられれば、あの美味なる果実を再び食すことができるのだな。
少し前に店で金を渡していた冒険者風の雄に入手方法を聞くことにした。
「すまぬが、ちょっといいか。金はどこにいったら手に入るものなのだ」
冒険者のような身なりの雄は怪訝な表情をしたが、我の上から下を人通り眺めると何かに納得したようであった。
「なんだよ、無一文かよ。そんなら冒険者組合に行ってみろよ。登録もすぐにできっし、上手くいきゃすぐにでも金が手に入るぜ」
ぼうけんしゃくみあい、とやらに行けばいいのか。
「その冒険者組合とは、遠いのか?」
「しょうがねぇな。来いよ、こっちだ」
どうやら我を冒険者組合まで案内してくれるようだ。
店が並ぶ賑やかな場所から少し離れた場所に、組合はあった。
派手さはないものの、一目で頑強な作りだとわかる。要塞の一部だったものか。
「ここだ。受付があるからそこで金に困っていると伝えな」
「世話になったな。貴様の名を聞いておこう」
「なんだ、偉そうな奴だな。まぁいいか。俺の名はザプールだ」
「ザプールだな。覚えておこう」
「おう、達者でな」
ふむ、人間にしては気持ちのいい雄であったな。
今は持ちえぬが、いずれ相応の礼をしよう。
我は組合の入り口だと言われた場所に進む。
扉に手をかけると違和感があった。
これは拒絶の結界を施してあるのか。中々のものだが、我にはとっては児戯にも等しいわ。
だが、人の世をものを破壊して回ることは良くないことであろう。
強引に通ることをせずに擦り抜けさせてもらうぞ。
結界に隙間を作り、そこを抜けた。
組合の中に入ると、先ほどの店が並ぶ場所ほどではないが、喧噪であった。
商人の類は一切おらず、戦士や魔法使いという戦うことを生業とする者たちで溢れていた。
もの珍しそうに周囲を見渡していると我に声をかけてきた者がいた。
「初めての方ですか?」
「うむ、金を得られると聞いてここへ来た」
「わかりました。では、こちらへどうぞ」
そういうと人間の雌は、我に座るようにと椅子を引いた。
「座れば、金をくれるのか」
「いえ、まずは登録をお願いしますね」
人間の雌は、表情を変えずに指示をしてくる。この魔王を前にして、中々の胆力と見受ける。
「では、まずはそれをしてやろう」
「えーと、お名前は?」
「魔王だ」
「はい、マオウ様ですね」
ほう、礼儀を知らぬわけではないようだな。
「得意な戦い方とかありますか。戦士タイプとか魔法タイプという括りでも大丈夫ですけど」
「どれも得意であるぞ。我に不得手はない」
「そうですか、すでに何かのクラスに就かれていますか?」
「うむ、魔王だ」
「なし、と記入しておきますねー」
そこまで聞くと、人間の雌は黙って何かを記載し続けている。
「それでは、こちらが組合の登録証です。これを持ってあちらの案内所に行ってください」
雌が指差す場所には多くの人間が列をなしていた。
「この時間は混んでいるので、少し間を置いた方がいいと思いますよ」
「あそこに並ばぬと金はもらえぬのか?」
「あそこで貰えるのは仕事ですけどね。お金はその後です」
「むぅ、並んでも貰えぬのであれば意味はない。我は去ろう」
「仕事しないとお金を貰うの難しいですよ。その辺で物乞いでもするんですか?」
「この魔王が物乞いなどせぬ! 見事に仕事を貰い受けようではないか!」
長い列の一番後ろに着いた。一人が先頭から抜けると一歩分ほど前に進む。
どうやら用事が済んだものから立ち去り、後ろの者が進むようだ。
……
……、……
進まぬ。先ほど一人抜けてから一向に進まぬぞ。
だが、待つことに定評がある魔王だ。勇者が来るまで待てるのが魔王だ。
待ってやろうとも! いつまでも!
待つこと四半刻、我の番が回ってきた。
机を挟むように椅子が置かれ、先ほどの場所と同じように対面に座るように促された。
長時間待った足にはこれとない朗報だ。
腰を据えるように深く座り込むみ、王たる威厳を出しながら目的を告げる。
「我に金を与えよ!」
対面に座る妙齢の雌が、かけていた眼鏡の位置を直しつつ、我を見た。
「登録証を出しなっ!」
先ほど受け取った登録証を机上に置く。
「あんた、まだFランクじゃないかい。前払い金が出る依頼なんか出来ないよ。顔洗って出直しな」
「出直すことはできぬ。我は金を手に入れるのだ」
「そうかい、あんた生活に困ってそうだしね。わかった、簡単な依頼を見繕ってやるよ」
「任せよう」
「あんた、Fランクのくせに態度でかいね! でも、昔の冒険者にはあったふてぶてしさがある。気に入った! 困ったときは、案内所のマチルダを頼りな。悪くはしないよ」
「ほう、マチルダとはできる輩なのか」
「あたしだよ!」
「むぅ、すまぬ。よろしく頼むぞ、マチルダ」
あいよ、と気風のいい返事を残すと、席を立ち一枚の羊皮紙を取って戻ってきた。
座りなおすと、持ってきた羊皮紙に色々と書き込んでいるようだ。
書き終えると我に突き出してきた。
「はいよ、この依頼なら日が落ちる前に達成できる上に、そこそこの報酬になるよ。嫌がって引き受ける奴がいないから難易度と合わない報酬額になってる」
渡された羊皮紙の依頼名のところに【ポレポレの実の採取】と書いてあった。その下に納品希望数は五十以上を希望とも。
「実を拾ってくれば金が貰えるのか」
「そうだよ。採取場所は書いておいた。あたしからのサービスだ。さっさと終わらせてきな!」
「手を焼かせてすまぬ。では、行ってくる」
「がんばんなー」
背中越しに大きな人間の雌の声が響いた。
オークに似ていたが、気の利きようはあの豚どもとは違ったな。
マチルダと言っていた、こやつも覚えておこう。
渡された羊皮紙に書かれた地図を見る。
実が取れる森は、この街からそう遠くない場所にあるようだ。
金を手に入れるためだ、さっさとこなすとしよう。
高速移動魔術を使用し、森へと向かった。
森へ向かった魔王様は
そこで鎖に繋がれた少女と出会う
第2話:魔王様、奴隷少女を助ける