プロローグ
真っ暗だった世界に小さい粒様な白い光が差し込む。
ああ、もう目覚めの時間か。
光が大きくなっていく。世界がすべて白に満たされた時、我は目を開ける。
また、勇者に殺される時が来たのだ。
◆
「魔王様、お目覚めの時間です」
三つの目を開き、体を起こす。
狭い棺桶のような物の中に入れられている私の体は、酷く固まっていた。
少し腕を持ち上げただけで至る所から何かが弾ける音がする。
どうやら私の体の関節が目覚めの声を上げているようだ。
何とか体を起こし、声をかけてきた輩に目を向ける。
そこには人間と変わらない姿だが、口元から長く鋭利な牙が生えているものが畏まって立っていた。
おそらく吸血種に属するモンスターであろう。
「貴様が今回の補佐なのか?」
「今回? 御身とお会いするのは初めてございますが」
「そうか……、忘れてくれ。それよりも我が死んでどれくらい経ったか教えてくれ」
「三百年ほどでございます」
三百年か……、やはり周期が短くなっているな。
最初の頃は千年に一度だった。それが今では三分の一になってしまっている。
「我が目覚めたという事は、勇者が現れたという事であろう。その一報はすでに入っているのか?」
「はい、フェンリル王国にて確認されました。女神の祝福を受け、我らが領土へ向かって旅立ったとのことです」
「すでに旅立ったか、今まで通りであれば我が居城まで早くて半年といったところか」
居城と言ったが、ここには私と補佐、それ以外には私が入っていたものぐらいしかなかった。後は、何かが崩れた跡であろう瓦礫ばかりだ。
「ここはもしや我の城なのか?」
「城であった場所でございます。百年ほど前に人間が爆薬で破壊しました。残ったのは時が来るまで触れることのできぬ魔王様の棺だけです」
「そうなのか、城はまた建てれば良い。それよりも、我が親愛なる闇の眷属たちは、どれほど残っているのだ」
「私だけでございます」
「はっ?」
「魔王様、私だけが役目がありましたので残っておりました。多くの者たちは人間に屠られ、生き延びた少数の者は城を離れ、散り散りになっております」
「そっ、そうか。よく残っていてくれた」
「勿体なきお言葉でございます。私も魔王様を起こすという役目を終えましたので、お暇させていただこうと思います。失礼致します」
そう言い残すと、背中から羽を伸ばし唯一残った補佐が飛び去って行った。
引き留めようかとしたが、目覚めたばかりの我の体は思い通りには動かず、棺桶から滑り落ちるだけだった。
仰向けになり、青く広がる空を見上げる。
「久しぶりの空は良いものだな」
こんな事は初めてだ。目覚めた後は、我が軍勢を再編し人間たちを襲い、悪名を高め最後には勇者に討伐される。それの繰り返しであった。
勇者を逆に殺したこともあったが、目覚めの時に戻されるだけで結局は我が討伐されるしか世界が進むことができないことは知っている。
何度目の頃からだろうか、勇者にわざと負けるようになったのは……。復活を繰り返し学んだ我の魔導は、すでにこの世界の枠からはずれている。
手加減どころか、我が力を付与せねば傷一つ付けられなくなった勇者の剣、少し叩いただけで砕け散る伝説の防具たち。
何故、我はこの世界に存在しているのであろうか。
殺されるためだけにいるのであれば、このような強さなどいらぬ。
何か意味があって我は、この世界にいると考えるべきなのか。
この自問も何度目だ。結局は勇者に殺される運命なのに。
空には何もないな、今の我と同じだ。
何物にも縛られず、ただそこにある。それが自由というものか。
――そうか、我も自由なのだな。
下僕もいない、城もない。ただ、勇者に殺される役目があるだけの魔王だ。
いや、魔王ですらないのかもしれない。
今までできなかったことをしてみる良い機会かもしれぬ。
魔王ではない生き方……か。
勇者に殺されるまでにできることを考えてみるとするか