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「…聞こえているだろう」

「……!」

「私は離せと言っている」

「……っ」


 突然、背後から男の声が聞こえたことに驚く間もなく、突き刺さるほどの鋭い殺気を背中に感じた。


 殺気を放っている男は、今にも攻撃魔法を放てるように右手に魔力を集中させ構えている。

 その溢れ出している魔力から、相手が何色の者なのかが嫌でもわかった。魔力というものは常に目に見えるものではないが、その力を感覚として認識することはできる。

 例えば、自分より上位の者の魔力には自然と体が畏縮し、逆に下位の者の魔力からはおおよその色の判断ができる。


 そしてこの男の場合、多くの者が思わず平伏してしまうほどの魔力の持ち主だということがわかる。白色〈バイミット〉の者なら、確実に失神しているほどの量を垂れ流している。


 つまり、突然現れたこの男が店主の言っていた黒色〈シュバートル〉なのだろう。階級を表すのと同じ黒色のローブ纏い、フードを目元まで深く被っているため、顔を確認することはできない。



「お、お客さんっ…!いきなりどうしたってんですか!?よくわからねぇが、どうか穏便にお願いします」


 カウンター越しにいる店主は慌てながらも、なんとか宥めようと必死に声を上げている。

 称号持ち、それも最高位の黒色〈シュバートル〉の者が、いきなりこのような行動を取ることが理解できず、この状況に誰もついていけていない。


 その殺気を向けられる張本人のウェルズは、明らかに上位の者だとわかる魔力の人物に驚き、そしてその魔力に当てられたのか呆然と固まっている。



「どうしてそんなに怒ってるのかわかりませんが、こいつが何かしたってんならちゃんと謝らせます。だからその物騒なものをブッ放すのだけはやめてくれませんかねぇ?」

「…それはあいつの行動次第だ。関係のない者は黙っていてもらおう」

「……っ」


 不意に自分にも殺気を向けられた店主は、それ以上何も言えなくなったようで、怯えたように身を引いた。



「…もう一度だけ言う。さっさとその方の手を離せ。さもなければ実力行使に出させてもらう」

「……っ」


 男の脅すような通告にやっと正気を取り戻したウェルズは、掴んでいた私の腕を離すと、その場からゆっくりと後退る。



 その様子を見ていた男は、彼が私から完全に離れたのを確認してから、集めていた魔力を消滅させ、そっと右手を下ろした。攻撃する意思のなくなった男を見て、店主も彼もほっと息をついたのがわかる。


 そんな状況の中で、私は平伏すこともなく、ただじっとその場に佇んでいた。畏怖し、敬うはずの黒色〈シュバートル〉の男を前にして。


 私が何の行動も起こさないでいると、男の方がゆっくりと近付いてくる。そして、私の目の前で立ち止まると、被っていたフードを取り、片膝を地面につけるようにして跪いた。それは忠誠を誓った者への敬礼を表すものであった。



「リーフェンヌ様」

「……」

「ずっとお探ししておりました。不本意ながら、こんなにも遅くなってしまいましたが、やっとお会いすることができました」


 そして、流れるような動作で私の手を取ると、ウェルズがしたように手の甲に口付けた。でもそれは、彼の軽い挨拶のようなものとは違い、儀式で行われるようなとても神聖なものだった。




「申し訳ありませんが、どなたかとお間違えでは…?」


 私は男からスッと手を引き、距離を取ろうとする。男は私のその行動を見越したように、引こうとした私の手を絡めとるように握った。



「私がリーフェンヌ様を見間違えるとお思いですか?」


 男はその見た目通りの物腰の柔らかい、とても優しい口調でありながら、そこには静かに私を呵責していることが窺えた。



「…私が生涯この身を捧げると誓った、リーフェンヌ様に間違いありません」

「……」


 私は男を見下ろし、男は私を見上げる格好で、しばらく目を合わせたままお互いに無言が続いた。


 私を見つめる男の瞳には、なんの戸惑いも躊躇もない。そんな澄んだ綺麗な瞳を見て、私は諦めに近い思いで溜め息をつくと、未だに跪く男を立ち上がらせるために手を引いた。



「…降参よ。さすがルイスね」


 逃れようがない状況と、逃さないように手を掴むルイスに観念して、私はそう言って苦笑した。すると、彼の険しかった顔は一気に満面の笑みに変わった。



「いつの間に魔力の気配の消し方なんて覚えたのかしら?完璧に消されてたお陰で、お店に入ってからも全く気付けなかったわ」

「2週間ほど前にできるようになったばかりですが、諦めずに習得した甲斐がありました」

「そのしぶとさは相変わらずのようね。あなたは才能もあるから、余計に質が悪いわ」

「いえ、才能なんて…。私はただリーフェンヌ様にお会いしたい一心で、習得しただけです」


 そう語るルイスの表情からは、私に会えたことへの嬉しさと、その中に隠し切れない悲しみが表れていた。その表情が私の胸を締め付ける。



「どれだけリーフェンヌ様を追い掛けても、辿り着いた先にその姿はありませんでした。いつもその繰り返しで、頭がおかしくなりそうでした」


 私はルイスの魔力の気配を感じると、すぐにその場を離れるようにしていた。いくら私が周りにバレないように魔力を封じ込んでいても、とても優秀なルイスは着実に私のいる場所に近付いてくる。


 追い付かれる前に逃げなければいけないと思いながらも、まだ追い掛けてくれることに安堵してしまっていたことも事実だ。



「…その場所でリーフェンヌ様の転移魔力の僅かな気配を感じる度、強い落胆とリーフェンヌ様がいたという確かな事実に胸が騒ぎました」

「ルイス…」


 彼が私を探してくれている、その必死な姿が目に浮かび、罪悪感が沸いてくる。



「このまま魔力の気配を消すことができなくては、リーフェンヌ様と永遠にお会いできないことを思い知りました」


 そんなことのためだけに、たいして役に立たないような術を身に付けるなんて。魔力は自分の力を誇示するものであり、それをわざわざ隠す必要はない。なのに本当に無駄なことに、大切な時間を使って…。



「ご無事でなによりです」

「当然でしょ?私はそんな柔じゃないわよ」


 私があの場所から、ルイスの傍から逃げたした理由を、彼は知っているのだろうか。強い力を持ちながら弱い心を持つ私に、彼は呆れはしなかったのだろうか。

 きっと賢いルイスのことだ。何もかも理解した上で、黒色〈シュバートル〉としての責任感で探してくれていただけなのだろう。


 けれどもし、そんな責任感からではなく、ただ私を求めてくれていたのだとしたら、きっとそれはとても幸せなことだろう。



「…ローシェンもリカルドもティーアも、リーフェンヌ様の帰りを待っています」


 ルイスは笑顔を崩すことなく、どこか不安そうな顔の私を安心させるように優しく言った。



「…やっとお迎えに上がることができました。さあ、帰りましょう、リーフェンヌ様」

「……」


 差し出されるこの手を取ったら、また居心地のいいあの場所で彼と一緒に過ごすことができる。


 けれど、あそこは称号持ちである権力者が集まる場所だからこそ、悪意に満ちたところでもある。私が彼の傍にいては、それはもっと酷いものになり、この優しい彼が傷付かないはずがない。

 そんなことは、私が彼に特別な術を施した時に嫌というほど思い知った。私がいない方が、きっと彼はあの場所で生きやすいはずだ。





「リーフェ…帰るって…」


 今まで黙っていたウェルズが、不意に動揺したように声を掛けてきた。



「いや、それより一体……」

「…リーフェンヌ様に気安く声を掛けるな。この方を誰だと思っている」


 私が反応するよりも早く、ルイスが彼を責め立てる。



「本来ならお前のような紫色〈ビオレーム〉が、その存在を知ることすらできない尊い色持ちの方だ」

「存在を知らねぇ色って…」


 彼はルイスの言葉の意味がわからず、首を捻りながら呟く。そんな彼を見兼ねたようにルイスが説明をする。




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