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「おい、あれ……」

 ビーチで有名な観光地にも、小さな港がある。港の近くには倉庫街があり、そこへ通じる道は一本しかなかった。その道へ一台の黒塗りの車が入って行くのを見て、クリフォードは車を停める。隣に声を掛けると、助手席でアーシュレイもそちらを見ていた。

「変ですよね」

 倉庫に向かう車は大抵はトラックか業務用自動車で、あんな高級そうな車が入って行くのを見たことはない。しかも、窓にはいかにも疑ってくださいとばかりの黒いフィルムが貼られ、中が窺えないようになっている。

「尾行てみるか」

 言いながら、その交差点を同じ方向に曲がると、アーシュレイが、はい、と答えて言った。

「あの奥には、先日クレイが殺された現場もあります」

「え……」

 そう言えば、クレイは倉庫内で撃たれたとクラウンも言っていた。

「いったい何のヤマだったんだ?」

 角を曲がった先は海で、道の左側には大きな倉庫が建ち並び、右手は船の積み降ろしの為の波止場となっている。あまり使われてはいないのか、作業員の姿は無い。先程の黒塗りの車を探して用心深く徐行しながら尋ねると、アーシュレイが少し考えてから答えた。

「追い掛けていたのは人身売買の案件でした。行方不明になっていたのは十五歳の少女で、あの奥の倉庫に監禁されていたところを管理会社の人に発見されて、パトロール中だった僕とクレイが駆け付けたんです」

 犯人がいないのを確認して倉庫内に入ったアーシュレイは少女を保護。しかし、天窓近くにある作業用の足場に隠れていた犯人に狙撃され、アーシュレイが少女を庇って荷物の陰に隠れたところへ、外で見張りをしていたクレイが飛び込んで来たらしい。クレイは入口を入ってすぐのところで撃たれ、アーシュレイは犯人の視線が逸れた一瞬の隙を突いて犯人を撃ち落した。

「残念ながら犯人が死んでしまったので後ろにいる組織を引きずり出すことは出来ませんでしたが、もしかしたら大きな組織が関係していたかもしれません」

「その組織が同じ現場を使うなんてこと、あるかな」

 普通であれば、一度足の付いた場所に現れることなどあり得ない。そう言うと、アーシュレイが少し考えてから言う。

「あれから一週間です。キープアウトも解かれましたし、もしあそこに彼らにとって大事な『何か』があったとしたら、組織の人間が回収しに来る可能性はあると思います」

「何か……か」

 クリフォードはアーシュレイの仮説に小声で呟きながら考える。確かに、もしその人身売買をしていた組織が別の犯罪にも関わっていたのだとしたら、あの倉庫内に何かを保管していた可能性は十分にあった。

 その時、少し奥まった倉庫の前に先程の車が停まっているのを見つけて、クリフォードはその手前の倉庫の陰に車を停める。

「いたぞ。あの倉庫か?」

 その倉庫が先日の現場かどうかを尋ねると、アーシュレイがコクリと頷いた。どうやら本当にあそこに何かが隠されていたらしい。

「どうする」

 チラとしか見えなかったが、乗っていたのは運転席と助手席だけで、後部座席に人影は無かったような気がする。尋ねると、アーシュレイは、そうですね、と答えて言った。

「無駄かもしれませんが、まずは署に連絡してナンバーを照会して貰いましょう。もしかしたら本当に仕事で来た車かもしれませんしね」

「だが、犯人の一味だった場合、みすみす目的のものをくれてやることになるが、いいのか」

 尋ねると、アーシュレイがクリフォードを見てにっこり微笑む。

「何を隠していたのかは知りませんが、向こうが見つけてくれれば探す手間が省けていいじゃありませんか」

 アーシュレイの呑気な言葉に、クリフォードは思わず呆気に捕られる。しかしすぐに気を取り直すと、無線機のスイッチを入れた。

『こちら、パームシティ署』

 すぐにハキハキした女性の声が聞こえ、クリフォードは名前を名乗る。

「これから言うナンバーを照会して欲しい。番号は……」

 ハンドマイクを口元に当てて前方に見える車のナンバーを読み上げようとしたクリフォードは、しかし、不意にすぐ脇を白い業務用自動車が通り過ぎたのに気付いてハッとして視線を向けた。

「アッシュ!」

 その車体の横腹に倉庫の管理会社の社名が書かれているのを見て、クリフォードは慌てて叫ぶ。アーシュレイはほぼ同時に飛び出すと、その車を追い掛けた。

「先週の事件現場の倉庫に不審車一台! 近くに誰かいたら応援を頼む!」

 車両ナンバーを告げたクリフォードは、了解の返事を聞くのももどかしく通信を切って飛び出す。しかし、犯人に気付かれぬようにと少し離れた場所に車を止めたのが災いして、その管理会社の社員は追い掛けるアーシュレイには全く気付かずに車を倉庫前に停めると、従業員用の出入り口から中へと入ってしまった。その後をアーシュレイが追い掛けてドアノブを掴む。

「あッ……!」

 止める間もあらばこそ。次の瞬間、ドアの閉まる『バタン』という音と『パン!』という一発の銃声が同時に倉庫内から聞こえて来てクリフォードは青褪めた。

「アッシュ!」

 夢中でドアに駆け寄り、ノブを掴んで引き開ける。

「警察だ!」

 ドアの陰に身を隠して中に向かって警告すると、途端にパンパンパンと再び銃声が響いた。

「来るな! 入って来たら撃つぞ!」

 男の声がクリフォードに向かって恫喝し、別の男の声が、そいつらがどうなってもいいのかと続く。クリフォードはその声から二人のいる場所を確認すると、戸口からそっと中を覗き込んだ。

「アッシュ!」

 天窓がいくつかあるだけの倉庫内はかなり薄暗かったが、入り口から三メートルほどの場所に積み上げられた木箱の陰にアーシュレイが倒れているのを見つける。すると、アーシュレイの傍にしゃがみ込んでいた管理会社の男が振り向き、大変だッ、と叫んだ。

「頭を撃たれたみたいで、血が……!」

 その焦ったような声音に、クリフォードの顔からスウッと血の気が引く。

「息は……!」

 思わず尋ねると、男とは別の声が、平気だよ、と答えた。

「ちょっと掠めただけだ。死んじゃあいない」

「クラウンッ?」

 聞き覚えのある声に、クリフォードは思わず瞠目して尋ねる。

「どうして……!」

「アーシュレイが気絶した拍子に出て来ちゃったみたいだね」

 クラウンはサパサパした声音で答えると、何だってこんな面倒な時に、とブツブツ言いながら起き上がった。

「だ、大丈夫なんですか? 怪我は……!」

 男の心配そうな声音に、クラウンが、心配ない、と返す。そして、改めて辺りを見回すと、ここは、と呟いて言葉を切った。

「ここは……倉庫?」

 戸惑うようなその声音に、クリフォードはハッと息を呑む。クラウンはグルリと辺りを見回すと、震える声で呟いた。

「ここは……クレイの……」

「クラウン!」

 クリフォードはわざと叱咤するように名を呼び、意識をこちらに向けさせようとする。しかし、クラウンは見開いていた目をスゥと細めると、低く尋ねた。

「あいつらがクレイを殺ったの……?」

 その冷たい声音に、クリフォードは、いや、と答える。

「クレイを殺した犯人は、直後にアーシュレイが射殺した。あいつらは多分、同じ組織の一味だ」

「アーシュレイが……?」

 クリフォードの言葉に、クラウンが半信半疑でこちらを見る。その表情から察するに、やはりクラウンはクレイが撃たれた瞬間しか見ていないようだった。

 パン、パンパンパン!

 犯人たちが再び数発威嚇して来て、クリフォードの隠れているドアが鋭い金属音をたてる。クリフォードは、そうだ、と答えると、自分もドアの陰から数発応戦しながら言った。

「撃たれた後もクレイは意識があったらしい。お前の名前を呼んでいたそうだ」

「クレイが……ボクを?」

 クラウンの表情は、しかしまだ半信半疑だ。クリフォードは再び、そうだ、と答える。

「アーシュレイからの伝言だ。その時の記憶をもう一度見て欲しいと。辛いかもしれないが、相棒の最期の言葉だ。聞いてやれ、クラウン」

「クレイの……最期の……」

 クラウンの瞳が戸惑うように大きく揺れる。だが、今は一般人の救出が先だった。

「3つ数えたら援護射撃するから、その男を逃がせ、クラウン」

 クリフォードはそう指示すると、弾倉に銃弾を装填しながらカウントする。

「イチ!」

「ちょ……!」

 途端にクラウンが、慌てたように胸のホルスターから銃を引き抜く。

「ニイ!」

「ちょっと待って、クリフォード! ボクは……!」

「サン!」

 クラウンが銃を構えたのを確認してから戸口から手を出し、パンパンパンと数発撃つ。犯人たちはつられたようにパンパンパンと撃ち返すと、再び積荷の陰に隠れた。クリフォードは追い討ちのようにパンパンパンと銃弾を打ち込みながら、二人に叫ぶ。

「来い!」

 その声を合図に、威嚇射撃の音に首をすくめながら男が飛び出して来る。しかし、続けて出て来る筈のクラウンは何故か出て来なかった。

「ッ?」

 どうしたのかと視線を向けたクリフォードは、木箱の横で銃を構えたまま放心したように立ち尽しているクラウンを見て慌てる。考えるより先に再び犯人たちに向かって威嚇射撃すると、戸口から飛び込んでクラウンに飛び付いた。

「クラウン!」

 パン、パンパンパン!

 再び犯人たちが撃ち返して来て、間一髪でクラウンの体を木箱の陰に引っ張り込んだクリフォードは、どこも撃たれていないかを確認する。

「大丈夫か、クラウン!」

 どうしたのかと思い、肩を揺すると、放心状態だったクラウンがようやく視線を上げた。

「あ……」

 次の瞬間、その瞳が子どものように怯えたのを見て、クリフォードはハッと気付く。

「そうか……!」

 同じ体を共有していても、アーシュレイは警察官だがクラウンは一般人だ。銃の訓練を受けたこともなければ、実際に撃ったこともなかったに違いない。その証拠に、クラウンが両手で節が白くなるほど硬く握り締めている銃は、まだセーフティが解除されていなかった。

「怖い思いをさせてすまなかった……」

 クリフォードは細い肩を抱き寄せて謝ると、滑らかな頬を両手で挟んでその瞳を覗き込む。

「『そこ』にアーシュレイはいるか、クラウン」

 クリフォードの問い掛けに、クラウンが瞳を揺らして答える。

「いる……と思う」

 クリフォードはその言葉に小さく頷くと、クラウンの黒い瞳に向かって呼び掛けた。

「アッシュ……戻って来い、アッシュ……『アーシュレイ』」

 その瞬間、深い闇色の瞳の中心にポッと白い点が浮かぶ。その白い点は、まるでコーヒーに落とした一滴のミルクのように一瞬で拡散すると、眼球の表面いっぱいに広がってスゥと消えた。代わりにパァッと霧が晴れ渡るようにして浮かんだのは、はっきりとした意思の煌めきで、その瞳を食い入るように見詰めていたクリフォードは問う。

「アーシュレイか?」

「クリフォードさん……?」

 アーシュレイがゆっくりと一つだけ瞬きして、クリフォードの名を呼ぶ。クリフォードは思わずホッとして笑むと、華奢なその体をギュッと抱き締めた。

「アッシュ……!」

「ク、クリフォードさん?」

 いきなり抱き締められたアーシュレイが、狼狽えたように真っ赤になる。しかし、自分も躊躇いがちに腕を伸ばすと、クリフォードの背をそっと抱き締め返した。

「じょ、状況を……」

 戸惑いながらも説明を求めるアーシュレイに、クリフォードは体を離しながら犯人たちの方を見る。

「管理会社の男は逃がした。後は奴らを捕まえて、何を探しに来たのかを吐かせるだけだ」

「わかりました」

 クリフォードの説明に、アーシュレイが表情を引き締めてコクリと頷く。そして、手の中の銃に気付くと、慣れた仕草でセーフティを外した。クリフォードはその姿に再び安堵の笑みを浮かべると、自分も銃を構えて犯人たちに向き直る。その時、フォンフォンフォンとサイレンの音がして、複数のパトカーが近付いて来るのが聞こえた。

「応援だ」

 すぐに幾つものブレーキ音と車のドアを閉める音が聞こえ、アーシュレイの名を呼ぶ声がその後に続く。同僚たちの心配そうな声音に笑いながら視線を向けると、アーシュレイが不満そうに唇を尖らせた。

「みんなは過保護なんです」

「愛されてる証拠だろ」

 拗ねたような声音に笑いながら返すと、アーシュレイが赤い顔を少しだけ俯けて、はい、と答えて微笑む。クリフォードは目元を和らげると、手を伸ばしてアーシュレイの柔らかな髪をクシャクシャと撫でた。


 その後、たくさんの警官たちに包囲された犯人たちはあっさりと銃を捨て、倉庫内からは大量の麻薬が発見されて事件は解決した。

「それにしても、無事で良かったですね」

 銃を使用したのでひとまず署に戻る為に車に乗り込むと、同じように助手席に乗り込んだアーシュレイがホッとしたように言う。

「まったくだ」

 クリフォードは答えると、ゆっくりと車を発進させた。

「お前が倒れているのを見た時には本気で慌てたぞ」

 おまけにお前じゃなくてクラウンになってるし、と言うと、アーシュレイも、僕も慌てました、と答えて言う。

「管理会社の人を積荷の陰に隠した途端に、後ろでクリフォードさんの声がして……もしここでクリフォードさんまで失ってしまったらと考えた途端に、何もわからなくなってしまったんです……」

 どうやらクレイの時のことを思い出したらしいアーシュレイが、そう言ってブルリと肩を震わせる。では、そこでクラウンと意識が入れ替わったのであろう。

「お陰で俺は死に掛けたぞ。一応お前は銃の訓練を受けた警官だが、クラウンは一般人だということを忘れててな」

 いや、本当に危なかったのはアーシュレイの方だ。もし犯人たちが撃ち返してきていたら命は無かったかもしれない。

「『一応』?」

 すると、クリフォードの言葉に、アーシュレイが心外そうに眉を跳ね上げる。

「これでも僕は、射撃大会ではいつも上位に入ってるんですからね?」

 中央本部では年に一度、全国のポリス署から代表を募って射撃大会を行っている。その大会で上位に入ることは最高の名誉であると共に、ポリス署にとっては様々な優遇を受けられることから、ボーナスアップにも繋がっていた。

「マジでか……!」

 ちょっとびっくりして問うと、アーシュレイが得意そうに胸を反らして笑う。

「今度挑戦してみますか? 絶対に負けませんよ」

 子どものような口振りに思わず吹き出しそうになったクリフォードは、しかしすぐに思い出す。アーシュレイはあの薄暗い倉庫の中で、クレイが飛び込んで来た一瞬の隙を突いて犯人を仕留めたのだ。それは、アーシュレイもまた、人並み外れた視力と聴力を持ち合わせているという証拠でもあった。

「わかったから、とにかくもうあまり無茶はしないでくれ」

 車は広い海岸通りを、青い海を左手に見ながらのんびり進む。ハンドルを握りながら苦笑混じりに言うと、アーシュレイが、情けないなあ、と言って不満そうに唇を尖らせた。

「僕はいつも守られてばかりいる」

 そして、そう言うと、窓の外に視線を向けて小さく息を吸う。

「死なないでくださいね、クリフォードさん……」

 その小さな呟きに、クリフォードは思わず視線を向ける。

「あなたは僕に、ありのままの自分でいていいのだと教えてくれた人だから……」

 『お前はお前にしか出来ないことをすればいい』

 それは、アーシュレイに初めて会った日にクリフォードが言った言葉だった。

「だから、絶対に死なないでください……」

 囁くような声音に、クリフォードは苦笑交じりに溜息をつく。そして、前方に視線を戻すと、もちろんだ、と答えて言った。

「それが俺の最重要任務だからな」

 アーシュレイを守ること、そして、絶対に死なないこと。その二つが、ここへ赴任して来た日にレイノルズから命じられた最も重要な任務だった。手を伸ばして形の良い頭をクシャリと撫でると、アーシュレイが嬉しそうにフワリと微笑む。そして、コクリと小さく頷くと、クリフォードの手を掴んで、その甲にスリと頬をすり寄せた。

 猫のようなその可愛い仕草に、クリフォードは思わず笑みをもらす。全く性格は違うのに、時々こうして不意に似たような面を見せる。人懐こい子猫のようなアーシュレイと、気紛れで気の強い野良猫のようなクラウン。自分はどちらの猫が好きなのだろうかと自問しながら、クリフォードはハンドル片手に甘く微笑んだ。

「腹が減ったな。ミセス・ジェシカの店にでも寄ってくか」

 もう少しだけこのドライブを終わらせたくなくて言うと、アーシュレイがパッと笑顔になって、賛成! と声を上げる。しかしすぐに、あッ、と言うと、クリフォードの顔を覗き込んだ。

「でも、またジェシカさんに婿に来いって言われても、今度はちゃんと断ってくださいね?」

 心配そうなその言葉に、そう言えば先日ジェシカにそんな冗談を言われたことを思い出す。ついでにアーシュレイにツンと袖を引かれたことも思い出し、クリフォードは思わず笑った。

「もちろんだ」

 クリフォードは再び手を伸ばすと、アーシュレイの柔らかな髪をクシャリと撫でる。アーシュレイはその言葉に少しだけ頬を赤らめると、蕩けそうな顔でにっこり微笑んだ。


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