ムサカリ
「イタコとオシラサマ」加藤敬さまの本がありますが、これを読んでインスピレーション受けました。「ムサカリ」そのものは実際にあります。興味のある人は検索してみてください。サイトによっては絵馬や人形の写真も掲載されています。
「ごめんね。どうも道に迷ったみたいだ」
「もう、しょうがないわねえ」
そう言うと助手席で彼女は微笑んだ。この笑顔に一目惚れだった。
快活で明るい性格の彼女をなんとか口説き落とした。交際の後、結婚を前にして「独身最後の旅行」なんて言い訳をつくって二人で遠出した。
行き当たりばったりを「ほぼ、予定どおり」なんて言いながら、気まぐれに楽しく走っていた。だけど、とうとう悪運も尽きたらしく、初めての土地でとある集落の中で迷い込んでいた。
「誰に聞くと言っても、どなたもいないみたいですよー」
彼女のふざけた口調がまだ余裕を感じさせてくれた。車を徐行させて、集落の中の田舎道をゆっくり走る。後ろから迫ってくる車もなく、自由に走ることができた。
周りは古びた家屋が建ち並んでいるものの、誰もみかけない。野良仕事の作業だとかひなたぼっこなんてしていそうな雰囲気はあるのに、みな家に入っているのだろうか。人影がない。
ゆっくりと、それこそ歩くような速度で車を動かした。戻れば元の道に戻ることはわかっているものの、なんだかそれももったいないような感じがして、とりあえず前に進んだ。
「あ?」
「なに?」
「その先、誰か歩いてた」
彼女の指さす方に交差点を曲がった。曲がった先も細い路地。ただ、家が途切れて、ススキだらけの野っ原になった。所々に枝だけになった木が立ち尽くし、廃屋が佇む晩秋の寒々しい風景。
「誰も見えないけどなあ」
そう言いながら車を進めると、廃屋の影にお寺のような建物があった。そこに車を横付けにする。少し道をふさぐけど、さっきから車の一台も見ていないような状態だ。まず、文句を言われるようなことはないだろう。
「お寺。でも誰もいないみたい」
彼女も車を降りると、風になびく髪をなでつけながら呟いた。まるで大きな声で静寂を壊すのが禁忌であるかのように。お寺の屋根の古びた瓦の上には茶色い草が乗っていた。柱も茶色く朽ち果てる直前のようだ。
「地震でも来たら、すぐにぺちゃんこだよな」
お寺の建物を見つめていると、彼女が声をかけてきた。
「ね、これ、なんだろう?」
呼ばれるままに行ってみると、小さなお堂のようだった。格子戸の間から中をのぞき込んでいる彼女。横に並んで奥を見つめる。
「……人形?」
「うん。ガラスケースが反射して分かりにくいけど……花嫁さん?」
彼女の言うように、中にあるのはケースに入った人形。それも一つや二つじゃなかった。小さなお堂一杯に、それこそ細い通路以外は人形達が詰め込まれているようだった。
「いったい、いくつあるんだろう?」
「それよりも、ほら、衣装を見てよ。打掛や白無垢が多いけど、ウエディングドレスもあるみたい。やっぱり花嫁衣装の人形よ。これ」
「でも、どうしてこんなところにそんなものが……」
そう言いながら、格子戸に触ると少し軋みながら、簡単に開いた。彼女と顔を見合わせる。
「田舎だから不用心なのね。鍵もかけてないなんて」
「滅多によそ者が来る所じゃないし、来たらすぐに分かるから防犯なんて考えなくていいところなんだよ」
そう言いながらお堂の中に入り込んだ。彼女も後をついてくる。
外から見たとおり、中は人形達で一杯だった。床の上から天井まで隙間なく並んでいる。花嫁人形ばかり目がいっていたけど、よく見ればペアの人形ばかりだ。打掛、白無垢と紋付き羽織袴。名前の入っているもの、日付のあるもの。洋装もある。
人形ばかりではなかった。天井近くには絵馬が飾ってある。これもペアを描いたものや婚礼の様子を描いたものがあった。中にはいかにも素人作品のようなものまで。
「ふうん、戦前のものもある。終戦後が多いみたいだな」
「最近のは少ないみたいだけど、どうしてこんな人形があるのかしら……」
そう彼女が言ったときだった。背後からかすれた声が聞こえてきた。
「ムサカリつうだ」
悲鳴を上げて、服にしがみついてくる彼女。その彼女を抱くようにして、振り返った。お堂の入り口には背中の曲がった老婆が立っていた。
「だ、誰だ!」
「すみね。驚がす気さねがったんじゃがの」
老婆はそぼそぼそとした小さな声で謝る。
(いや、了解も得ないでここに無断で入ったのはこっちだ)
そう思うと後ろめたさが顔を出す。彼女もそれに気がついたらしい。そのことを詫びながら、老婆の言葉を繰り返した。
「ムサカリ……っていうんですか」
「んだ。昔ぁこん寺な奉納すてく人が多くてさ、こったらなったん聞いてら」
花嫁人形を奉納する――どういう謂れがあるんだろう。そんな顔を見て、老婆がポツリと話し始めた。
「こん村も過疎だつきゃ、いづのこめに檀家も住職もいなぐなって、なんの縁さで私が手入ればすることになったんずや。それだばってら、全部ば知ってらわけでねよだけど。やれ」
老婆は戸口から中にゆっくりと入ってくると小箱に腰を下ろした。つられて腰を下ろす。
「おめんども適当に座りなさいんずや。ああ、ムサカリさ不思議つうことやったの」
老婆が顔を上げる。その先、人形達が見下ろしているようだ。
「ムサカリつうのは、結婚でぎねで亡くなってあいったん人ばかわいそうだつうので、こんにあの世で結婚さする習慣だ」
なにかが頭の中で反響した。
「冥婚!」
不幸にも幼くして亡くなったり、長じても結婚前に死んでしまうことが当然ある。肉親や関係者は「もしあの子が生きていれば、そろそろ結婚の時期……」。しかし亡くなってしまったからには結婚式なぞあげることもない。兄弟姉妹の結婚を見れば、亡くなった子、人への思いがさらにこみあげ、そしてあの世で結婚を遂げさせてあげようというのが、冥婚といわれるものだ。言ってしまえば、生者と死者に分かれた異性が行う結婚。
人間の女性に見立てた花嫁人形を遺体と共に柩に納める場合もあれば、そのような花嫁人形のほかに結婚式を描いた絵を奉納するものもあると聞いたことがあった。ここはまさしく、その奉納の場所に違いなかった。
「で、でも、そんなのは、もう、昔の風習なんですよね」
彼女がちょっと震える声でささやいた。
「んでね、そったらこつねえじゃ。こないだ聞けた話だばって……」
老婆の小さな声に引き込まれるような気がした。
双子の姉と妹がいたそうだ。大変な仲良しで、いつも一緒の二人だった。成長するに従い、まじめな姉、活発な妹と性格は微妙に分かれてはきたようだったけど、好きなものも嫌いなものも同じという二人だった。
年頃になって妹には婚約者ができたそうだ。幸せそうな妹を見て微笑んでいた姉だったのだが、その心中は複雑だったろうと皆は噂した。なぜなら、その男は姉妹ともに付き合っておって、いったいどちらを選ぶのだろうと噂していたからだ。結局男は妹を選択した。しかし姉は自分の想いを出すことはなく、ただ二人を祝福していたそうだ。
だが好事魔多し、どこに間違いがあったのか、誰にもわからない。式の直前に妹は事故死してしまったというのだ。
話に聞き入っていた彼女が小さな悲鳴を上げた。
「なんて、不幸な……」
彼女の声に老婆はうなずく。
「んだ。だばって、姉こにや都合よしでもあったんず。双子の姉妹。器量も同じだ、男が姉こさ選んどごでもなんもおがしねげだ」
「まさか、姉が妹を殺したとか……」
老婆は首を振った。
「葬式のときさ姉この悲しみばそれこそ、自分が死んだほうがましつうものだんずや。口さがなえ連中は姉が妹を虐めたなんて噂しよったが、姉こは否定しおったよ。そったらことできるはずがねえげ。それは事実だんずやらしいけど。したばって、姉こも婚約者も迷るさやったんや。妹の替りさなるにい確かだんずや」
老婆の言葉に彼女が少し震えたような気がした。
「ばって、姉こさその道ば選ばんかったんじゃ。妹の不幸ば己の幸福さするのは許へねかったんかもしれね。んでね、姉こさ本当の心中ば誰にもわからね。姉こば妹の婚約者ととうとう一緒さならねかったべ」
少し疲れたという感じで老婆は息を整えた。
「わんつかの間して、男の方ば「ムサカリ」さ話出んず。結婚もへね妹さ供養してばおぼるありがたい話だんず。だばって、その話さ聞いたば、姉ん心さ何ばはじけとんのか誰にも分がね。何者ばその心んささやきかけたかば姉こ自身ばわがってねんだ。
なしてが、ムサカリば絵馬ん婚約者ん名前ば書き込ませただば、誰にも分がね」
「そんこつさ何ば意味かわがりか?」
老婆の問いに婚約者は首を振った。でも服を掴む細い指が震えている。
「年寄りさ世迷い言ばと笑ってしてけろ。無知で迷信深い田舎者さ戯れ言だんず。ムサカリば死者ん慰めさ。そったら絵馬に生者ん名前ば書けば、生者んとこお迎えば来てまうってすんず。迷信さ、世迷い事だ。だばって、田舎者ばそれさ全てなのかもしれね。馬鹿な事ってら馬鹿な事ず。ばってムサカリそのものさ馬鹿な事ばあるべ」
老婆の独り言のような話が続く。
「妹さ大切な思いにば最後まで添え遂げてへけろいう姉こさ思いべんたら。大切さば人形や絵馬だばって、死者さ想いそのものだんずと。あの男だけさこの世の幸せばもうるば、卑怯っと叫びだんずやかもしれね。誰にも分がね。誰にも。
そったな絵馬ば人の目に触れとっと、大変おごった。親族ばみな怒り、姉さ責めだ。その男ば怒りおこねておののき、家ば閉じこもだ。いっつにが消息ば消え、さずどっくつう噂ばたつんず。田舎者ばほんまにお迎えさ来たばと噂ばし合ったもんだんず」
老婆の口が閉じた。重い静寂を壊すかようになんとか声を出す。
「そ、その、姉はどうなったのですか」
「知らね。実家さこもっておっただきゃ、その後などすてらばだびょ。己の行いば悔いてらか、満足しておったのか。人の口さのぼらんようなって、やがてその家さ誰もおらんようさなっただ」
誰も口を開かなかった。静かになると風が外で小さな音を立てている。いつの間にか薄暗くなったお堂、夕闇が迫っているのがわかった。寒くなってきたせいか、震えが大きくなっている彼女の肩を抱くようにして立ち上がる。
「長話ば過ぎたようだ。勘弁してけろ。めたねに人と話へねので」
「いえ。面白いお話し、ありがとうございました。失礼します」
「ああ、そんだ。夕方さ黄昏時と言いだよ。誰とも分からね誰そ彼時。魔と会う逢魔時だば。気ばつけへ。ここば出たらまっすぐ帰る事だ。振り返りさねんで。もし振り返れば、」
「振り返れば?」
「見んでよかものば見た代償ば自身で感じることさなるがもしれね」
その盲いたような、どんよりとした瞳に寒気を感じた。
怖さが身にしみる。婚約者の手を取って立ち上がると早足でお堂を出た。
「あのおばあさん……」
「なに?」
「もしかすると、さっきの話のお姉さんなんじゃ――」
そう言うと、彼女が後ろを気にかけた。
「ダメだよ! 振り向いちゃいけない!」
急いで車に乗り込み、寺を離れた。それでも後方からあの人形達がこちらをじっと見ているような、そんな気がする。
「怖い話だったけど、おばあさんが言っていたとおり、迷信だよ。あんなの」
「うん……。あたしもそう思うけど、でも――」
「でも、なに?」
「あれ、知らなかった? あたしも……双子の妹なんだけど、な……」
こっちを向いた彼女の顔が、夕日に僅かに照らされて、陰影が深くなっていた。その赤い唇が、少しだけ歪んだような気がした。
えー、お読みいただき有難うございます。
そこまでは第三者的怖さを感じていた主人公が、最後に自分に降りかかってくるかもしれないという当事者的恐怖に変わる、そこを狙ったのですが、うまくかけてますでしょうか。
とはいえ、東北弁。きつかったです。全然関係ない地方の人なので、ネットで調べて翻訳していきましたが、どうでしょうか。当該地方の方が読めば、噴飯ものかと思いますが、ビシビシご指摘ください。直しますんで。
助言いただきましたT様。感謝申し上げます。
書いたどー!(笑
では。




