火、儚げ
八月十日、スカイプで通話をしていたところ、短時間で小説を書こうという流れになりました。
・三十分以内に書くこと
・火、儚げ、鬼、幻想のキーワードのうち、二つ以上盛り込むこと
という条件でしたが、制限時間は十五分ほど破りました。遅筆です。
クーラーの風に当たっていると、元気な鉄砲玉が家に飛び込んできた。
真夏の日差しに当てられて、その肌は真っ黒だ。ついでに虫刺されやかき傷で足はかさぶただらけなのだが、当の本人はまったくお構いなしに虫取り網を得意げに掲げている。
「お父さん、これ見て。トンボ捕まえたよ」
しゃがみこんで子供の小さな手を覗き込むと、くしゃくしゃになった昆虫と目があった。
若干ひしゃげているが、羽は四枚。細い胴体はわずかに上下しており、まだ生きているようだと少し安心した。
「これはトンボじゃないね。カゲロウだ」
「え、かげろう?」
息子は全く意味が分かってない様子でつぶやいた。その口調から、聞いたことが無いのだろうと予想する。
「この虫をどこかで見たことはあるか?」
「うん。この前のね、キャンプファイヤーの時。祐ちゃんの肩に止まってて大騒ぎだったよ」
「そうか。火の明るさにつられてきたんだろう。たくさんの虫が明るいところに集まってくるからね」
「お父さん、これどんな虫?」
用意していた緑色の虫かごに、無造作に放り込みながら息子は問いかける。ぐったりとした様子でまったく逃げようとしないカゲロウを見つめながら、どうにかしてこの虫を救えないかと頭をめぐらせた。
「カゲロウはね、大人になったら本当に少しの間しか生きられない虫なんだ。こいつの口には穴が無いだから、ほんの二、三週間しか生きられないんだよ。そのほんの短い時間で、メスを見つけて交尾をするんだ。メスもメスで、子供を産んだら死んでしまうんだよ。だから、カブトムシなんかと違ってうちでは飼えないよ」
プラスチックで出来た編みかごは、通気性はいいが見通しは悪い。ほとんど目をくっつけるようにして凝視していた息子は、自分で質問してきたくせにフーンとやる気のない返事しかしない。
「ねえ、これは幼虫のときはどんな格好をしてたの? やっぱりイモムシみたいな形かなあ」
「いや、カゲロウはアリジコクだね」
「アリジコク? 砂に穴を掘ってアリとか食べるやつだよね。祐ちゃんちの庭にたくさん居たよ」
「そう、それだ。子供の頃は元気なんだけどなあ。大人になる頃は、もう死ぬ寸前だな。もっと詳しく知りたかったら、図鑑を持ってきなさい。この前買っただろう」
はあい、と大きな返事と共に、息子はばたばたと子供部屋に駆けていった。その小さな背中を見送ってから、緑の箱に目をやる。
なんと儚い虫だろうか。子供の時は力強く他の昆虫を捕食していても、成虫は食事すらできない。メスの腹を割いてみたら、びっしりと卵が詰まっているのだろう。未来へ全てを託せればいい。その短い命はなんとも儚げで、だからこそ魅力的なのだろう。
「お父さん! お父さん!」
物思いにふけっていると、家の中なのに無意味に大きな声を出しながら息子が駆け戻ってきた。その手には子供用の文字が大きな図鑑が握られている。
目の前まで来ると、得意げな顔をしてばっとあるページを指差してみせた。
「お父さん、間違ってるよ。アリジコクの成虫なら、もっと生きるって書いてあるよ」
「……え?」
ほらここ、と小さな指の指し示す先を見ると、たしかにそのような記述があった。
『カゲロウは命が短い虫として有名ですが、アリジコクの成虫は二、三ヶ月は生きています。幼虫時代が二年ほどあることを考えると、長寿な虫ですらあります』
「お父さんよりも僕の方が物知りだったね!」
えっへん、と胸を張る息子から、苦笑いをして視線をそらした。
とりあえず、しみじみとかみ締めた虚しさは、もう感じなくなっていた。