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日常生活の次に 1

「ゆりお姉ちゃん!」

 あと数か月で4歳になる向日葵ひまわりが、その姉にあたる百合ゆりに向かって体当たりで抱きついた。

 一回り以上の年の差があるとはいえ、子供一人分の体重は馬鹿には出来ない。

椎名しいなさん」

 向日葵をおろして靴を履かせているとエプロンをつけた若い女の保育士が声をかけてきた。

 向日葵のクラスの担当の先生だ。

「来週の水曜日は遠足ですのでお弁当を忘れないように妹さんに持たせてください」

 桃色の頬は天然ではなくチークだろう。

 化粧っ気のない百合でもそれくらいは分かった。

 笑顔とともに渡されたプリントを受け取る。不意に目に入ったの指は爪の先まできれいに磨いてあって思わず目をそらす。

「じゃーまたね!ミカ先生!」

「また明日ね、向日葵ちゃん」

 ゆるゆるに巻かれた栗色の髪をなびかせながらミカ先生は手を振った。

 百合は自分の長い黒髪を軽くすくとため息をついた。

 16歳、現役高校生でオシャレに興味がないと言ったら嘘になる。

 けれど仕方ない。オシャレは――――お金がかかるのだ。

「百合おねーちゃん!」

「はいはい」

 百合はさかむけてボロボロになった手で向日葵の小さな手を握った。

 向日葵は嬉しそうに笑って腕を大きくブルンブルンと振る。

 そんな向日葵を見て、百合も嬉しそうに笑った。


 2人が帰ったのは向日葵の保育園から徒歩20分ほどの所にあるアパートだ。

 このご時世にセキュリティのついていない、鍵ひとつで自宅に入れる2階建ての建物である。

 百合たちの部屋は1階の端にある六畳一間キッチンありトイレあり風呂ありで家賃4万円と破格だ。難点は駐車場がない事だが公共交通機関もそう遠くはないので浪人生に大人気のアパートだ。2階の全室は浪人生が占めており1階はお年寄りの割合が多い。

 紛失防止のための大きいキーホルダーをつけている鍵を取り出し、勝手の悪い重いドアを開ける。

 月末とはいえ、6月の空は不安定なので部屋干しをしている洗濯物がうっとうしい―――はずだった。

 百合は朝家に出る前に狭苦しい部屋いっぱいに洗濯物を干していった記憶がある。

 だからそれはあってはならない光景だった。

 洗濯物は散らかっていて、机の引き出しはめちゃくちゃにされたまま開いている。

 台所のお皿は何枚か割れていて、向日葵はおろか百合でさえ吸ったことのない煙草の吸殻。


 一瞬で悟った。


「うう~……」

 憤りが頂点に達した頭を向日葵の泣き声が割れに返す。

 握り拳をほぐし、ポンポンと向日葵の頭をなでてやる。

「大丈夫、怖い事はなにもないよ」

 精一杯優しく。向日葵がこの気休めを信じるように。

 荒れた部屋を軽く片づけ冷蔵庫を開ける。

 ここまで被害は及んでいなかったものの、もともと大したものが入っていたわけでもなく簡単なものしか作れない。

 今から買い出しに行く元気をなくありあわせで夕飯を作った。

 向日葵の保育園での話を聞きながら夕食を終え、子守唄を歌いながら寝かしつける。

 近所迷惑にならないように小声でだ。

 可愛い寝息を確認すると電気を消して百合も寝る体制に入る。


 こんな事になって何が困るかって、一番は警察に通報することもできないからだ。

 犯人は身内―――――――――――――








 認めたくもない、どうしようもない父親なのだから。


しばらくは面白くとも何ともない

百合の「日常生活」です。

飽きずに読んでやってください笑

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