走る、男
早朝、1人ジョギングをする男~
3日坊主で終わるだろう
彼の友人達はそう言った。
今の年齢でこのポッコリお腹は正直、不味いらしい。付き合って、二年になる最近、音信不通の彼女にも「これは不味いよ」、と指を指されて言われダイエットを決意した。まずはジョギング!男は思った。
もう今は10月に入った。今年の夏は長かった。
しかし、堤は見事に早朝ランニングを習慣としていた。堤のお腹はまだ、痩せているとはいかないまでも引っ込み始めていた。食事もなるべく気を使っている。ジローや山下も関心していた。生意気な新谷も。
あの杏子が人質に取られた事件から一ヶ月以上が立とうとしていた。山下の替え玉作戦は見事に成功した。テストは合格。前期での単位は約束された。山下に感謝した。
しかし、あまりの字の違いに、その科目の教授に、無効にされそうになったが、講師、伊達さんの機転の利いた証言と、レポート200枚でなんとか正式な合格となった。200枚とは現実的じゃないな~、とジローが言っていたが、200枚、死ぬ気で頑張った。ちなみにジローも見事に合格した。
堤の蹴りをスネに喰らった根岸は、しばらく元気がなかったが相変わらす不気味に笑っている。
もう秋になりつつある。走りやすく、涼しい。
午前7時過ぎ、堤はタオルを太い首に巻いて、おきまりのコースである近所の公園を通り抜けようと、いつもの角を曲がった。
堤の顎は二重顎が少しずつなくなってはいるが、お腹は上下に揺れている。堤は公園の入り口で足を止めた。人影が1つ、公園の真ん中付近に見える。女のようだ。ジャージに半袖でジョギングする格好だなと堤にはわかった。ジョギング中の堤は、木の影に隠れた。
女はこちらを振り返った。
「…杏子?」
汗塗れの手で、メガネケースからメガネを取り出し、装着すると自分のお腹を触りながら、しばらく口も聞いていなかった自慢の彼女の名を堤は呟いた。
「…ダイエット、つ、付き合うわよ」
杏子は視線をそらし恥ずかしそうに言った。
「胸のダイエットですか?」
堤はおどけた。
「うるさいな!行くわよ」
その顔は笑っている。
二人は並んで走り出した。風が気持ちよかった。
ジローの家のアパートの前を通り過ぎようとすると、ジャージ姿のジローと私服のユウコがアパートの玄関から出てくるのが目に止まった。
「あれ?オマエら…もしかして~…やることは、しっかりやってんだな?」
堤の呼びかけに、ジローとユウコは、ビクッと体を強ばらせた。動揺を隠せない。二人とも顔があかくなる。
「うるさいな~これから早朝ジョギングだ、あっ?オマエらこそ~」
ジローは堤と杏子に向けて言った。顔がまた赤くなった。ユウコは恥ずかしそうに顔を背けた。
「ジョ、ジョギング!」ユウコ
「あらあら~二人とも赤くなって」
杏子。
「はははははっ~じゃあな~また大学でな~」
堤は大声で笑うと、杏子とともにその場を走り去って行った。パリンっと音を立て、枯れ葉を潰していった。いい音だ。
ジローとユウコは2人を見送った後、恥ずかしそうに顔を見合わせた。
「人の気持ちは…」
ジローは呟く。
「なぁに?」
ユウコはジローの顔を覗きこんだ。
「いや、別に…」
ジローはユウコから目を離すと、青く澄み切った空を見上げた。
今日は、朝から天気がいい。ジローは今日1日、秋晴れになる予感がした
おしまい