デート日より
新谷、ラーメン屋にて
柏木の事件後、新谷とサヤカは、ラーメン屋「テンカ」に来ていた。さっきまで、ラーメン屋のおじさんがカウンターで事件の興奮を語っていたが、奥さんに 口をふさがれ、今は大人しい。
堤、ジロー、ユウコ、そして当時者の杏子は警察に事情聴取のために、警察署へ行っている。
サヤカは確かに当事者だが、事件による精神的なストレスを理由に、新谷と一緒に後日、聴取ということになった。犯人は明確で、警察も急ぐ理由がないようだ。もちろん、新谷はサヤカのことは口外しないつもりだ。彼女のやったことは確かに悪い、が、結果的には、彼女は被害者なのだから…
警察が突入した時、完全に身動きのとれない柏木は無抵抗で、手錠をかけられ連れて行かれた。連行のさいに何度も舌打ちをし、サヤカや杏子達を睨みつけていた。その姿はなぜかワイルドだった、と新谷は記憶している。
「チっ!」
睨みつけながら舌打ちをする柏木に最後に声をかけたのはジローだった。裸足だった。
「舌打ちか?そんなに口が乾いてるのか?それとも潤ってるのか?口が乾くと口臭がキツくなるぞ」
ジローは真顔で言った。新谷は、ジローの言葉に笑いそうになった。柏木はまた返す言葉を失う。
その後、その場で彼は覚醒剤を使用していた事が発覚した。舌を鳴らす仕草は、薬中の仕草らしく、ジローのその一言で、警察はその事実に気が付いたらしい。
そういえば、事件のお店の前に止まっていたハマーは、根岸の物で無理矢理頼んで、ジロー達は、乗せてきてもらったらしい。状況がまったくわからない根岸がハマーの中から、ジローを指さして馬鹿笑いをしていたのを新谷は、目撃した。あれでも学年1位の成績の持ち主らしい。
新谷の目の前で、サヤカは呆然としていた。お嬢様らしいふっくらとした雰囲気は今、失われている。
新谷は何を話そうか迷った末、口を開いた。
「まさか、センパイたちあのハマーに乗ってくるとは思わなかったよね」
「…うん」
「あ~いろいろ合ったからもう一度、仕切り直しでどう?」
「もういいよ…」
「えっ?」
「昔のクソ彼氏のいざこざに、新谷くん巻き込んだ上に、アタシ…アタシ…」
涙があふれる。
「あ~え~と…」
新谷は言葉に詰まる。
「その~俺、多分、今のサヤカちゃんがスキなんだ。だからさ、昔こんな彼氏と付き合ってたとか、タバコ吸うとか俺は気にしないよ。過去を振り切れないようならさ…協力するから…ね!だから、え~と時間かかってもいいからさ、付き合いましょうよ…」
言ってしまった。でも後悔はない。ジローの受け売りも入ってるのはナイショだ。
「グスっ、じゃあさよろしくね」
サヤカは涙を拭くと言った。
「はい、こちらこそ」
新谷は笑った。
「終わったかな?」おじさんが言う。
「聞いてたんですか?」
「まあな~」
おじさん
「私も彼女だったらクラっときてたかもよ」
奥さん。
新谷の顔が赤くなる。
「それじゃあ~どうも」
「あいよ~お疲れな」
おじさんの元気な声がする。
新谷はサヤカの手を繋ぐとお店のノレンをくぐった。その途中、新谷達の学年の講義を教えている伊達先生と新谷は、すれ違った。軽く会釈をし、新谷達は外に出た
開けっ放しの店のドアの向こうから、伊達の声がした。
「おじさん~今日、麺の替え玉のサービス券ないんだけど~替え玉サービスしてよ~」
伊達の哀願する声が聞こえた。
外はもう暗くなってきているが、徐々に街に光が灯っている。新谷はサヤカの手を握ると、ゆっくりと駅の方へ、歩き出した。サヤカは照れくさそうに笑っている。
新谷は、店の中のポスターの中のビールを飲む水着の女性も笑った気がした。




