崖っぷち(4)
ジロー、堤、山下、そして………の話
書き加え版です
ジローの試験は無事に終了した。遅れはしたものの、大急ぎで問題をすべて解いた。あまりに急いで解いたため、問題がなんだったのかは思い出せない。ケアレスミスが怖いが平気だろう。
しかし試験管、伊達さんのお墨付きをもらった。遅れてきたジローに試験を受けさせてくれたうえ、テスト用紙の回収の時に気を使って、ざっと問題を見てくれた。
何とかなりそうだと伊達さんは言った。合格点60は堅いと!と。
ジローは胸をなで下ろし、試験会場を出た。同じ試験会場にいた堤も表情が穏やかだ。
ただ堤にはまだ、あと2科目が残っていた。まだ彼は気を抜くことはできない。 試験会場から出ると、トイレとソファのある休憩所のようなところへ行く。喫煙室があるので、堤は急いでそこに入っていった。ヤニ充電。
山下はソファで携帯を見つめながら待っていた。
「よう!お疲れ」
山下は待ってましたと言わんばかりに言った。
「お疲れ!多分試験はセーフだ。危うく三振になるところだったけど…」
走ったことは伏せておく。
「なんだよ~それ、まあそうか。よかった。ユウコちゃんに連絡しなくていいのか?」
「ユウコちゃんはバイトだよ。あとで会いに行く」
「そうか~お熱いな。ところで2人が試験受けに行ったあと、新谷から電話があったんだ」
「ふ~んそれで?」
ジローは興味が無さそうに言った。
「杏子のことなんだけど……知らない男とデート先で密会していたらしい」
「知り合いとか、兄弟じゃないか?」
ジローは喫煙ルームでタバコを吸う堤の方を見た。
「だといいんだけど…ヨリを戻そうとか、昔、妊娠したとかちょっといかがわしいワードが…」
山下も堤の方を見た。
「……人の気持ちか…」
ジローは言った。
ぶ~ぶ~
唐突に携帯が鳴った。山下のだ。
「もしもし?新谷か?えっ?だ、大丈夫か?」
「どした?」
ジロー。
「そ、そういう話は先に110番だろ!急げ!なに?確かに。じゃない!…おい!聞こえるかおい!」
ツーツーツー…
新谷との電話が途絶えた。ジローは不安そうに山下を見た。
「き、切れたか…その~いいずらいんだけど新谷のデート先で、そのさっき話した杏子の密会相手が、なぜか杏子を人質に籠城しているみたいだ…」
「は?なにそれ?」
あまりに非現実的な返答にジローは耳を疑った。
「どこ?」
山下が新谷達のデート先のお店の名前を言った。
「お、お前そこ、ユウコちゃんがバイトしてる店だ。確か今日、午後からずっとバイト…」
「ユ、ユウコちゃんも一緒に行るみたいだ」
「ま、まじか…」
ジローは震える声で言った。
「そうなんだよ~ジローは彼女いるのにまだ童貞!」
大きな声で話しながら堤が喫煙ルームから出てきた。なぜかその隣には、学年1位の男、根岸がいた。相変わらずチェーンの音がうるさい。
「グハハハハハハ~童貞!ジロー!ウハハハハハハハハハっド~テイ~」
根岸はジローのことがよほどツボらしい。相変わらず九の字だ。
「どした?」
その根岸を無視してジロー達に堤は訪ねた。
「ジローだ!お前ドーテイ!ギャハハハハハハハハハハハ~童貞」
よほどおもしろいらしい。
「うるさいな!確かにそうだけど…だ、黙ってろ!」
ジローの発言で根岸はさらに笑った。笑い転げる。
「そうだったんだぁ~やっぱりな」
堤は嬉しそうにする。
「あのさ…」
根岸を無視して、ジローと山下は新谷から聞いた事の顛末を、堤に話した。
杏子のこと、人質、ユウコのこと。
「とりあえず…警察に電話とタクシー呼ぼう!」
ジローが言った。
「ああ、とりあえず2人が心配だ」
堤の顔は辛そうだ。
「あのさ、杏子が心配なのはわかるけどあと15分で次の科目だぞ!」
山下が言った。
「そ、そうか。追試はあと2つか…受からないと留年か…」
「特例はないだろうなぁ~」
笑い転げている根岸をジローは見た。
「とりあえず俺と山下が様子を見に行く。堤、お前は一年棒に振るかどうか、人生かかってんだ。俺らに任せろ!」
ジローは言った。
「そ、そうか」
堤は心痛な面もちだ。
…留年…杏子…
…恋人…命………
頭の中でワードが繰り返された。
山下とジローは携帯を開くと笑い転げる根岸をよそに、走り出した。
「ユウコ…ユウコ…」
ジローは祈るようにいった。
根岸は学年1位なのは何かの間違いではないのか?人間の中身と頭の良さは反比例するのかとジローは疑いたくなった。 走り去っていくジロー達の背中に根岸の不気味な笑い声が響きわたった。
「うははっ~あれ~ジローは?アッアッアッアッハハハハハハっ童貞ウケる~ぎゃははは~」
ダン!
堤は根岸のスネを力一杯、つま先で蹴った。痛みと、こみ上げてくる笑いに耐えきれず九の字になる根岸を尻目に、堤は呆然と立ちつくした。
試験開始まであと10分……