デート否より(4)
新谷のデートのはずだった…
コロシテヤル…
アタシを捨てた…
アタシはアンタの何なんだ…
どうせカラダ目当てなんだろう?
新谷達の前でサヤカは何度その言葉を口にしたのか?口にする度に男の首筋のナイフに彼女のチカラが入る。首筋からは鮮やかな血が滴っていく。スピーカーから流れる、のどかなBGMが不釣り合いだった。
「考え直した方がいいよ。その人を殺したところでなんにもならない!」
新谷とユウコは、先ほどから何度も、何度も映画などでよく聞く、決まり文句のような言葉で、サヤカの説得にかかっていた。
杏子は腕を組みし、羽交い締めにされている男を見つめながら、時折口を挟む。
男に送られている杏子の視線は、、男に対する呆れ、同情する余地なし、という冷めたものだった。
サヤカと杏子の元カレであり、今にも刺されそうになっている男は柏木と言う。先ほどから何度もその名前が飛び交っていた。新谷の見たところ、柏木は端正な顔立ちとは行かないまでも、どこか年上の色気のような物をもっていて、男を感じさせるワイルドさがあった。大人っぽいワイルドさが、2人の女性を手玉に取った要因なのだろう。ほかにも何人者女性と…最初に肉体関係から入ろうとすると、中身が見えなくなるのだろうか?新谷は思う。中身、見かけ、収入、その中で見かけは8割、その数字は正しい。そう、ジローが言っていた。
盲目は怖い。悪い男に捕まるな!そう言われても、どんな忠告を受けても、それでも女性は犠牲者になってしまう。新谷は柏木をみながらジローの言葉を思い出し、悲しい気持ちになる。
「そんな男のために罪を犯すことなんてないわ」
杏子は落ち着いた口振りで話す。
「気持ちはわかるの」
「来ないで!」
「お、落ち着こうよ、話し合おう」
新谷。
「わ、私たちは味方よ」
ユウコ。
杏子がゆっくりと言った。
「私はね、昔その男と付き合ってたのよ。でもね付き合ってわかった。私の体目当てで近づいてきた最低なやつだって…
気持ちなんかそいつには関係ない。セフレ?そうよ、こっちはそう思ってなくても、そうする最低なヤツよ」
新谷は聞き慣れない 言葉で混乱する。ユウコはそうだ、そうだ、と頷いていた。女の連帯意識って怖い。
「確かに好きだった。上っ面だけは優しい。でもね…妊娠したってわかったらそいつは…そいつは…」
杏子は少し言葉に詰まる。そこから先、言葉が出ない。
「うそよ!そんなの!どうせ、セフレとして捨てられたアタシに同情して言ってる作り話。不幸なのは……いつも自分…」
サヤカは泣きそうな声で言った。ナイフにチカラが入り、さらに柏木の鮮やかな血が出た。柏木は泣きそうだ。
「そ、そうだ!つ、作り話だ。そんな女知らない。今日初めて会ったんだ。だ、だ、だから離してヒィ~」柏木は平然と嘘をつく。新谷は呆れた。
「待ちなさい。いかにそいつがいい加減か証明するわ。そいつ大学の講師として内の大学に、今度来るらしいの。それで、たまたまいたアタシをまた昔と同じようになんて言って近づいてきたのよ!二回も!
とりあえず聞くけど、あなた?え~と…
」
「サヤカちゃんです」
新谷は言った。
「そう。サヤカちゃんは、そいつと寝た?」
「…まあそうです」 サヤカは戸惑った。
「そいつの右のお尻に大きいホクロがあるでしょ?…その男、縁起がいいとか言って満足げに自慢してたでしょ?」
「いっ!ば、ばか」柏木は羽交い締めにされながら言った。泣きそうだ。
「そうです。ベッドの上で言ってました」
サヤカが驚いた様子で言った。
「ならあたし達は共通の男に騙されたのね。セックスだけが目的なら、風俗行くか、異性で同じ目的の人とやればいい。
アタシもそうだけど多分、高校の時の家庭教師とかじゃなかった?そいつ」
そんなシュチエーションあるのか?新谷は想像した。ユウコは新谷の鼻の下が伸びているのに気づく。サヤカは頷く。
「そう、ならあたし達は一緒ね。お話しましょうよまずは!ね!」杏子は言った。サヤカは迷っているようだ。
新谷はここで思った。これだけの騒ぎがあれば誰かしろ警察などに連絡したのではないかと…サヤカは迷っている。警察は来ない方がうまく話し合いで平和に……すこし楽観的過ぎるのか…
「なあ、ユウコちゃん。」
小声で新谷はユウコに話かけた。
「な、なに?」
「警察には?」
「いやまだよ。」
「誰かに伝わっていたりしないかな?」
「多分、それはないかな。ここ、通路で禁煙と喫煙の部屋はっきり分けられてるし、なによりここの店長が、お客さまに静かな空間でくつろいで貰いたいって、防音の壁に、防音ガラスだし。」
「でも誰かしろ、気づくでしょ?」
「ちょうど、昼時も終わったから、人はいないし、私がこの喫煙ルーム担当だから」
「そうか…」
「アンタ達黙って!」
杏子が言った。
「ハイ」
ダンダンダン
わずかな階段を登る音と、足音が近づいてくるのがわかる。
「け、警察か?」
「特殊部隊とか?」
サヤカのナイフを握る手にもチカラが入る。ひぃ~、柏木は怖がる。
全員が喫煙室の入り口付近に、注意が集中する。催涙ガスとか、飛んでくるんだろうか?SAT?新谷は少しだけ期待した。
「表に止まってたのハマーじゃね~か?デカかったな!」
聞き覚えのある声だ。
「そうねぇ~」
柔らかい女の人の声だ。
「持ち主は、金持ちなんだろうな~」
「あなたも早くお店デカくしなさいよ~私、浮気しちゃうよ~」
「な!お、お前に限ってそんなことは…あれ?新谷じゃね~か?」
今朝あったラーメン屋のおじさんと奥さんだ。
「あら~そんなに汗かいて~かわいいな~」
奥さんが言った。
「バ、バカやろう!なに言ってやがる。お、俺の方が数倍かわいいね!」
おじさんは本気で焦る。
「フフフっ」
奥さんやっぱり色っぽい。
いや、そうじゃなくて…その一瞬室内が静かになった。
「きゃ!」
「オラぁ」
新谷とユウコは慌てて、サヤカ達の方に目を向ける。
「このアマぁ!調子に乗りやがって!」
柏木が言った。
おじさん達の登場に どうやら、サヤカは油断をしたらしい。ナイフを奪われ、床にサヤカは、倒れている。柏木は興奮気味だ。
何がどうしたのか?今度は杏子が柏木に羽交い締めにされ、首筋にナイフを突き立てられている。 「は、離してよ」
杏子は動揺している。
「もういい!お前、セフレでも体だけでも、なんでもいい!杏子!もう一回、俺のものになれ!」
柏木は興奮気味だ。顔が赤い。
「え?なに?」おじさん達は状況が飲み込めず、ただ立ち尽くした。新谷はサヤカに駆け寄った。
ガタンガタンガタン
どうやら警察がきたらしい。早く、そいつを捕まえてくれ!
催涙スプレーには耐えられる自信はあると、新谷は自負した。