走る、男 ~序章~
書き加え、修正しました。
3日坊主で終わるだろう
彼の友人達はそう言った。
今の年齢でポッコリと出たお腹は正直、まずいらしい。付き合って、二年になる自慢の彼女にも「これは不味いよ!食べても美味しくなさそうだよ」と指を指されて言われた。その時、男はダイエットを決意した。まずはジョギング!男はそう思った。
まだ暑い8月の朝から男は痩せるため、毎朝のジョギングを習慣にしようと努力を始めた。自慢の彼女には秘密だ。
今朝はいよいよ3日目。まだ残暑の残る季節だが、早朝はいくらか涼しいのが救いだ。
午前7時過ぎ、男はタオルを太い首に巻いて、近所の公園を通り抜けようと、いつものコンビニの角を曲がった。男の顎はほぼ二重顎、出過ぎたお腹は上下に揺れている。男はジョギングコースに入っている公園の入り口で足を止めた。人影が2つ、公園の真ん中付近に見える。背の高い男と、女のようだ。
咄嗟になぜかジョギング中の男は、木の影に隠れた。2人の男女を盗み見る。
背の高い男は、こちら側を向いて話しているのでどんな表情でいるのかがわかる。知らない顔だな、男は思った。女の方はこちら側に背を向けており、よくわからない。
背の高い男の表情を見る限り、どうやら女を諭しているらしい。なんとなく雰囲気でそれが伺えた。次第に女の方はそのやりとりに、腹を立てたらしく相手を罵倒する。
俺の彼女は、あんな風に怒鳴らない、ランニング中の男は思った。
しばらくすると背の高い男は、女と向き合った。その大きな体の大きな手を広げると彼女をチカラ一杯、そしてどこか優しく包容した。
木の影から一部始終を見る男は思わず、おおっ、と感嘆の声を出しそうになった。
2人は包容が終わると、しばらく見つめあっていた。
男はこの公園を抜けて、反対側にある友人のアパートの前を横切り、自分の家に戻る。そのコースをこの2日間、走っていた。3日坊主とは、言われたくない。
しかし、男女のこういった甘い雰囲気の中を横切っていくのは、正直、気が引ける。
「俺の決意は堅い…」男は一言、呟くと滴る汗を拭いた。そうだ!走り抜けよう。2人を振り切るんだ。気まずいけど…
一歩を踏みだそうとした瞬間、さっきまで背の高い男と見つめあい言葉を交わしていた女が、こちらに振り返った。男は自分の存在を悟られぬよう、少しだけ身をかがめ、女を値踏みしようと目を細めた。ショートヘアーに胸元を強調した服、たかが朝の散歩でその格好はないだろうと言いたくなる。その格好は、俺の前だけにしてくれよ、男は自慢の彼女にいつも言っている。自分の彼女の見覚えのある風貌に、男は動揺を隠せない。
見間違いではないか?動揺を隠せない男、堤は思った。
「…杏子?」
汗塗れの手で、メガネケースからメガネを取り出し、装着すると自分のポッコリお腹を触りながら、 堤は自慢の彼女の名を弱々しく呟いた。
人の気持ちほど…
変わりやすいものはない。
いつだったか、友人に言われた言葉を堤は思い出していた。