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ご都合展開は潰しておきました

作者: 堀辺由太
掲載日:2026/05/28

俺には能力がある。


- ご都合展開潰し


この世界から、都合の良すぎる青春イベントを排除する能力だ。

もちろん、公式設定ではない。

残念ながら、現実に超越的な力は存在しないのだ。


だが、俺は自分の能力を確信して疑わない。

その証左をご覧に入れよう。


--


昼休みの教室では、上位カーストの連中が騒いでいる。


「いやマジで、三ヶ月付き合ったのにだぞ?」


サッカー部の金田が、他校の彼女に振られたらしい。

ー ざまあみやがれ。


「意味分かんねぇ」

「遠距離だし、冷めてたんじゃね??」

「いや、普通に俺は好きだったんだけど」


好きだった。

その言葉を聞き、思わず鼻で笑ってしまった。


高校生の交際継続率は平均8ヵ月である。

長期交際へと進み、結婚に至る確率は1%を下回る。


統計的に見れば、殆どは途中で消える関係だ。

受験で別れ、大学で別れ、就職で別れ、ただの日常で別れる。


これが現実である。


なのに、連中はどうだ?本気で永遠を信じている。

- ふん、なんとも馬鹿げている


「おい」


声が飛んできた方を見ると、それは金田の友人だった。

ここでは、友人Aとでも名付けておこう。


「今、笑っただろ?」


- しまった!


俺の心の中で放った嘲笑は、精神世界を越えて漏出していたのだ。


しかし、危機的な状況ではない。

俺は即座にイヤホンを外した。


「あ、いや」


スマホ画面を適当に見せる。


「落語が面白くって」

「……は?」

「建川談志」


サブスクの楽曲アプリの冒頭からの引用。

もちろん聞いたこともない。

しかし、そこに居てくれてありがとう!談志さん!


「……なんだよ紛らわしいな」


友人Aは舌打ちして戻っていく。


俺は静かに息を吐いた。


- 危ない危ない


上位カーストとの不要な衝突は避けるべきだ。

理由は簡単。勝率が低い。


人類は平等ではない。

これは思想ではなく統計である。


容姿。運動能力。コミュ力。家庭環境。


世界には分布が存在する。

正規分布とか、べき分布とか。

まあ、詳しくは知らん。


そして、殆どの人間は中央値付近に押し込まれる。

当然、俺もそうだ。


しかし、起こるべきことが一定確率で起こるのも事実。


だが、どうだろう?

俺の周囲では一切合切、ご都合展開などは発生しないのだ。


これが俺の"ご都合展開潰し"たる所以である。

もちろん、この能力は自分自身にも例外なく適用される。


だから、俺の席は窓際の一番後ろなんかじゃない。

廊下側の一番前。まさに俺に相応しい席だ。


理由も明確。俺の苗字は「青柳」だ。

全国に約五万人。珍しくもなんともない。


結果、生まれてこのかた出席番号は一番ばかり。

一度だけ「藍井」の存在により、二番に甘んじたことがある。

藍井、許すまじ。


ライトノベルは冗談が大気圏を突き抜けている。

主人公席なんてものが存在するはずがない。


論理的に考えれば分かるだろう?

窓際後方の席は「山本」や「渡辺」の牙城だ。


断じて「佐藤」や「鈴木」に与えられるものではない。

ましてや「青柳」などは以ての外だ。


「ねえ」


ふいに、後方から声がした。

俺の超集中思考タイムを破ったのは、女子の声だった。


「なんだよ。赤澤」


挿絵(By みてみん)


赤澤乃恵は、ミディアムショートで緩い癖のある髪を手櫛で梳く。

机に肘をついているだけだが、小首を傾げるような仕草にはあざとさを感じる。


こいつとは1年生の時も同じクラスだった。

そして、今年も前後の席でもある。


理由は単純明快、名前順だ。

青柳の次は赤澤だからである。


学年全員を名前順にソートしても変わらない並び。

俺が実際に調べたのだから間違いない。


「絡まれてやんの」

「うるせ」

「聞くの?談志?」

「聞くわけないだろ」

「だよね」


赤澤はニヤニヤと笑う。

中の上くらいの顔で、めちゃくちゃ美人ではない。


だがムカつくことに普通に可愛い。

男子人気もそこそこある。


クラスの頂点には立たない、絶妙な位置取りだ。


そして俺は時々考える。


- 青柳と赤澤ってなんなんだ!この並び、まるで創作じゃないか!


赤と青、対になる配色。

しかも、二年連続同じクラス。


ご都合展開の匂いがしやがる。

まさか、こいつには"ご都合展開潰し"が通じないのか?


疑ってはみたが、恐らく違う。

落ち着け。落ち着くんだ、青柳与一。


確率は奇跡ではない。


年末ジャンボ一等前後賞は、二千万分の一という奇跡の確率だ。

しかし、季節のジャンボは年に五回も販売される。

一億円以上までラインを下げれば、当選者数は毎年二百人以上。


起こる事象は起こる。それだけなのだ。

つまり、赤澤と青柳が並ぶことにも、特別な意味はない。


「青柳ってさ」

「ん?」

「なんか人生諦めてるよね」

「現実的と言ってほしい」

「高校生で現実主義って嫌だなぁ」


赤澤はシャーペンをくるくる回す。


教室中央では金田たちがまだ騒いでいる。

その話に興味を持った女子たちが話に加わる。


ご都合展開が起こる可能性があるな。

念を送って潰しておこう。


赤澤はずっとこちらを見ている。


「また、ご都合展開潰し?」

「当り前だ」

「それって、本当に必要?」

「必要不要じゃない。摂理だ」


この一年と数ヶ月、赤澤は後ろの席で俺の持論を聞き続けた。

その知識量は俺に次ぎ、既に青春統計マスターも射程圏内だ。


「青柳って彼女とかいないの?」

「愚問だな。そんなものは作らん」

「主導権は自分なんだ。好きな人は?」

「そんなものは…作らん」

「ふーん。…好きな人って作るものかな?」

「好き嫌いは意思の問題だ。精神鍛錬でどうにでもなる」

「あっそう」


赤澤が妙な顔をするので、俺は視線を逸らした。


この流れから想像されるような展開は絶対にありえない。

俺とこいつ「赤澤乃恵」がそういう関係になることなど、あってはならないのだ。


もし、そんな青春みたいなことが起こるなら。

この十六年間が、こんなにもクソだった説明がつかない。


世界は統計であり、運命は確率だ。

与えられた者には、与えられた確率で、与えられるべき青春が配られる。


そして、俺に与えられた能力もある。

ご都合展開潰し。


華々しい青春を望まない。

俺が能力を行使することで、上位カーストどもは平均的な高校生活を強制される。


これによって、世界の99%の人間が救われる。

いや、そうでなければ俺の人生が報われない!


「ねえ、青柳」

「なんだ?」


しかし、もしかすると赤澤だけには――


「今度の休みって暇だよね?」

「暇ではあるが…どうしてだ?」


本当に"ご都合展開潰し"が通じないのかもしれない。


「私とデートしようよ」


教室の喧騒が、一瞬だけ遠のいた。


--


俺は赤澤を見る。赤澤は笑っている。

からかっているようにも見えるし、本気のようにも見える。


こういう時、ラブコメ主人公ならどうするのだろう?


耳まで赤くして固まるのか。

勢い余って椅子ごと倒れるのか。

隣の席の友人が「おいおいマジかよ」と茶化すのか。


残念ながら、ここにそんな友人はいない。

俺には茶化してくれる友人すら配布されていない。


「断る。馬鹿なことをいうな」

「即答じゃん」

「当然だ。お前はそれでも青春統計マスターの弟子か?」

「いや、弟子じゃないし。そんな不名誉な称号を振りかざさないで」


"青春統計"を馬鹿にしやがったな?

赤澤だけは、俺の理論の理解者だと思っていたのに。


「そもそもな!デートとは恋愛関係、またはそれに準ずる関係にある男女が行う行為であり――」


しかし、俺が宣う高説はピシャッと遮られる。


「映画観に行くだけ」

「映画?」

「うん。チケット二枚あるから」


赤澤は鞄から封筒を取り出した。

それは、映画の鑑賞券だった。


「本当は友達と行く予定だったんだけど、その子、部活入っちゃって」

「他に行く相手がいないのか?」

「まあね」


はは~ん、なるほどな。


「俺は代替要員ってわけか」

「なにその言い方」

「事実だろ」

「青柳って映画好きだったよね?行くでしょ?」


確かに俺は映画が好きだ。結構好きだ。

赤澤め。どうでも良いことを覚えてやがる。


「嫌いではない。だが、行かない」

「なんで?」

「面倒だから」

「暇なのに?」

「暇と面倒は両立する」

「屁理屈ばっかり」


赤澤は少し頬を膨らませる。

その顔を見て、俺はなぜか勝った気がした。


ほら、ラブコメ的な流れを断ち切ってやったぞ?

ご都合展開潰しの能力は健在である。


世界はまだ正常に機能していた。

赤澤であろうが、ご都合展開は起こさせない。


「じゃあさ」


赤澤は、少し前のめりになって頬杖をついた。


「賭けようよ」

「賭け?」

「今度の日曜、駅前に十時。青柳が来なかったら、私は一人で映画を観る」


それのどこが賭けなのだろうか?

オッズなどつけるまでもない。


「俺は行かないぞ」

「もし来たら、青柳の負け」

「は!?意味が分からん」


俺が行ったら負け?

ますます意味が分からない。


「青柳に、ご都合展開は起きないんだよね?」

「そうだ」

「じゃあ、来ないはずじゃん」

「当然だ」

「でも、もし来たら――」


赤澤は笑った。


「その時は、ご都合展開潰しは失敗だね」


理解した。このデートの誘いは罠だ。

こいつはマスターの称号を俺から剥奪しようと画策しているのである。


これは挑発なのだ。賢明な人間は、挑発に乗らない。

そして、青柳与一は賢い人間である。必然、俺は挑発には乗らない。


人類史を見れば明らかである。

挑発に乗った者は戦争を始め、借金を背負い、深夜にラーメンを食べる。

これらは、すべて愚か者の行為だ。


「いいだろう」


週末には詳らかになるぞ、誰が本当の愚か者なのか!


「じゃあ、日曜十時に駅前ね」

「わかったが、これはデートの約束ではないぞ」

「はいはい」

「ご都合展開の検証実験だ」

「はいはい」

「俺が行くことはないぞ。まあ、映画の内容が面白そうなら行く可能性もあるが、その場合は青春に流されたわけではなく――」

「はいはい」


赤澤は笑っていた。

その笑顔が少し嬉しそうに見えたのは、俺の錯覚に決まっている。


--


答え合わせをしよう。

結論から言えば、愚か者は俺だった。


日曜日。俺は九時五十五分に駅前へ到着していた。

愚かである。あまりにも愚かである。


だが、誤解しないでほしい。

俺は浮かれて早めに来たのではない。


電車やバスの遅延リスクを考慮し、五分前行動を徹底しただけである。

社会的信用を守るうえで、時間遵守は重要だ。


服装も同様である。


普段より少しマシなシャツを着ているのは、デートだからではない。

公共空間に出る以上、最低限の清潔感を保つべきだからだ。


髪を整えたのも同じ。

寝癖は社会性の欠如を示すシグナルになりうる。


つまり、すべて合理的判断である。


「青柳」


声がした方を振り向くと、赤澤がいた。

制服ではない赤澤は、少しだけ別人に見えた。


白いブラウスに、薄い青のスカート。

派手ではないけれど、似合っていた。


「早いね」

「時間通りだ」

「十時前だけど」

「遅刻リスクを考慮した」

「ふーん」


赤澤は俺を上から下まで見た。


「ちゃんとしてるじゃん」

「公共空間における最低限の礼儀だ」

「はいはい」

「その『はいはい』をやめろ」

「はいはい」


俺は負けた気がした。

映画館へ向かう道すがら、俺たちは並んで歩いた。


日曜の駅前は人が多い。

カップル、家族連れ、部活帰りの学生。

誰もがそれぞれの物語の中にいるようだった。


俺は思う。


人は誰しも、自分の人生を特別だと思いたがる。

だが、現実にはその多くが類型である。


初恋。失恋。受験。就職。結婚。老い。死。

名前が違うだけで、筋書きは大差ない。


だったら、物語など信じない方がいい。

期待しなければ、裏切られない。


「青柳って、今また難しいこと考えてるでしょ」

「考えていない」

「顔が考えてる」

「顔に思考はない」

「あるよ。青柳の顔、だいたい面倒くさいこと考えてる」

「失礼だな」

「当たってるでしょ?」

「……まあ、少しは」


赤澤は笑った。


「今日はそういうの禁止」

「何がだ」

「統計とか、確率とか、人生諦める系のやつ」

「それは俺の人格の大部分を禁止している」

「じゃあ今日は人格少なめで」

「それは人権侵害だぞ」


映画館に着き、赤澤はチケットを二枚差し出した。

その映画は、よくある青春映画だった。

ほんの少しだけ、一部では話題ということになっている。


余命三ヶ月のヒロイン。

無口な主人公が出会い、最後に花火を見るらしい。


「内容。面白そうだったの?」

「下らない内容だった。逆に人気な理由が知りたくて来た」

「私は好きだけどな。こういう話」

「ご都合展開の煮こごりだろ」

「煮こごり?」

「ご都合展開を煮詰めて固めたものだ」

「変な日本語作らないで」


赤澤は売店でポップコーンを買った。

俺は何もいらないと言ったが、赤澤は勝手にLサイズを買う。


塩とキャラメルのハーフ&ハーフ。

お得感を出しているのが気に入らない。


「食べていいからね?」

「映画館のポップコーンは割高だ」

「そういうこと言う人、人生損してるよ」

「損得で言うなら、原価率を考慮すべきだ」

「はい」


赤澤はポップコーンを一粒つまみ、俺の口元に差し出した。


「食べな」


これは危険だ。極めて危険な演出である。


映画館。薄暗いロビー。

女子がポップコーンを食べさせようとしてくる。


ラブコメなら、ここで俺は動揺する。

赤澤は笑い、周囲のカップルが微笑ましく見守る。


だが、現実はそうならない。

俺は冷静にポップコーンを受け取ろうとした。


その瞬間、赤澤の指からポップコーンが滑り落ちた。

床はポップコーンを優しく受け止めた。


「……」

「……」


赤澤は無言でそれを見下ろした。

俺は青春の欠片を拾い、ティッシュで包んでポケットに入れた。


「ご都合展開は潰しておいたぞ」

「今のは青柳のせいじゃないでしょ」

「俺の能力だ」

「しょうもな」


赤澤は笑った。俺の能力への嘲りではない。

自分の尻尾を追い回す小動物への感想みたいな言い方だった。


映画が始まり、物語は終盤を過ぎた。

内容は想像のど真ん中。完全な事前情報通りだった。


余命三ヶ月のヒロインは明るく、主人公は不器用で。

二人は少しずつ距離を縮めた。


病院の屋上。海辺のバス停。夏祭り。花火。


どこかで見た場面ばかりで、何度も心の中で突っ込んだ。


- そんな都合よく同じ場所で再会するな

- 病院の屋上はそんなに自由に出入りできない

- 余命三ヶ月の人間があんなに元気に走るな

- 花火大会の日に雨が降らないのはなぜだ


だが、途中から少し黙った。

ヒロインが主人公に想いを告げる場面。


「私、長く生きられないから、特別なことが欲しかったんじゃないよ。ただ、普通の日をちゃんと覚えておきたかっただけ」


赤澤が隣で泣いている。

俺は横目でそれを見る。


泣くほどのことではないだろう?

これはフィクション。ご都合展開の賜物だ。


しかし、同時に少し羨ましいとも思った。

作り話でも素直に泣けることが。


俺は泣かなかった。


泣かないことが強さだと思っていたからではない。

泣き方が分からなかったからだ。


映画が終わり、劇場が明るくなる。

赤澤は目元を指で拭っていた。


「泣いてたな」

「泣いてたよ」

「予想通りのご都合展開だったぞ」

「予想通りのご都合展開でも泣くんだよ」

「なんでだよ…」


多分、俺が本当に聞きたかった意味では届かなかった。


「分かるから」

「何が」

「好きな人と普通に過ごせる時間って、普通じゃないんだなって」


赤澤が何気なく告げた言葉に、返事が詰まった。

もしかすると、それは本当に聞きたかった――


しかし、俺の中で警報が最大音量で鳴り響いた。


「好きな人」は危ない。極めて危険な言葉だ。

聞いてはいけない。確かめてはいけない。


- 好きな人って誰だ?


そんなことを訊ねれば、物語は決定的にそちらへ転がる。

潰れろ!潰れろ!ご都合展開なんて!


だから俺は、話を逸らすしかなかった。


「腹減った」

「…」

「知ってるか?人間は血糖値が下がると判断力が鈍んだ」

「あっそ」


赤澤は少し不満そうな表情だったと思う。

別に顔を覗いたわけではないが、声色から察しがついた。


ーー


冷静な判断を取り戻すためには、炭水化物の補充が必要だ。

俺たちは映画館を出て、近くのファミレスに入った。


俺は日替わりランチ。

赤澤はオムライスを頼んだ。


向かい合って座ると、妙に落ち着かなかった。


学校では前後の席。赤澤はいつも俺の後ろにいる。

真正面にいる赤澤は、なんだか情報量が多い。


「青柳ってさ」

「なんだ」

「なんでそんなに青春嫌いなの?」

「嫌いではない」


嫌いではない。嫌いなはずがない。

青春ラノベが大好きで、毎月の新刊が生き甲斐なのだから。


「じゃあ何?」

「信用していない」

「青春を?」

「そうだ」


俺は水を一口飲んだ。


「青春とは、一部の人間が享受する余剰資源だ。容姿、コミュ力、家庭環境、偶然の巡り合わせ。そういうものを持っている人間だけが、後から『青春だった』と美化をする」

「うん」

「だが、それを一般化されては困る。誰もが恋をして、誰もが仲間と騒ぎ、誰もがキラキラした日々を過ごすわけじゃない」

「うん」

「物語はそれを当然のように描く。だから、俺は嫌いだ」

「そうなの?」

「ああ」

「…本当は?」


赤澤は何を言っているのだろうか?

本当も何も、美しすぎる事実の列挙だったではないか?


「本当って…なんだよ?」

「本当は、羨ましいんじゃない?」

「別に…」

「羨ましくないの?」

「……」

「私は羨ましいけどな。青春」


オムライスが運ばれてきた。

赤澤はスプーンを手に取ったまま、俺を見ていた。


逃げ場がなかった。


「……決まってるだろ」

「え?」

「羨ましいに決まってるだろ」


口から出た言葉は、自分で思ったより大きかった。


「俺だって、窓際の後ろに座りたかった。放課後に誰かとくだらない会話をしたかった。体育祭で活躍してみたかった。文化祭で女子と買い出しに行ってみたかった」

「うん」

「でも、そんなことは起きなかった」

「うん」

「起きないなら、要らない。最初から望んでいなければ、失敗じゃない」

「……うん」


赤澤は笑わなかったし、茶化しもしなかった。

でも、それが一番きつかった。


「青柳」

「なんだよ」

「青柳が潰してきたのは、ご都合展開じゃないと思うよ」

「……」

「それは、青春の可能性だったんじゃないかな?」


反論できなかった。

正論とは、時には暴力になる。


俺は日替わりランチのハンバーグを切った。

その感触は妙に固かった。


「私はさ」


赤澤はオムライスを崩しながら言った。


「青柳のそういうところ、嫌いじゃないよ」

「どういうところだよ?」

「めんどくさいところ」

「それは悪口だ」


赤澤は否定せずに笑う。


「あとね。斜に構えてるところ。それでいて、ちゃんと見てる」

「見てる?何を?」

「教室のこと。人のこと。自分のこと。それに…」


赤澤は少しだけ視線を落とした。


「私も別に、キラキラしてる側じゃないから」

「嘘つくな。お前は十分そっち側だ」

「そう見えるだけだよ」

「ルックスは中の上だ」

「反応に困る評価はやめてほしいな」

「事実だ」

「そういうところ」


赤澤は、やっぱり笑った。


「私、誰かの一番にはなれないタイプなんだよね」

「何の話だ?」

「クラスで一番可愛いわけじゃない。すごく面白いわけでもない。成績も普通。部活も普通。友達はいるけど、誰かにとっての親友かは分からない」

「……」

「だから、青柳が『中央値付近』とか言ってるの、ちょっと分かる」

「お前がか?」

「うん」


俺は赤澤を見た。


赤澤はオムライスを食べていた。

いつものように軽い調子で、けれど少しだけ寂しそうに。


初めてだった。


赤澤乃恵という人間が、俺の後ろの席にいる女子ではなく、俺と同じように何かを諦めかけている人間に見えた。


だからだろうか?

俺は、本当に聞きたいことを口にして訊ねた。


「なんで…俺を誘った」

「映画?」

「そうだよ。あんなご都合展開、俺が見たいと思ったのか?」

「青柳なら、ちゃんと観てくれると思ったよ」

「映画ってのは、誘う相手を選ぶものなんだ」

「そうかもね。でも、来てくれた」

「……」

「あとね」


赤澤はスプーンを置いた。


「私は、あの映画を青柳と一緒に観たかったんだ」


俺は何も言えなかった。


あの映画は、よくある青春映画だ。

だが、映画好きから見てもよくできていた。

あれは話題になって当然の作品だった。


そんな映画を「青柳と一緒に観たい」と言ってくれた。

それはもう、ほとんど答え合わせだった。


ーー


ファミレスを出る頃には、夕方になっていた。


帰り道、駅前の広場では小さなイベントをやってる。

地元の高校の吹奏楽部が演奏しているらしい。


人だかりの中に、金田がいた。


昼休みに振られたと騒いでいた、サッカー部の金田だ。

隣にいる女子は、たぶん同じ学校のマネージャー。

金田は笑っていた。振られた翌々日でも。


俺は思わず立ち止まった。


「どうしたの?」

「いや」


金田が女子に何かを言い。それで女子は笑っている。

あいつは失恋しても、次を始めていた。


たぶん、それが上位カーストの強さなのだ。


ご都合展開ではない。

単純な試行回数のゴリ押し。


人と関わる回数が多いから、失敗もする。

失敗しても、また次に行ける。


俺は失敗しないようにしていただけだった。

その結果、何も起きなかった。


「赤澤」

「ん?」

「俺は、一つ誤認していたかもしれない」


青春統計の先達として、後進には正しい道を示さねばならない。


「何の話?」

「ご都合展開は存在しないが、ご都合展開みたいな偶然は確かにある」

「うん」

「それは、誰かが多少無理にでも話しかけたり、誘ったり、失敗したりする中で、たまたま発生するものらしい」

「珍しく前向きなことを言うね」


赤澤は、少しだけ驚いてみせた。

それが何を意味するのかは分からない。


「つまり、お前はご都合展開を起こしたのではなく、試行回数を増やすことで確率を引き出しただけだ」

「ロマンないなぁ」

「重要な結論だ」

「はいはい」


赤澤が呆れて笑った、その時だった。

突然、空が鳴る。夕立だ。

大粒の雨が、駅前広場に降り注ぐ。


人々が慌てて屋根の下へ走る。

吹奏楽部の演奏も中断され、金田たちも走っていく。


赤澤は空を見上げる。


「うわ、降ってきた」

「天気予報では曇りだった」

「ご都合展開じゃん」

「違う。夏の夕方は大気が不安定で――」


言いかけたところで、赤澤が俺の手を掴んだ。


「走るよ!」


俺は引っ張られるまま走った。

雨の中を、二人で走る。


最悪だ。これは完全にラブコメの絵面である。


突然の雨。駅前。夕方。手を引くヒロイン。

あまりにもベタだ。


だが、現実はやはり現実である。

俺は濡れたタイルで滑った。


「うおっ!」


転びかける俺を支えるには、まだ赤澤では力不足。

結果、二人で派手に尻もちをついた。


周囲の人間がこちらを見る。


「……」

「……」


俺と赤澤は、雨の中で座り込んでいた。

ロマンの欠片もない。


「言ってるだろ、ご都合展開は…」

「潰してくれたんでしょ?」


赤澤が吹き出して、一緒になって俺も笑った。

最初は少しだけだった笑い声は、すぐに止まらなくなった。


雨に濡れ、尻を打ち、通行人に見られながら、俺たちは笑った。


青春とは、もっと美しいものだと思っていた。

夕焼けの教室。花火の下の告白。誰もいない屋上。文化祭の後夜祭。


けれど、現実の青春は、雨で滑って尻もちをつく程度なのかもしれない。

それなら…少しくらいは、俺にも配られていいのかもしれない。


駅の屋根の下に逃げ込んだ頃には、二人ともびしょ濡れだった。

赤澤の髪から水滴が落ちている。

俺のシャツも肌に張り付き、心地が悪かった。


「最悪〜」

「同意する」

「でも、楽しかったね」

「……部分的だが、否定はしない」


赤澤は俺を見た。


「今日、来てよかった?」

「有意義だった。検証としてはな」

「そうじゃなくてさ」

「……」


俺は少し考えた。


合理的に答えるなら、映画代は無料だったが昼食代は自腹。

雨に濡れて尻を打って。これに半日も時間を使った。

損得で言えば、微妙である。


だが――


「来てよかったよ」


そう言うと、赤澤は少し目を丸くした。

そして、照れたように笑った。


「そっか!」

「ああ。誠に遺憾ではあるがな」

「じゃあ、青柳の負けだね」

「何の話だ?」

「だって、今日来たから」


ああ、最初の賭けのことか。


「勝てるゲームだったんだけどな」

「負けたからペナルティーだね」

「負けた場合の条件なんて決めてなかっただろ」

「いいの!今決めるの!」

「現実的な範囲にしてくれよ」


ご都合展開なんてごめんだからな。

けれど、やはり赤澤だけには――


「私と、またどこかに行くこと」

「……」


俺は赤澤を見る。赤澤は真っ直ぐこちらを見ている。

からかっているようにも見えるが、本気のようにも見える。


いや、さすがに年貢の納め時かもな。


見上げた空からは、まだ雨粒が降り落ちてくる。

都合よく止んだりはしない。


「赤澤」

「ん?」

「ご都合展開は、やはり存在しない」

「そうかもね」

「だが、青春の存在まで否定しなくてもいいらしい」


俺は息を吐いた。


「だから…また行ってもいい」


赤澤は今日一番、嬉しそうに笑った。


「素直じゃないなぁ!」

「うるせ」

「はいはい!」


雨音が屋根を叩いている。

映画みたいに、雨が止んだ瞬間に虹が出ることもない。


赤澤が突然告白することもない。

俺が格好いい台詞を言えることもない。


「ねえ、青柳」

「なんだ」

「今日のこれ、青春ってことでいいんだよね?」

「違う」

「え?違うの?」

「青春なんかじゃない」

「じゃあなに?」

「統計上、一定確率で発生する、休日の外出イベント」

「はいはい。そうだね~」


ご都合展開は今日も起こらない。

青春は、まだ俺の手には余る。


けれど確かに、その欠片だけはポケットの中に残っている。


そして、ようやく気が付くのだ。

俺の能力は、この世界から青春を潰す力ではなかった。


傷つくことを恐れた俺が、青春と呼ばれるものから目を逸らすために作り出した、ただの下らない言い訳。


雨はまだ止まない。

だから俺たちは、もう少しだけ並んで立っていた。


ご都合展開は潰しておいた。

その代わりに残った、都合の悪い現実の中で――


俺と赤澤は、次に行く場所を二人で考えるのだった。

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― 新着の感想 ―
素直じゃない男子高校生の、素直じゃないデートシーン。女の子が2枚も3枚も上手で面白かったです。
いろいろ考えちゃいました(*^_^*) お年頃とか、素直じゃない感じとか(>ω<) 現代のお話書けるの尊敬です。
この主人公も青春を堪能してくれて良かった!本人は認めないだろうけど(笑)
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