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17/30

第17話 : グラビア(写真)の力

 それは、よくある月刊誌の発売日だった。

 書店の棚に並ぶ、色とりどりの表紙。

 仕事帰りの魔族、通学途中のルナ族、森から街へ出てきたエルフ。

 誰もが、いつも通りの無意識で、その雑誌を手に取った。

 理由は説明できない。

 ただ、目が止まった。

 表紙の中央にいるのは、人間の女性。

 特別に派手な衣装ではない。露出も控えめだ。

 それなのに、視線を外せない。


「……あれ?」


 最初に異変を感じたのは、書店で立ち読みをしていた若い魔族だった。

 ページをめくった瞬間、胸の奥が、ふっと緩んだ。

 重かった何かが、ほどける。

 理由のない焦燥感が、音もなく消えていく。

 心が穏やかになる感覚を覚えた。

(……なんだ、これ)

 写真の中の美優は、ただ立っているだけだ。

 こちらを見ているようで、見ていない。

 微笑でもなく、無表情でもない、曖昧な顔。

 なのに。

 魔族の青年は、気づかないうちに深く息を吐いていた。

 長く、ゆっくりと。


「……疲れてたのか、俺」


 自分にそう言い聞かせる。

 説明はそれで十分なはずだった。

 別の場所。

 森の外れの集落で、エルフの女性が同じ雑誌を開いていた。

 夜。

 ランプの灯りの下、何気なくページをめくる。

 次の瞬間、彼女の手が止まった。

 視界が、写真に吸い寄せられる。

 美優の立ち姿。そのわずかな重心の置き方。

 風を受ける前の、静止した瞬間。

 胸が、きゅっと締めつけられた。

(……懐かしい)

 理由は分からない。

 記憶を探っても、該当する情景は存在しない。

 それでも、確かに“知っている”感覚があった。

 幼い頃、まだ言葉を覚える前に感じていた、世界との距離。

 エルフの女性は、無意識に背筋を伸ばし、

 写真の美優と同じ姿勢を取っていた。

 しばらくしてから、はっと我に返る。


「……なに、今の」


 苦笑し、雑誌を閉じる。

 だが、その夜、彼女は久しぶりに夢を見た。

 森の中。

 名前もない空間で、誰かが何も言わず、ただそこに立っている夢。

 目覚めたとき、涙が一筋、頬を伝っていた。

 都市部では、別の現象が起きていた。

 雑誌の写真が、次々と切り取られ、SNSに流れていく。

 コメントは、奇妙なほど似通っていた。


『なんかわからないけど、落ち着く』

『今日、久しぶりにちゃんと眠れた』

『見てると、胸の奥が静かになる』


 誰も「すごい」とは言わない。

 誰も「革命的だ」とは叫ばない。

 ただ、共有する。

 説明ではなく、感覚として。

 その夜。

 同じ夢を見る者が、静かに増えていった。

 街角。

 酒場。

 森の奥。

 地下の居住区。

 夢の内容は違う。

 だが、共通点があった。

 ――誰かが、言葉を発さずに、そこにいる。

 目覚めた人々は、不思議と心が軽かった。

 解決した問題は何一つない。

 世界は、何も変わっていない。

 それでも。


「……まあ、いいか」


 そう呟ける自分がいる。

 翌日。

 事務所の編集部では、異様な光景が広がっていた。


「……回収率、異常です」

「え?」

「返品が、ほとんどない。地方も含めて」


 売上は爆発的ではない。

 だが、減らない。

 何度も読み返され、捨てられず、

 本棚でもなく、枕元に置かれる。

「保存……されてる?」

 誰かがそう言ったが、誰も否定できなかった。

 一方、その中心にいる美優は、何も知らない。


「え、夢?」


 控室で、リナにそう聞き返す。

「最近、みんなよく言うよね。変な夢見たって」

「……ミユは?」

「私は……うーん」


 少し考えてから、首を傾げる。


「よく眠れてる、かな。前より」


 それだけだった。

 その言葉に、リナは何も言えなくなる。

 夢を与えている本人が、

 最も深いところに触れていない。

(……これは、まだ“入口”)

 リナはそう直感した。

 写真は、ただの媒体だ。

 写っているのは、能力そのものではない。

 無意識になにかの能力を発動しているのだ。それぎ媒体を通して伝播している。

 その夜。

 世界のどこかで、また一人、同じポーズで立つ者が現れる。

 理由もなく。

 意味も知らず。

 それでも、確かに――

 何かが、静かに、広がり始めていた。

 まだ誰も、その名前を知らないまま。


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