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【超短編小説】小名浜の犬1999

掲載日:2025/12/29

 犬が埋まっていた。


 通りかかった空き地に小さな土饅頭が見えたのだ。

 明らかに最近のもので、盛り上がった土を足で掘り返したのは単なる興味からだ。

 蹴散らした土饅頭の下に黄金の毛が見えた。

 埋められていたのが人間では無いことに安堵した。


 掘り返しながら、埋められているのは赤子である可能性も考えていた。

 漁師とヤクザとソープ嬢が人口の大半を占める町だ。そいつらのガキが埋める、あり得ない話では無い。


 だが埋まっていたのは犬だった。

 金色の毛をした犬だった。


 近くに建っているバラック小屋を眺めた。

 錆びた自転車と物干しに諦観と怨嗟が入り混じって転がっている。

 境界の曖昧な庭と空っぽの犬小屋。

 今にも引き戸が開きそうな気がする。キティちゃんのサンダルをつっかけた女が、犬を探す子どもを引き止める。

 だがそれは幻想だ。

 勝手な想像。妄想。

 そこの住人が埋めたかどうかは知らない。

 だからと言って自身の差別心を羞じる事も無かった。


 田舎じゃよくある話し話なんだろう。

 空き地もない都会じゃ無理な話だ。

 いや、犬の葬儀なんてのが田舎じゃありえない話なんだろう。

 空き地に棄てられた壊れた家具の数々。

 裏に流れる溝川に棄てられた塵袋。

 だけどひびだらけの道を走るのは真新しい車で、その車輪は全く甘美なものでは無い。

 そこに文学、いや文字が入り込む隙間も余地もなかった。


 埋められていた犬の皮膚は腐敗ひとつ無く、まだ蟲も湧いていなかった。


 この辺りの人間に必要なのは神でも金でも無い。

 日々にあったのは祈りでも願いでも無い。

約束や決まり事も無い。

 何ひとつ達成できない日々だけがあり、それでいて陽茎と陰唇を合わせては死んでいた。

 それは単なる倦怠だった。

 憎しみであり恨みであった。

 日々そのものが祈りや願いから遠ざかる。

 その中に紛れ込んだ犬が死んだ。

 そうして埋められた。


 犬が埋められていた。

 それを掘り返した。

 犬が死んだ。その事実だけがあった。

 犬は錆びたドラム缶で燃やされる事も無かった。

 犬に花が添えられる事も無かった。

 犬は単なる物質になった。

 犬は分解されて土に還るだけだった。


 空き地には何の花も咲いていなかった。

 掘り返した土を戻した。

 犬は見えなくなった。

 バラック小屋に目をやった。誰もこちらを見ていなかった。

 バラック小屋から目を逸らした。

 そして埋められた犬のことを忘れた。

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