第五話:禁書庫の情報戦
夕食の温かい交流の後、ヴィオラは再び「使命」という冷たい現実に引き戻されていた。
彼女は、世界の破滅阻止作戦を完全に成功させるために、自身の魔力と一族の秘密について、浮遊城の膨大な知識の中から情報を引き出す必要があると判断した。
ヴィオラは、魔王城の構造から、最も厳重な魔力で守られた「禁書庫」に、真実が隠されていると推測した。彼女は一人で向かうことを選ばず、情報戦の協力者として、ルキウス伯爵を誘った。
「ルキウス伯爵。あなたの影の魔術と情報収集能力が必要なのです。アズリエル様の許可なく、禁書庫の深部へ侵入したいのですが、ご協力頂けませんか?」
「ふふ、貴女の秘密の冒険に誘われるとは光栄ですね。もちろん、私が手配しましょう。最高級の機密情報は、最高に独占されるべきですからね」
ルキウスの影の魔術とヴィオラの冷静な解析により、二人は禁書庫の最奥へと辿り着いた。
ヴィオラが目にしたのは、アークライト家の紋章が入った古い契約書と魔力記録だった。
――アークライト家は、数千年前に魔王アズリエルと契約した*『世界の破滅の抑止力』を代々担う。その魔力を最も強く受け継いだ者は、「悪役令嬢」*として人類の不信を一身に集め、命を懸けて破滅の波動を封じねばならない――
記録の断片にはそう書かれていた。
(やはりそうだったのね。私の「悪役」という役割は、ただの形式ではなく、一族が背負ってきた宿命だった。私の存在価値は、この使命を完遂することにあるのだわ)
彼女の自己評価の低さと使命への固執は、この記録によって強く裏打ちされることとなった。彼女は、「私はやはり、世界に奉仕することでしか存在を許されない」と再確認することになったのだ。
「なるほど。貴女の使命は、一族が背負わされた責任だったのですね。そして、その契約者は、あの魔王ですか」
ルキウスは、眉間にわずかに皺を寄せた。彼は、ヴィオラを「収集品」として独占したいが、その魂が既に別の契約によって縛られている事実に、静かな怒りを覚えた。
ヴィオラが記録を手に取った瞬間、禁書庫全体が漆黒の魔力に包まれた。魔王アズリエルが、彼ら二人の侵入に気づき、静かに姿を現した。
「貴様ら。余の最も神聖な場所に、勝手に入り込むとは愚かなことだ」
彼の怒りの視線は、ヴィオラが持つ記録へと注がれる。
「余が、貴様に余計な過去を思い出させなかったのは、『使命』ではなく、『愛』だけで余を選んでほしかったからだ。だが、もうそれは良い」
アズリエルは、強制的にヴィオラの持つ記録を魔力で粉砕し、ヴィオラの額に、彼の冷たい指先を押し当てた。
「ヴィオラ。思い出せ。貴様と余との契約は、世界の救済という名目の、永遠の魂の支配だ。貴様は、前世から、余の永遠の伴侶なのだ」
冷たい指先からヴィオラの脳裏に、彼女の知らない記憶が流れ込んできた。前世でアズリエルと血の契約を交わした、激しくも切ない記憶の断片が奔流のように流れ込む。それは、「愛」と「使命」が分かちがたく結びついた、運命の重さだった。
(……そんな……私が前世からずっとアズリエル様に愛されているというの?)
ヴィオラが、運命の重さに言葉を失い、打ちひしがれていると、ルキウスが冷静にアズリエルの支配に割って入った。
「魔王よ。貴殿の支配は、あまりにも粗野ではありませんか。貴殿の望みは、彼女の魂を永遠に独占すること。しかし、その契約には『相手の自由意志』が記されていなかったはずかと」
ルキウスは、アズリエルとの情報戦において、一歩も引くつもりはなかった。
「ヴィオラ嬢は、今、使命から解放されました。貴様がどんな過去の契約を持ち出そうと、彼女の未来の選択は、貴様の支配領域外にある。それを忘れないことです」
「……」
アズリエルは、ルキウスの冷静な指摘に、苛立ちを隠せなかった。
ヴィオラの瞳は、「使命」と「愛」、そして「自由」という三つの概念の間で、激しく揺れ動くのだった。




