第三話:魔王城の「優雅なる朝食バトル」
浮遊城の広大なダイニングホール。アズリエルが座る玉座のような席と、ヴィオラの席が並んでいる。
ヴィオラを隣に座らせることで「公認の配偶者」であることを他の者に誇示しようと考えていた。
ヴィオラは冷静に現状を分析し、「破滅回避のためのエネルギー補給」として食事を捉えている。
アズリエルは、ヴィオラのために特別にあつらえさせた「数千年前の魔界の料理」を給仕させ、他の料理を配膳させないつもりだった。魔族の給仕係たちが、黒い湯気の立つ朝食を次々盛って現れる。
「アズリエル様、ありがとうございます。しかし、この特別な料理では治療に必要な栄養素のバランスが取れません。通常の料理もお願いしますわ」
見た目がなかなかにグロテスクな未知の料理を前にヴィオラはきっぱりと拒否した。
「そうか……ヴィオラがそういうのであれば、仕方がない。人界の朝食を準備させよう」
アズリエル、メンツ丸潰れだったが、ヴィオラの体調のために渋々認めるのだった。
竜族の騎士シリウスは、ヴィオラの席の真横、アズリエルの隣に立ち、完璧な給仕役として振る舞う。
「ヴィオラ――」
「ヴィオラ様、どちらのパンをお取りいたしましょう?」
ヴィオラの皿からパンが亡くなるタイミングを見計らい、準備されている種々のパンをヴィオラに見せる。アズリエルがヴィオラに話しかける暇が見いだせないほど細々と給仕を行った。
「そうね、白パンをいただこうかしら」
「はっ。では、こちらに――」
パンの次は、飲み物を。そして、料理の皿の取り換えに至るまで、シリウスの給仕の元でアズリエルが話しかける間はなかった。
(わざと邪魔している……わけではない?)
シリウスの意識は完璧にヴィオラに向かっている。決して、わざとではない……ようだった。
騎士の真面目さゆえに怒鳴るに怒鳴れず、苛立ちを隠せなかった。
「シリウス、貴様、ヴィオラとの会話に邪魔なのだが」
直接的に苦情を伝えるが、 騎士は微動だにしなかった。
「私は職務を全うしているだけですので、魔王様、どうかご容赦を」
「……」
丁寧に叩頭されてアズリエルには取り付く島もないのだった。
吸血種ルキウス伯爵は優雅にほほ笑みを浮かべ、ヴィオラのグラスをその手に取った。
「私の血には永遠の美と活力を与える魔力がありますよ、ヴィオラ」
誘惑の眼差しでヴィオラを見つめながら、自らの血をほんの少し、グラスの中に垂らそうとした。
「ルキウス様、残念ながら、私には血を飲む習慣はございませんわ。豪快にお食事をなさっているガルム様の獣毛が入る前に、その血液入りの葡萄酒は御自身でお飲みくださいませね」
「ふむ――それは、残念だ」
思い通りにことが進まず消沈するルキウスだった。
獣人ガルム公爵は、シリウスと反対側のヴィオラの横に座り、どこから持ってきたのか、大皿に盛られた肉料理をヴィオラに進める。
「力が出ない時は肉を食べるに限る! これを食ったら、ヴィオラも元気になるぞ!」
ヴィオラの前に山盛りの肉が乗った皿を差し出す。
「ガルム様、お気持ちだけ頂きますわ。私はまだ回復期ですので、その肉を食べられる状態ではありません。せっかくの料理ですので、ガルム様ご自身の血肉となさるべく食べて頂けますかしら」
丁重に断られ、ガルムはがっくりと肩を落とし、大量の肉を涙に濡らしながら、食べるのだった。
精霊王エルヴィンは食事の最中、ヴィオラだけに聞こえる「囁き」で牽制するように他の四人の真意を伝える。
「ヴィオラ、皆の邪魔が入り、アズリエルは今、嫉妬に狂っているようです。数千年の孤独が彼を病ませてしまったんでしょうね」
それを皮切りに、シリウス、ルキウス、ガルムの心中の解説をこと細かくヴィオラに囁く。聞きたくもない話を聞かされ続け、ヴィオラは食指を失い、ため息を付く。
「今は食事中です。エルヴィン様、黙って食べさせて頂けないかしら?」
「そ、それは、悪かったね……」
エルヴィン、ショックを受けて一時的に透明度が増してしまった。
ヴィオラの冷静なツッコミにより、浮遊城の朝食時間は静かに進んでいくのであった――。




