第一話:断罪の舞踏会と悪役令嬢による世界破滅の阻止
(……ああ、世界の軋む音が聞こえる……)
煌めくシャンデリア、貴族たちの笑いざわめく声、流れるようなワルツの音楽。
夜の闇に浮かぶ綺羅びやかな宮殿では盛大な舞踏会が模様されていた。
その中にあってただ一人、世界の破滅する音に耳を傾ける乙女がいた。
ヴィオラ・アークライトは、そのプラチナブロンドの髪に光を受け、アイスブルーの瞳に強い決意を映して、一人佇む。
「ヴィオラ・アークライト!貴様の数々の悪行、最早看過できぬ!」
王太子による冷徹な断罪の言葉。
その冷たい言葉の刃を向けられても、彼女の顔には動揺一つなく、むしろ計画通りに進んだことへの安堵と、少しの皮肉が浮かぶ。
(これで世界の破滅は一時的に遠ざかった。私の使命は果たされた……)
王国随一の魔力量を誇るヴィオラであったが、さすがに体力の限界と魔力枯渇の苦痛を感じていた。それでも、攻略令嬢としての誇りを持ち、静かに現実を受け止める。
この場にいる誰も知らなくて良い。私は自分自身の誇りに賭けて、今世ではこの世界を守ってみせる。
ただ一つの思いだけが彼女が毅然とこの場に立つ理由だった。
舞踏会の中心、断罪の場に立つヴィオラの足元が、突如として漆黒のヒビに覆われた。シャンデリアの光が消え、空間そのものが軋みを上げる。
「これで、終わり…」 ――ヴィオラは内心で安堵した。これで破滅の波動を隔離できる。
その瞬間、漆黒のヒビが巨大な裂け目となり、凄まじい魔力の奔流と共に、一人の男が姿を現した。
彼は闇を凝縮したようなローブを纏い、闇色の長い髪の下から覗く黄金に輝く瞳からは数千年の時を超越した冷徹な光が放たれている。不老不死の魔族の王、アズリエルが降臨した。
アズリエルは、彼の強大な魔力に耐えきれず床にひれ伏す貴族たちを一瞥し、そしてヴィオラに視線を向けた。
「我が、数千年ぶりに人間界に降り立った理由が、この面白くも哀れな小娘を迎えに来るためとはな。」
アズリエルの声は、氷のように冷たく、雷鳴のように響いた。
彼はヴィオラの疲れ切った顔を見下ろし、邪悪で甘美な笑みを浮かべる。
「自ら悪役を演じ、世界の破滅を防ごうとした健気な努力。その緻密な企み、実に気に入った。ヴィオラ・アークライト。お前はもう『悪役』を演じる必要はない。これからは、余の永遠を彩る『至上の存在』となるのだ」
そして、アズリエルがヴィオラを抱き寄せようとしたその時、周囲から5つの異質な気配が一斉にヴィオラへと殺到した――。
「ヴィオラ嬢、お下がりください!」
魔王アズリエルの魔力に最も近くにいた竜族の騎士シリウスが、その忠誠心を以て、最も素早く行動に移した。
彼は王太子付きの騎士団長でありながら、一瞬の躊躇もなく王太子の命令を無視した。竜族の血が込められた絶対防御の魔力が発動し、アズリエルとヴィオラの間に分厚い光の壁を出現させる。
「魔族の王よ。貴様が数千年前から何を企てようと関係ない。ヴィオラ様は、誰にも渡さない。私の主への忠誠心は、貴様の契約ごときで破れるものではない!」
「グルルッ!俺の番に触るな、魔王!」
舞踏会に紛れ込んでいた獣人公爵ガルムも、本能のままに動いた。
彼は巨大な体躯に似合わない俊敏さで、宮殿の天井を突き破り、半獣化の咆哮と共に舞踏会の中心へ飛び降りた。その目的はただ一つ、ヴィオラを魔王から物理的に引き剥がすことだった。
「ヴィオラ!こんな寒い奴なんか放っておけ!俺が一番温めてやる!」
「おやおや、皆さん。美しい獲物の奪い合いは優雅に。血で汚してしまっては台無しでしょう?」
宮殿の闇に溶け込んでいた吸血種ルキウス伯爵が、優雅かつ決定的な行動に出た。
彼は王太子と騎士団長が混乱する一瞬の隙を突き、影の魔術でアズリエルの抱擁からヴィオラを奪い、自分の腕の中に閉じ込める。
「ヴィオラ嬢、貴女の最高の美は、私のような永遠を生きる者の隣にこそ相応しい。あの傲慢な王のコレクションになど、甘んじる必要はありませんよ」
「ヴィオラ。彼の契約は、あなたの魂を縛る鎖。あなたの使命は終わった。今こそ、自分の自由を選びなさい。彼の永遠の愛に、囚われてはいけません」
ヴィオラの意識に澄んだ声が響く。物理的な争いから一線を画し、精霊王エルヴィンはヴィオラの魂に語りかけた。
アズリエルは、5人の異質な愛の波動が一斉に自分に集中したことに、数千年ぶりの苛立ちを覚えた。
「煩わしい。……余の永遠の存在に群がる虫けらどもが!」
彼は、ルキウスの腕の中のヴィオラを一瞬にして魔力で引き寄せ、同時に漆黒の奔流を放ち、周囲の全員を吹き飛ばす。
「良いだろう。ならば、余のルールで決着をつけてやる。ヴィオラ、貴様は余の元へ来るのだ。――貴様を狙う全ての者も、まとめてな」
彼はヴィオラを抱きしめ、時空を捻じ曲げるほどの強大な魔力で、舞踏会から強制的に転移する。その光の中に、吹き飛ばされた4人の男たちも巻き込まれていくのだった。
――そして、王太子が断罪の言葉を言い終える前に、王都の宮殿から、世界の破滅を防いだ悪役令嬢と、彼女を巡る5人の異種族男の姿は、跡形もなく消え去ったのだった。




