その7
やらなければやられる状況に突然追い込まれた結果とはいえ、ボクは団長に手をかけてしまった。
いくら取り繕おうともこれ以上はこの街にはいられないし、ここで逃走をしたら次にテータ公と接触する機会はいつになるかわからない。
こうなればもう流れに身を任せるほかにない。
そう判断したボクは応接間のドアをノックした。
「おっと……団長かな? すまんなシイタ。少し席を外す」
さあどうなるか。
最悪シイタにも手をかけなければいけないと思っていたボクにとっては都合がいい展開が転がり込む。
ボクのノックを「団長からのサイン」だと早合点したテータ公はシイタをひとりにして、自分から応接間を出てきてくれた。
計画が成功したと思ってのことだろう。
ドアをしっかり閉じたのは「ボクがまだ辛うじて生きていて、断末魔をあげることでシイタを不審がらせる」ことを避けたのかもしれない。
もしかしたら最後のトドメは彼自身がつける気だったのだろうか。
だがそれは全て瓦解している。
団長ではなくボクが出迎えたのに気づいた時点で彼の運命は終わりを告げていた。
「娘にいい格好をしようとして、自分から手を汚す覚悟がない軟弱な公爵よ。だからお前はここで終わるのだ」
王様がテータ公を蔑む言葉を聞き流しながら、ボクは不意打ちで彼の喉を刺し貫いた。
もしテータ公があの日戦ったクシー公のように武辺者であればこう簡単にはいかなかっただろう。
それにもしテータ公が私的な理由でボクを暗殺しようとしなければこんなチャンスは早々に訪れなかったであろう。
命を狙われるという危機は結果として、ボクと王様の今後にとって重要な〝認識阻害の力〟をボクらにもたらした。
早速、力を使って「クリスという少年」とボクを同一に認識できないようにしたうえで、ボクは証拠品となる血染めのナイフや上着を脱ぎ捨ててこの場を立ち去る。
あとは団長が使った人避けの魔術が解けて誰かが来たとき、この惨状をクリスの凶行と判断して騒ぎになるだろう。
だけどその頃にはもう、ボクはクリスという名を捨ててしまっている。
力を使うことでボクとクリスはイコールだと認識されないし、お誂え向きにテータ公がシイタに刻んでいた金印の力は彼の死後も痣として残り彼女を次期公爵にする。
彼女はボクを信用して、帰りをいつまでも待つのかもしれない。
再開した時を想像すると心苦しいが、だからこそボクは全てを投げ捨てて走り出した。
結局、ボクには貴族の使用人なんて向いていなかったのもあると思う。
向いているようなら王様に取り憑かれることもなく、今でもエンディミオンの元で傭兵少女として従事していたに違いない。
シイタはボクを男の子だと勘違いをしていたけれど、ボクだってぼちぼち女の子だということを隠し辛い年頃である。
もし彼が今でも生きていたら……ボクを見る彼の目はどうなっていたであろうか。
そんな事を考えながらテータを後にするボクはシイタのことを次第に忘れてしまう。
これはボクが薄情だからであろうか、それとも───
「クリスはまだ見つからないのか」
「お言葉ですがいい加減に諦めてください。しかもアレは先代殺しの下手人です。いくら現公爵の勅命とはいえ、アレを許せる領民は居ようはずが……」
「かまわないわ。どのみちわたしは嫌われ者のようだからな。だったら惚れた男を我が手に掴まなければ、わたしには何も残らないのだから」
これはあれから2,3年ほど後の出来事。
予想通りにテータ公となったシイタは〝彼女が求める理想の殿方〟としてのクリスを追い求めていた。
ただでさえ公爵が暗殺されたことで後継者となった貴族の子供。
しかも公爵殺しの犯人候補を婿にするために探しているという行為は彼女と領民の距離を引き離していた。
新しい団長が就任した傭兵団も雰囲気が大きく変わる。
今度の団長はシイタを狙う年下趣味の男ということで、彼がシイタを贔屓にすることが公爵家と傭兵団の関係を辛うじて維持していた。
シイタはあくまで貴族の娘。
たとえ父親に刻まれた力の残滓ではなく、金印を正しく継承できていたとしても、きっと彼女は何らかの理由で領民からの支持を得られていなかっただろう。
もしボクがずっと彼女の傍らにいたら、心苦しさで押しつぶされていたかもしれない。
今日もテータのどこかでは慰問として貴族の婦女や少年が傭兵たちの慰みものとなる。
父親の時代でも力のない名ばかり貴族が担っていたソレを多くの貴族が行うようになり、知らぬは純粋培養で育った彼女だけ。
シイタの愚かな舵取りで増えた親族の気苦労が彼女に返るのは何時の日か。
無責任なボクが言えた話ではないが、その日が来るまでには、ボクと王様でこの国自体を終わらせてあげたい。