その6
帰宅したボクは自室にこもり暗器を組み立てる。
袖に仕込んだのは投擲用の投矢。
腰に仕込むのは紐と重りを組み合わせたモノ。
そして上着の内ポケットに入るだけの投げナイフ。
仕上げは身だしなみとして元から唯一持ち込めるツールナイフ。
防御については流石に戦場向けの武装には及ばないが、攻撃面では多数が相手でもある程度は対応可能なほどに手数を揃えたつもりだ。
(もし王様が思うような展開になったとき……ボクは彼女の父親はやれるのだろうか)
傭兵として敵兵を倒すのではなく明確な殺意を持って知人の肉親を殺すこと。
このときのボクにとって初めての行為を目の前にしてボクの掌は脂汗で濡れていた。
少し興奮して寝つきが悪く、だけど夜が明ければ妙に目が冴えて早く起きる。
絵図を描いていた王様だけでなくボク自身も本能的には今日の重要性を感じ取っていたのかもしれない。
「ご機嫌いかがかしら団長さん。それと先に到着していたのですねお父様」
「ハハハ。お前に早く会いたくてな」
「まあ」
「相変わらず仲がよろしいことで。これを見せつけることが我が団への慰問ですか」
「そう腐るな団長」
そしてシイタの付き添いとして迎えた傭兵団への慰問。
団舎に到着して客間に通されたボクらを待っていたのは団長とテータ公だった。
ボクが傭兵団にいた頃には知らなかった話であるが、団長の態度を見るに公爵とシイタによる親子訪問は頻繁にあったようだ。
それに「テータ公も来る」と聞いたときから薄々わかっていたことではあるが、団長にはシイタとテータ公の親子関係を隠している様子がない。
傭兵団の規模を考えれば昵懇の仲と言うやつだろうか。
「───」
そしてシイタが到着して以降の慰問内容は完全に世間話である。
シイタと公爵による親子の会話を団長に聞かせて相槌を打たせる。
普段は金印の力を用いて一介の親類と偽ってなかなか会えない親子の仲を取り持つために団長がダシに使われているまでありそうだった。
(流石に長い。それにボクがやれることもろくにない。公爵はボクのことをチラチラと見てはいるが、会話を振る素振りもないし)
そんな場に会話に混じれないボクがいるのは団長以上に退屈の一言。
いつシイタから話題を振られてもいいようにと身構えてはいるが、気を抜けば欠伸が漏れそうだ。
そんなボクにパスを投げたのは彼。
団員時代はろくに会話したことのない団長だった。
団長は会話に夢中な親子を邪魔しないように小声でボクを呼びかける。
「ちょっと良いか?」
「なんでしょう」
「元団員として大事な話がある。お嬢様たちには聞かせられない話だからついてこい」
「ダメですよ。ボクはお嬢様の付き添いですし、勝手に離れるわけには」
「大丈夫だ。テータ公には事前に話を通しているし、もしお嬢様に怒られるようなら俺からも後でフォローしてやるから。それにここには賊のたぐいは入れねえってのはお前も知っているだろう? 部屋の外で少し立ち話をするくらいで尻ごむんじゃねえ」
「……わかった」
やや強引に「話がある」という団長に少し不信感を持ちつつも、ボクは渋々彼に付き合うことにした。
軽く会釈をしてから離席した団長について行って、応接間を出ると後から外に出たボクは部屋の戸を閉じる。
この部屋のドアは分厚いし、なにより親子は自分たちの会話に夢中。
大声でなければ二人は気づかないであろう。
そう思いながらも膨れ上がる団長の殺気を感じたボクはドアノブから手を離したらすぐさまその場を飛び退いた。
ドアから伸びたのは団長が腰に携えているものと同じデザインの剣。
だがまるで影であるかのようにその等身は暗い。
そして証拠隠滅とばかりにそれはすぐに消え失せた。
「なんで今のを読めるんだよ。とんだラッキーボーイか?」
(今の言葉……じゃあ昨日のも……)
「まあ叫ばないだけ上出来だ。お前に恨みはないが声も上げずに死んでくれ」
そういうと団長は腰の剣を抜いて構えてボクに切っ先を向ける。
昨日の襲撃、そして王様の指摘がなければ、困惑で身体が硬直してしまってそのまま刺されていたであろう。
王様が言う通りの展開は少し癪だがボクは身体を下がらせると、腰に隠していた紐をほどいて両手で構えた。
「嫌だ」
「だったら俺を殺すか? 出来ると言うんならやってみろよ」
「飛び込めっ!」
王様の指摘の通りに飛び込むボクが立っていた位置を先ほどと同じ刃が空振っていた。
やはり昨日の幻体術使いの正体は団長らしい。
そして団長が闇討ち用として多用するのがこの、自分に意識を向けた状態からの影による不意打ちなのだろう。
ボクは知らない話だが、ボクをこっそりと殺すことを命じられていたバザードが失敗し粛清されたときにも用いられた搦め手を、ボクは王様のおかげで回避した。
そのまま剣の刀身に紐を巻き付けながら懐に飛び込んだボクは体重を乗せて腹を打つ。
防具越し、しかもボクの体格では大したダメージは期待できないとは言え、団長の体勢を崩せれば上出来だ。
「マグレじゃなくて実力だって言うんか。こりゃマジでやらねえとな───ヒトヨケ」
団長のつぶやきとともに廊下の雰囲気が変化して人気がなくなる。
ボクはよくわかっていないが、これも魔術と呼ばれるやつなのだろう。
団長は打撃で崩れた姿勢もすぐに持ち直すと、今度は紐で剣をつかんでいることを利用してボクの姿勢を崩しに来た。
姿勢さえ崩せば幻体術による〝影の剣〟でボクを殺せるということだろう。
一方、その頃室内では───
「うふふ……あら、クリスが居ませんわね?」
「彼なら団長と話があるのだろう。お前が無理やり引き抜いたから、連絡したいことがあると言っておったし」
「そうでしたか。そろそろお父様にもクリスのことを好きになってもらおうと思ったのに」
ボクの不在をシイタが気にかけていたが、テータ公が話をあわせて誤魔化していた。
ボクは知らない話であるが、団長がボクを殺そうとしている理由自体、彼からの依頼なのだから手を尽くすのは当然だ。
テータ公は娘を悲しませないためにボクを「不幸な事故」として殺そうとしている。
依頼を受けた団長はボクを人知れずに殺した上で偽装を行う予定。
そしてボクは今まさに団長の思惑通りな戦闘状態に突入していた。
(一旦離すしかないか)
左手に巻いていた紐を緩めることで団長から離れたボクは袖に仕込んでいた投げ矢を飛ばす。
右手でも左手でも的確に狙えるように訓練を積んでいたので真っすぐに飛ぶソレを団長は剣の側面で弾くと、今度は突きの構えではなく振り下ろしでボクを狙ってきた。
団長は幻体術抜きで団長の地位を得た猛者。
つまり本来ならボクが勝てる見込みなど単純な白兵戦だけでもありえないのだが、その差を埋めるのは金印だ。
オメガの力を使って狙いを読んだボクは一撃必殺の打ち込みを紙一重で回避する。
こうやって直接戦うと死体を相手にしていた昨日よりボクにとっては戦いやすい。
「せいっ!」
そのまま側面に回り込んだボクは投げ矢を握りしめて脇の下に突き刺すことを狙う。
帷子の隙間を通せればこちらのモノ。
ダメでも突起物による打撃は繰り返せば効果があるだろう。
「フン」
だが団長はそれを鼻で笑う。
手応えから矢が折れたのだろうか。
こんな攻撃で殺せるものかと言わんばかりの態度を取る彼のほくそ笑みにはもちろん裏があり。
背後を取ったところで紐を団長の首に回して染め上げようとしていたボクを何者かが掴んでいた。
「俺の背後に空の甲冑が置いてあることに気づかなかったのはマヌケだな。〝彷徨う鎧〟の腕力はテメェみたいなガキより強いぜ」
それはがらんどうな鎧。
昨日バザードの死体を操ったのと同じ要領で影によって操られた鎧がボクを掴んでいた。
不意打ちに使う影自体による攻撃には相手を拘束する力がないのだが、このように仮の肉体を与えられれば話は別。
団長が自信満々に口角を上げるのも当然な力でボクは動けなくなってしまった。
あとは適当に気絶させてからボクを殺して、目を離した隙に不幸な事故に遭ったとでも言えば団長の任務は完了。
シイタは悲しむであろうがテータ公の思惑通り〝彼女についた悪い虫〟は排除される。
だがボクは黙ってやられるわけには行かない。
死にたくないし、何より一心同体の彼もそれを望まないのだから。
「気絶させるなんてヌルいことはしないぜ」
まずは殺害ありき。
ボクを刺す前に血抜きのように鎧に首を突き出させようとする団長の切っ先が顎にかかる。
鎧はボクの背中を服を引っ張って固定して、髪を掴んで顎を持ち上げていた。
少し痛くてそろそろ交代しようとする王様の焦りを感じる。
だがボクはこの窮地を自力で突破しなければいけないという気がしていた。
1秒が長く感じる加速した思考の中で閃くボクの答え。
金印の影響もあるのか肉体の限界を超えた力でボクはそれをかなえた。
「いやっ!」
甲高い、普段は出さない声をあげたボクはバック転の要領で背中側に渾身の力をかけて跳ねる。
いかにほぼ全体が金属のフルプレートアーマーといえども、本来これは人間が着込んで動き回るためのもの。
ボクよりも鎧のほうが軽いため鎧はバランスを崩してくれた。
膝が崩れて切っ先は空を突く。
そのまま鎧の肩を引きちぎったボクは思い切り団長に向けて投げつけた。
ブンブンと重い音を立てて回転する鉄の塊はゆっくりとした軌道。
団長は舌打ちをしながら横に躱すのだが顔を狙った追撃の投げ矢を前に目をふさいでしまう。
(これでよし)
狙い通り、瞬間の目隠しに成功したボクは紐の先に付けた重りを投げつけた。
上手投げで弧を描いた紐は目を塞いでいた団長の左手に絡む。
「しゃらくさい!」と団長は力任せに紐を引いて振りほどきにかかるわけだが、その動きはボクの狙い通り。
団長が低く腕の力をうまく捉えて加速したボクは彼の懐に飛び込むと、帷子では固められていない首筋にナイフを突き立てた。
咄嗟には幻体術も使えないのだろう。
ボクの小さなナイフに気づいた団長の顔が歪んだ時にはすでに刃先は薄皮を破っている。
ナイフを手放して通り過ぎたのでボクに返り血はかからず。
床に伏せた団長の亡骸と、勢いとは言え大変なことをしてしまったという恐怖にボクの顔は引きつっていた。
だがこれはボクがやらなければいけないこと。
王様に全てを任せてしまえば、今後ずっとボクは王様の言いなりになってしまうと、ボクは直感していた。