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その5

 屋敷に戻ったあとボクはシイタに進言をして休みをもらうことにした。

 日取りは次の慰問の前日。

 古巣へ久々に行くのに準備をしたいと申し出たらシイタは快く了承してくれた。

 それを聞いてグレイが微妙な表情をしたのはボクが使用人として早くもドロップアウトする気配でも感じたのであろうか。

 王様が気をつけるように言ったことで少し勘ぐってしまうわけだが、少なくとも彼にはボクに対して何かをするつもりは無さそうだ。

 これも王様に言わせれば鈍いと言われるのかもしれないが、少なくとも彼がボクに対して何かをしようとしても簡単には行かないことはこれまでのやりとりで察している。

 年齢は倍以上も離れている男とは言え彼はボクのように傭兵育ちではない。

 シイタを守るための護身術講座でそれをボクは悟っていた。


「出かける前にこちらを。短い期間ですが、いままでの給金よ」


 そして休日。

 早朝から出かけようとしていたボクを呼び止めたシイタはこれまでの期間の給金を渡してきた。

 10日ほど働いたとは言えそのうち一週間は研修でろくに働いていない。

 それでも彼女が渡してきた麻袋に詰められた金子は傭兵団の遠征よりも日割りで給金が高かった。

 そこで予定を少しだけ変えてボクは屋台で焼き鳥を注文してから目的地に向かう。

 この地域における焼き鳥とは大ぶりなカットをした鶏肉と野菜を交互に串に打って炙り焼いた品物で、現代日本ではバーベキューのほうが近いかもしれない。

 ソースも程よい甘辛さ。

 飲み物が追加で欲しくなる味を堪能しながらしばらく歩くと目的地はもうすぐ。

 傭兵や町民が不要なものを売り買いするガラクタ市が今日も賑わいを見せていた。


「冷やかしなら帰りな」


 そう言われるのも仕方がないかもしれない。

 護身用のボロ剣を袋に入れて背負ってこそいたが衣服は相変わらずシイタが支給した使用人服。

 毎日洗濯担当のお姉様たちが清潔に洗って洗濯のりまで効かせているのでガラクタ市など場違いな格好ですらある。

 正直、焼き鳥屋のオヤジですら既知でなければ同じことを思ったであろう。

 それでもボクとしてはこのガラクタの山だからこそ必要なものが揃っていた。

 今日はオフなので手荷物として武器を携えているとは言え、この「業務中に武器を携帯することを禁止された」服装では一般的な刀剣が使えない。

 先日も最後の抵抗として持ち込めたのはポケットに入るツールナイフくらいだった。

 そこでボクはこの衣服に見合う隠し武器を作る材料を求めてここに来ていた。

 本来ならば武器職人に依頼したほうが確実なのだろうが最短で明日から必要なものを今すぐ購入できるわけがない。

 それにもし出来合いで都合の良い隠し武器が武器屋に売っていたとしても今の手持ちで足りるだろうか。

 傭兵稼業において隠し武器と言うものは優先度が低いぶん、購入するのは傭兵頭以上のため既製品はなかなかの値段なのをボクも憶えていた。


「これとこれを」

「ちょうどいい。この折れた矢をオマケで付けてくれないか?」

「これは掘り出し物だ」

「─────」


 一通り市を散策して手に入れた素材を袋に入れて、さて帰ったら加工作業をしよう。

 そう考えていたボクにわざとらしくぶつかってきた男がひとり。

 酢のような異臭を漂わせる汚れた男の顔をボクは知っていた。


「危ないじゃないか……バザードっ!」


 ふらついていて、そのままぶつかってきた彼に注意をするボクの反応は〝年齢差や傭兵団時代のお互いの立場〟を脇にどければ常識的だろう。

 だがボクはこのとき既にバザードが団長の手にかかっていることを知らない。

 目の前にいる彼は間違いなくバザードであるが、無言を貫く彼の中身が既に虚無へと帰っていることを。


「バザード?」


 殺気とも違うぬるりとした感覚。

 いや、殺気自体は感じるが目の前にいる彼からではない。

 まるで遠方から矢で狙われている感覚でありながら、目の前にいるバザードはおもむろに剣を抜いてボクを狙う。

 いくら外れで人目が少ないとは言えここは大衆の目が行き通った市の中。

 こんなところで刃を抜いてしまえば警護担当が止めに入るだろう。

 だがこの場には誰も来ない。

 偶然かもしれないが、むしろ人避けをしていると気づいた時にはもう遅い。

 王様は黙っているが、口を開けば「気の緩みが招いた」とでも小言を溢すだろうこの状況にボクは剣を抜いた。

 これから制作する予定の暗器の材料は背中を守るのを兼ねて袋から出さずに背負い、使う獲物は先日まで傭兵団で愛用していたもの。

 刃毀れも酷いボロだが刃物の相手には充分耐えられる強度は残っているだろう。

 下段に構えるボクに対してバザードは右手に持って剣を担ぐ。

 右肩を突き出して中腰に構えるスタイルを多用するバザードが行うのは初めて見る構えだが困惑をせぬように気持ちを切り替えながら、ボクは彼の初撃を躱した。


(体格差を考えたらこっちのほうが避けやすいハズなのにやりにくい。バザードの動きが読めない)


 普段と違って大振りなことで避けきれたが、ボクは普段の身体から当たりにくる戦い方よりもやりにくさを感じてしまう。

 何故なら今のバザードからは予備動作が感じられない。

 まるでこの背中を狙う射手のような視線に操られているかのように、目の前で動く彼自身は無心無言で剣を振り回していた。

 この視線が連動していると気づかなかったら途中で避けきれずに切られていただろう。

 この感じは王様が裏からこっそり手助けをして、ボクの感知能力を金印で底上げしてくれているのだろうか。

 そこでボクは心の中で彼を呼ぶ───顔の無い王を。


「起きてくれ王様。オメガの金印を使わせてくれ」


 普段は王様が力を制御している金印。

 その手綱を渡してくれとボクは彼に呼びかける。

 王様と違ってボクが扱うのには負担が大きいという。


「3分でかたをつけろ」


 と、王様が言うあたり、今のピークは5分くらいだろう。

 王様は余裕を持って残り時間を教えてくれるわけだが前回借りた時よりやや短い。

 金印の力も根源をたどれば〝印を刻んで効果を発揮する〟魔術と呼ばれるものであり、そのため使い手の気力体力精神力の影響を受けてしまう。

 以前のオメガ公が常に力を微弱に張り続けていられたのも、良くも悪くも臆病な性格が影響してのことだろう。


(ヨシっ)


 こうしてオメガの金印が持つ感知能力を発揮したボクは自力では読みきれなかったバザードの動きを先読み可能になり、動きに無駄がなくなってくる。

 大振りの斬撃は体格の有利を生かしてボクに踏み込まれないようにすることを優先しているようで、ここまでのやりにくさにも一見すると一撃必殺を狙った力任せのようで緻密な動きだったのもあるようだ。

 狙いとタイミングさえわかればあとは攻め込むだけではあるが、ここで問題がひとつ。


(バザードの頭の中に深く潜ろうとしても、心の声がまったく聞こえない)


 通常ならば表層に出やすい感情すら感じ取れないのだから異常である。

 まるで死体が動いているかのように無心。

 そして背中から刺す殺気がバザードの動きと連動しているのにボクは気づくが、視覚と直感の差異は吐き気すら催す気色悪さだ。


「死ねっ!」


 ボクには聞こえない誰かの声。

 遠方からの殺気が極大化するのに合わせて剣を両手に構えたバザードは、吐き気で鈍るボクの隙を大上段で断とうとしていた。

 横に避ければ即座に水平に切り替えされるであろうし、このボロ剣とボクの細腕では受け止めることも不可能。

 ではどうすればボクを狙う悪意をはねのけられるか。


(ここだっ)


 バザードの懐に飛び込んだボクは体当たりの要諦で彼に剣を突き立てた。

 あえて帷子を狙うことで打撃としての効果を狙った渾身の突き。

 こぼれた刃先が潰れながら肌に食い込む感覚があった。

 間合いの内側に入られたことでバザードの振り下ろしは空振って、しかもカウンターとして腹部を強打したのだ。

 悶絶必至の一撃だがバザードは───


「剣を手放せ。それから回り込んで首を踏め」


 まるで通用していない様子で体格差を生かしたボディプレスを仕掛けてきた。

 咄嗟に王様の指示に従ったボクがすり抜けたのも構わず、自爆にも思える勢いで身体を押し付けるバザード。

 王様が口添えしなければそのまま押しつぶされていたであろう。

 ボクは言われるがままバザードが起き上がらないようにと首を蹴りつける。

 もはや必死で彼の安否なども考えられないほど力いっぱいに。


「はぁ……はぁ……」


 そのまましこたま首を蹴り続けたバザードから何かが抜け出ていく。

 それとともに彼の身体がぐったりと脱力したのを見てボクは離れるが、バザードからは血の気がない。

 殺してしまったかと、恐る恐る足をどけたボクは彼の脈を取るのだが、やはり彼のソレはもうない。

 身体もさっきまで剣を振り回していたとは思えないほどに冷たくなっていた。

 やりすぎてしまったということ以上に奇妙な死体を前に狼狽えるボクは一先ずこの場を退散する。

 すれ違う人々がこれからバザードの死体を見つけるであろうが、ボクがやったと周知されればシイタにまで迷惑がかかるだろうか。

 使用人としてボクをスカウトした彼女には悪いがこの街から逃げ出すべきかと考えるボクに囁いたのは顔の無い王。

 心のなかで同居するオバケが息を切らせて激しく呼吸をするボクの耳元で囁く。


「落ち着けアレックス。何も心配することはない」


 何を言っているのかと思いながら息を整えるボクに構わず、王様は続ける。


「アレは最初から死んでいた。あの男は誰かの魔術で操られていた死体だ」


 ボクは魔術というものに明るくないので、何でもありな金印と違って魔術でやれることと言われても少し懐疑的。

 だが博識の王様が断言する以上はきょぜつはできない。


「ヘタレな公爵が金印を使うよりも強力な術だ。幻体術により影の従者を操り、死体を皮にすることで分身として戦わせていたのがアレだ」

「そうなんだ」


 ボクは王様の説明を受け入れて相槌を打つ。

 そのうえでもう一個のピンチについて判断を仰いだ。


「でも王様以外にはボクが反撃してやりすぎたことで死んでしまったとしか思えないよ。シイタには悪いが一旦テータからはなれよう。金印はそのうちでいいじゃないか」

「それはダメだ」

「なんでさ」

「テータの金印が持つ力はぜひとも欲しい。今後の安全確保という観点では最優先と言ってもいい。それにお前が心配している傭兵殺しの疑いは誰にも気付かれていないし、証拠も残っていないから大丈夫だ。もし確証もなく問い詰めるやつがいたらシラを切ればいい。確証を持っているやつがいたら……そいつが幻体術の使い手だ。遠慮なく殺せばいい」


 ひとまず王様が「誰にも気付かれていない」という以上はオメガの力で周囲の人々の心を読んだ結果であろう。

 彼がいうようにそのうえでボクをバザード殺しで責める相手がいたら、それが犯人なのはおそらく正しい。

 だがここまで狙われた状況からテータ公の金印を手に入れることができるのだろうか。

 地道に信頼を得た上でテータ公の寝首を掻こうとしていたボクとしては危険な提案に思えた。


「余の見立てでは転換点は明日の慰問だ。公爵もシイタの父親として来るらしいからな。お前は予定通りに暗器を組み立てて明日に備えておけ。イザとなったら余がやってやる。シイタに対して罪悪感を抱くこともない」


 まるですべての絵図を見通しているかのように語る顔の無い王。

 この頃のボクはまだ彼がいなければ未熟な穴だらけの子供であり、言われるがまま従うことしかできなかった。

 もしボクが男の子なら彼によるシイタの父親殺しに明確な展望が組み上がっているのを感じて「シイタに感情移入をして王様に逆らったのかもしれない」と後から振り返ると思う。

 そう思うほどにシイタは清楚で可憐な女の子だった。

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