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その3

 用意された新しい衣服に着替えて、汚れた武器を使用人に取り上げられたボクは応接間に通される。

 普段は縁が無いふかふかのソファーが並んでおり、そのうちの一つに深々と座るシイタの態度は堂々としていた。

 普段の傭兵団を慰問する貴族の女の子とは一線を画す高貴な雰囲気。

 普段から心のなかで本物の王様と同居しているからこそボクはそれに気づいたのかもしれない。


「似合ってるね。かっこいいわクリス」


 ボクの服装に対してうっとりとした眼差しを向けながらシイタは褒めた。

 似合うも何も服がそれだけ上等なおかげだろうと言いかけてしまうが、それは自分の容姿を卑下しているようで本意からずれてしまう。


「湯あみだけではなく着替えまで用意してくれてすみません。乾いたらすぐにお返しするよ」

「あら、その服は差し上げるわよ」

「貰えないよ。かなり高い服でしょ?」

「その代わり今日から我が家の使用人として働いて。遠征に行く前に言ったでしょ、子供でもできる仕事を探してあげるって。既に団長さんには話を通しているから傭兵団に戻っても追い返されるだけよ」


 シイタが言うにボクを彼女の家で雇うために傭兵団から引き抜いたらしい。

 彼女の認識としては父親の威光で強引に引き抜きしたというつもりであるが、団長の真意は後々を知ればそうではないのは明白。

 とりあえず承諾した時点ではボクは死体になって帰らぬ身の予定であり、小遣い稼ぎとして団長がシイタから移籍金を搾り取ったつもりである。


「待って。いきなり言われても困るよ」

「でもクリスが傭兵をしているのは単純に生活のためでしょう? だったら使用人のほうが安全よ。それにわたくし……クリスのことが……」


 ボクのことがどうしたと思うのは偽っているので勘違いされても仕方がなかったとはいえ、ボク自身の自己認識としてはシイタとそのような関係になるとは思っていなかった。

 なのでまるで愛の告白でもしそうなシイタの態度に困惑してしまうのだが、先にシイタは咳払いをして言葉を途中で変えた。


「……ん、うん」

「大丈夫?」

「ええ。とりあえずクリスはわたくしと年齢が近いし、かっこいいし、今から我が家の仕来りを覚えて一生仕えて欲しいのよ。なのでその服は制服として差し上げます。予備の服ももちろん用意してありますので、使用人として恥ずかしくないように常に綺麗な服を───」

「だから落ち着いてくれ。いきなり一生仕えろと言われても、心の準備ってものがある」

「あら……そんなに傭兵に未練がありましたの?」

「そうではないけれど……」


 しばらく仕えろという話なら二つ返事で引き受けたかもしれないが、一生と言われると流石にボクも困惑である。

 この時点ですでにボクは王様と一つの肉体を共有する運命共同体であり、先の遠征での大立ち回りで疲弊して今は寝ている王様に断りもなく一生を左右する決断をするのには気が引けていた。

 それにいずれボクはテータの金印を手に入れてこの領地を去るつもりの人間。

 だから「一生仕える」なんて嘘を軽々とつけなかった。

 ついでにいうとボクに対して彼女が求める容姿を維持できる期間もいずれ終わるのだけれども。


「とりあえず一ヶ月とかじゃダメかな?」


 なので妥協案として一ヶ月のお試し期間をボクは提示した。

 それを聞いてシイタは小首を傾げて唸るのだけれど、父親が心配するようにマセていた彼女は「抱かせてしまえば高貴な自分の虜になるから一生仕えてくれる」と生娘らしい見通しの甘さで天秤を揺らす。


「良いですわ。ではまずはこの家でしてほしい仕事を説明するついでに語らねばありませんね……わたくしという人間の秘密を……」


 こうして明かされた彼女の素性はある意味〝王様が喉から手が出るほどに欲しがっていた〟立場だった。

 彼女はただの貴族ではなく、テータ公ロムスカウル・テータの嫡子。

 つまり次のテータ公が約束された存在だという。

 たしかにテータ公の後継者がボクと年頃の近い女の子というのは聞いたことがあるし、遠目で見たこともある。

 だけど慰問活動をする貴族として顔を晒す彼女がその公女殿下とイコールだというのに誰も気づかないのはどういうからくりであろうか。


「───その顔はクリスも不思議なようですね。公女と一介の慰問貴族が同じ人間だってことに皆が気づいていないことが」

「当然だよ。実は公女だって言われた時点で驚いているのに、思い返すと今まで誰も気づいてなかった様子なんだから」

「フフフ、理由はこれ。お父様に施していただいた金印の力が、わたくしが公女であることを隠しているのよ」


 からくりの種として胸元を少しはだけさせたシイタの鎖骨のあたりには〝Θ〟の痣が浮かんでいた。


「テータの金印には人間の認識を歪ませる力があって、それを使って普段は誰もわたくしが公女のシイタだと認識できないようになっているの。勉強のために奉仕活動をするのに公女のままだと特別扱いされて意味がないからって。だけどクリスはもう違うわ。使用人として迎え入れた以上はお父様の力の範囲外よ」


「なるほど」と思うとともに、王様に教えたら真っ先に欲しがりそうな能力だなと思ってしまうのはボクも彼に染められているのだろうか。

 むしろテータを活動拠点にすることを決めたのが彼である以上、王様は最初からテータの金印の力を知っていて狙っていたのかもしれない。

 もしオメガの金印を得たときのようにテータのそれを手に入れられるとしたら、彼女の父親を殺したことになる。

 そうなるとシイタに対しては裏切りとしか言えないが、そもそも一方的な好意を押し付けているのは彼女でもあるので、気にしたらきりがないか。

 ボクと王様が目指す道には彼女のような犠牲者は付き物なのだから。


「───それではクリスの要望に応えて一ヶ月の仮採用としましょうか。仕事の内容はグレイとスーンに教えてもらってね。まあクリスのことをずっと見てきたけれど大丈夫よ。傭兵下働きと比べたら楽チンだから」

「はは。そうだと良いね」

「ではわたくしは部屋に戻りますわ。お父様とお話があるので」

「クリスくん。キミには執事としての基本から叩き込んでやろう」

「お願いします。グレイさん」


 そのまま仮採用となったボクは上司となる執事長グレイの元で使用人としてのイロハを学ぶことになる。

 採用自体が強引なうえに初日からスパルタな教育ではあったが、たしかに傭兵稼業よりも肉体的な負荷は少なかったと思う。

 精神的な負荷でもなまじボクは爪弾き扱いが多かったこともあり、ソレよりは軽いが反撃できないことがもどかしい程度だった。

 だが節々にはボクのことを「公女殿下に取り付いた悪い虫」として嫌っている感情が滲んでいたことを「よくある話」だとスルーしていたのは気の緩みであろう。

 おかげで近づきつつある団長の魔の手にボクは後れを取ってしまった。

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