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『取引……だと?』


 奈落の牙の金色の眼が鋭く光る。


「あなたは、手配書にある人物が美味いと言った。つまり、悪人こそがあなたの好みだと思うの。違う?」


 都市伝説でも、“悪い子が食べられる”という話があった。

 それは、賞金首などの指名手配犯が喰われる様を見た者がいたからこそ流れた噂だったのではないだろうか?


 そして、指名手配犯は総じて悪人である。


『人の世の善悪など知らぬ。我はただ喰いたい時に喰いたいモノを喰らうだけだ』


 ──これは、多分嘘だ。


 この怪物(モンスター)は手配書をどうにかして見て、目星をつけていたのだろう。

 だが、悪人かどうかの決定的な証拠がなく、迷っていた。


 そんな時、私が殺された。


 だからこそ――


 鬼殺しが悪人=美味いと判断して喰ったのだ。


 そして、私を喰う素振りも見せない。

 悪行を見ていないからこそ、不味いと判断しているのだろう。


 少々……いや、かなり偏食家なのだ。


「美味しい人間を紹介してあげる。しかも、何度でも味わえるようにも」


『なんだと? 何度でも? そんなバカな事が……いや、お前にはできるのか?』


 現に、復活した私を知る目の前の怪物(モンスター)は、私の言葉に興味を持ったようだ。


そう、私は自分自身だけでなく、他人も復活させることができる。


 こればかりは、今の家の者たちも知らない私の特技だ。


「一度しか味わえなかった味が、何度でも味わえるのよ。小娘と取引する理由には、十分じゃない?」


『……何が望みだ?』


 ――乗ってきた。


 食べ物のためなら、大幅に譲歩する者は、人間にもいるものね。


「私が止めた時は、食べるのを少しだけ待ってほしい。ほんの少し、話をする時間がほしいの。その間、さっきの影で相手を拘束してくれれば良いわ」


──ああ、なんという罪深い取引だ。


 私の提案に、奈落の牙はしばし瞑目した後、『良いだろう』と応えた。


『とはいえ、安定供給とは程遠いだろう?』


「……っ」


 痛いところを突かれた。


『そこで、だ』


 怪物(モンスター)の表情が邪悪に歪む。


『お前の身体も差し出してもらおうか。――なに、毎日とは言わんさ』


「──!」


 自分でも顔が赤くなったのがわかる。

 怪物(モンスター)に身体を差し出すなど……


『ふふ、流石に怒るか? 怖いか? だが、ア《・》レ《・》もどうせ何処(どこ)ぞに埋めるのだろう? なら、我が喰っても構わんだろう?』


 目線の先には、私の死体があった。


 ――ああ、身体を差し出すとは、そういうこと。


 ここ数日、色街の空気に触れていたせいで、思考がそちらの方向に寄ってしまっていたらしい。

 ――決して、私の本性ではない……はず。


 誰にともなく、脳内で言い訳しつつも、私は了承の返事をする。


「かまわないわ。ただ、あまり美味しくはないわよ」

『そ、そうか……』


 了承されるとは思わなかったのか、それとも私が味を知っていることに驚いたのか、奈落の牙の念話に戸惑いの色が混じる。


 だが、これで契約は成った。


「なら、早速、鬼殺しを復活させましょうか――」



 私が念じると、先ほどまで鬼殺しがいた空間に、靄がかかる。


 次第にそれは輪郭を持ち、人の形へと成ってゆく。


 それほど時間はかからず、鬼殺しの身体は、欠損もなく再構成された。

 もしあれば、呪いや病気も綺麗さっぱり無くなっているはずだ。


 ただし、着衣などの装備までは復活しない。


 これは魔法ではない。

 なぜできるのかは、分からないし、知らない。


「え? あれ? 俺、なんで……腕、脚……ある……?」


 何が起こったのかも分からずに混乱する男を無視して、私は言葉を発する。


「尋問するわ。とりあえず、縛って」

『目の前で見ても、信じ難い光景だな』


 言いつつも、奈落の牙は影で鬼殺しを拘束した。


「ひぃぃぃ! 夢じゃな……! おま、なんで生きて……ここが地獄なのか!?」


 殺したはずの相手が無傷で目の前に現れ、混乱する男を無視して私は問いかける。


「あなたを雇っている貴族は誰?」

「なんなんだおまえぎゃぁ!」


 質問に答えないので、左腕を斬る。


「あなたを雇っている貴族は誰?」

「ひぃぃぃぃぃいぃぃぃい!!!」


 ……今度は右脚を斬る。

 斬ったモノは、奈落の牙の腹の中へ。


「あなたを雇っている貴族は誰?」

「や、やめ……」


 ……腹を裂く。


 私流の拷問術だ。


 一人のときにしかできないし、やらないが、コレで喋らなかったヤツはいない。

 死体の処理が少々面倒だが、奈落の牙が居れば、それも問題にはならない。


「……魔女め!」

「知ってる」


 三度目に首を撥ねる前に、鬼殺しが罵ってきたが、いまさらだ。


 父上も、兄上も、使用人の皆も、デアクスト家のみんなは大好きだ。

 だが、本当に人を見る目が無いと思う。


 なぜ、こんな私の本性も見抜けずに養女になどしたのだろうか?


 ……まぁ、父上の名誉のためにも、決してばれないようにはしているが。


「……ガルシウス伯爵」


 ああ、やっぱりね。

 まぁ、賞金首を雇うような貴族が他にいるような状況ではなかったことを喜ぶべきね。


 さて、奈落の牙は五回目のおかわりを完食したけど……


「満足したかしら?」

『……足りぬ、ということはないな』


 よかった。――もう少しは粘ると思っていたから。


「今夜は別のやつらをご馳走するわ」


 そう言ったあとで、重要なことに気がついた。


「そういえば、あなたとどうやって連絡を取ればいいのかしら?」


 そもそも、この怪物(モンスター)は、普段どこに潜んでいるのだろうか?


『問題ない。こうしていよう』


 そう言って、奈落の牙は地面に……いや、私の影の中へと沈んでいった。


『用があれば、影に念じるがいい』


 なるほど、正に影に潜んでいるというわけだ。


 それはともかく、先ずは剣を取り替えないといけない。

 何度も斬ったので、もう研いでどうにかなるレベルを超えているのだから。


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