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 夜の繁華街を歩く。

 眩い明かりが通りを照らし、酒の匂いと人々のざわめきが辺りを満たしている。


「ねぇ、お兄さん。疲れてない? 私が癒してあげようか?」


 ふと、腕を絡めるようにして近づいてきた女がいた。

 艶やかな笑みを浮かべた娼婦だ。

 慣れた仕草で指を這わせてくる。私は軽く手を上げ、やんわりと断った。


「悪いけど、先約があるんだ」

「あら、そうなの? 残念。また今度遊びましょ」


 娼婦は少し残念そうにしながらも、すぐに別の客を探しに行ってしまった。


 ……それにしても。


 私は自分の服装を見下ろした。

 確かに、軽装の鎧を身に着け、遠目には男に見えるよう体の線も隠れる装備をしている。

 けれど、声を聞いてもなお男だと思われたままなのはどういうことだろうか?


 男っぽいとはよく言われる。

 けれど、こうして間違えられるたびに、少しだけ落ち込む。


 兄上の方が適任では? と言った私に、問題ないと言い切った。

 女だとバレても問題ない、ではなく、バレない、という意味だったのだろうか?


 ……まぁ、いい。今は仕事に集中しよう。


 気を取り直し、私は夜の雑踏へと再び歩みを進める。


 たどり着いたのは、繁華街の一角にある娼館。

 建物の前には酔った男たちがたむろし、中からは艶やかな笑い声と甘ったるい香水の匂いが漂ってくる。


 私は扉の前で一息つき、装備の上から薄手のマントを羽織った。

 肩の力を抜く。警戒している素振りは禁物だ。

 背筋を伸ばしすぎず、少し気怠そうに歩く。

 周囲から見れば、単なる遊びに来た客にしか見えないはず。

 多少不自然でも、ここはそういう場所だ。

 むしろ、コソコソしている方が怪しまれないかもしれない。


 扉を押し開けると、華やかな衣装を纏った女たちの視線が集まった。


「いらっしゃいませ、お兄さん♡」


 妖艶な声が飛ぶ。私は軽く笑みを返しながら、店の主人を呼んだ。


「兄さん、はじめてだね? どんな娘が好みだい?」


 ニコニコと人の良さそうな中年の男。

 それがかえって胡散臭い……が、この界隈でも珍しい——これだけ店があるのに——真っ当な娼館を運営しているらしく、信用できるらしい。


「アルカルムの旦那に紹介されて来たんだが」


 符丁を告げても、主人は何ら態度に出さず、特別室へと案内してくれた。


 この店に、先日賞金首の『鬼殺し』が来たという。

 その情報を確認するため、私はこうして客を装って出向いている。

 なにしろ、相手は賞金首。

 情報が漏れたと知れれば、店も、娘たちも危険にさらされる。


 件の男を相手したという娘を待ちながら、私はなんとなく部屋の内装を眺めた。


 店の最奥にある特別室。

 養子とはいえ貴族——子爵家である私の個室よりも広い。

 とはいえ、その中に浴槽や、よくわからない拷問器具らしきもの、そして私のものよりも豪華なベッドが置かれているせいで、実際よりは狭く感じる。


 外の喧騒や艶声は壁を通して聞こえてくるが、かなり抑えられている。

 逆に、中でどれだけ泣き喚こうが、外の客たちは気にもしないだろう。


 ……拷問器具を使う部屋だから密談用に流用したのか、それともその逆なのか……


 そんなことを考えていると——


「失礼します」


 娘がやって来た。


「アルカルムさまのお客様、パセルとお呼びください。どうぞよろしく」


 頭を下げると同時に、肩まで伸びた栗色の髪がさらさらと流れる。

 背はリナよりも低いが、娼館にいるからには成人しているはず……なのに、ずいぶんと幼い印象を受ける。

 しかし、その印象とは裏腹に、透け気味の衣装と体の起伏はなるほど男に好まれそうだった。


 そんな風に彼女を見ていると、パセルは私の手を取り、ふたりでベッドに腰をかけ、肩に体を預けてきた。


「ああ、いや、聞いていると思うが、今日私は……」


 言いかけたところで、口を指で抑えられる。


「ここは逢瀬を楽しむ場所。それなのに、真剣な眼差しで話をしてはいけません。遊びながら、話しましょ?」


 耳元で囁かれ、思わずゾクリとする。

 女の私でもどうにかなってしまいそうだ。男だったら、任務を忘れてこの娘に溺れていただろう。


 だが、なぜそんな芝居を? と思えば、この手の店には“のぞき部屋”があり、そこで楽しむ輩もいるらしい。

 理解しがたい趣味だが、見られている可能性がある以上、それなりに振る舞わなければならないだろう。


 私はされるがままに、娘を膝に乗せる形で抱き合う。

 なるほど、こうすれば自然に耳元で話ができるというわけか。


「店に来たのは、『鬼殺し』で間違いないか?」

「ええ、手配書と違って、頭も髭も剃り上げてたけれど——ほら、抱き合ってるだけじゃなくて、お尻とか撫でて」


 彼女に演技指導されつつ、情報を集めていく。


 なるほど、多少の変化はあれど、傷などの特徴は一致しているらしい。

 なにより、軍人時代に“ひとりでオーガを討伐した”という過去を自慢していたという。


 戦闘力だけはあったが、素行不良で上官を殴り殺し、取り押さえようとした兵士十数名を死傷させ、そのまま逃亡。

 その後の調査で数々の殺人、強盗などの余罪が明らかになり、指名手配の賞金首となった男。もちろん、軍からは除名されている。


 とっくに辺境か他国にでも逃げていると思っていたが、まさか王都に潜伏していたとは——。


「よくこの店に来る金があったな」


 この店は真っ当に営業しているからこそ、それなりの高級店になっている。

 逃亡者が一夜の楽しみで払える額ではない。

 もちろん、どこかで強盗でもしたのかもしれないが、王都で潜伏しながらそんなことをするだろうか?

 そんな金を使うくらいなら、それこそどこかで襲えばタダで済む。

 すでに賞金首なのだから、後先を考える必要はないはずだ。


「最近、どこかのお貴族様に用心棒に雇われて、羽振りがいいらしいわ」


 私の疑問に、娘が答えた。


「どこの貴族かは言っていたか?」

「いえ、そこまでは……」


 賞金首を用心棒に雇う貴族……

 そして、その用心棒は犯罪行為を制限されている……?


 もしや——


「ぃひゃぁ!」


 突然、耳に妙な感触があり、変な声が出てしまった。


「もう、難しい顔をしないで」


 どうやら、娘に耳を舐められたらしい。

 だが、必要な情報は得られた。もはや芝居を続ける必要はないだろう。


「いや、今日は──」


 これで失礼する、と言い切る前に、唇を吸われた。

 何が起こったのか混乱したまま、娘に押し倒される。


「服も脱がずに帰られたとあっては、娼婦の恥です」


 何とも甘い声音で囁かれる。


「あー、気付いていないかもしれないけれど、私はこれでも女で……」

「わかってますし、かまいません」


 その後は、娘に——パセルに、良いように弄ばれてしまった。


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