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壊れた日常

当たり前の日が続いていた。

これからもずっと続くと思っていた。

でもそんなのはただの理想に過ぎなくて、現実は残酷だった。

目の前に広がる炎。炎。炎。

どこを見ても炎しか見えない。

炎に焼かれのたうち回る人。

既に黒焦げになった人。

火災に伴う住居の崩壊で押し潰されている人。

目に飛び込んでくる光景は一言で言ってしまえば地獄絵図だった。

そんな地獄絵図の中に少女の家も含まれる。

少女は僅かに切れて血が流れている肩を抑えながら

ただ呆然と瓦礫と化した家を見つめていた。

目の前には瓦礫に潰された母がいる。

父は家の奥にいたからか、その姿は分からなかった。

分かることは生存は絶望的であろうということだけだ。

少女は力なく地面に置かれている母の手を取る。


「お母さん…お母さん……」


いくら呼んだところでなにも返っては来ない。

いくら手を握ろうとも握り返されることはなかった。

どうしてこんなことになった?

それだけが少女の頭を巡る。

何の変哲もないただの田舎の村に何が起きたのか。

それは少しだけ前に遡る。




少女は近所の家に届け物をするため家を出ようとしていた。


「行ってきます」


そう一言言うと、慌てた様子で母が駆け寄ってくる。

何やら忘れ物をしたらしい。


「これも持っていってって言ったでしょ」


そう言いながら母は風呂敷を差し出す。


「ごめんごめん」


軽く謝りながら母の手から風呂敷を受け取った。

そして、今度こそ家を出ようとした時

少し先にあの異能部隊の男たちがいた。

ここ最近、本当によく見かける。

相変わらずの呆けた巡回に、

いつも通り帰って欲しいと思っていると

男たちの背後に外套を纏った男が飛びかかる。


「え……」


一瞬のうちに少女の視界から男たちの姿が消えた。

消えた、というより実際は一気に地面に倒れ込んでいた。

遠目だからしっかりとは見えないけれど泡を吹いているように見える。

原因は間違いなくあの外套の男だろう。

直後、辺りに爆発音が轟く。

先程行こうとしていたお隣さんの家が燃えている。

目の前で巡回の隊士が倒れ、近所の家が炎上。

これが偶然なわけが無い。

大して働かない頭で少女がそんなことを思っていると

火柱はもうあちらこちらで上がっていた。

自然発火などではない。

空から火の玉が降り注いでいる。

それが火種となって家も木も草も燃えている。

ありえない光景に少女は立ちすくむしか無かった。


「はる!!」


突如、母が少女の名を叫び

振り返る間もなく肩に強い衝撃が加わる。

思わず地面に倒れ込むと聞いたことの無い轟音が響いた。

後ろから飛んできた瓦礫の破片が肩を掠めて

少女はその痛みに思わず顔を顰める。

でもそんな痛みはどうでもよかった。

今の状況を考えれば自身の家に何が起きたのか、少女には悟ることが出来る。

それでも尚、少女は振り返った。

そして冒頭に戻る。





どうしてこんなことになったのか。

それは今の少女には分からない。

どこにでもあるただの農村が何故か襲撃にあった。

その事実以外詳細は何も分からない。


「ねぇ、起きてよ。ねぇって。」

「起きて……起きて、起きて。」


力ない母の手をひたすら握ってなんの意味もない言葉を繰り返した。

もう起きやしないことは分かっているのに。

分かっているのに、

受け止めきれない現実が頭の中をぐちゃぐちゃにして

無駄な行動を繰り返させる。

入口にいた母ですらこんな状態なのだから、

父ももう生きていることは無いだろう。

さっきまで一緒に笑って、ご飯を食べて、今日の仕事を話していたのに。

これまでもこれからも続いていくはずの日常だったのに。

それは永遠に叶わないものになった。

その絶望に顔はどんどん項垂れていく。

すると、崩れかけていた家が更に崩壊する。

はっと顔を上げると一層母が押しつぶされていた。

先程までは見えていた母の顔すら見えなくなった。

瞳孔は開かれたままで薄く開いた唇。

血に濡れ酷く汚れていた。

いつものような明るい笑顔ではなく、まさに死に顔だったから、少女は別に見ていたい訳ではなかったけれど、もう母のかたちがあるのは今握っている手だけになってしまっていた。

こんなに崩れてしまっては少女一人で助けようがない。

当然こんな状況では頼れる人間もいない。

それでも尚家は燃え続けていて、

いずれ母の体すらその炎で包み込んでしまうだろう。

そうなればもう何も残らない。

少女は必死に母を瓦礫から引き出そうとした。

母を助けて、その後に父も。

無理だと心のどこかで思うところはあっても諦めきれなかった。

指先が、手が、腕が、どれだけ傷つこうとも

ひたすらに瓦礫をかき分ける。

しかし齢15の少女の力など知れている。

助けられるわけもない。

そんな時、背後から声が聞こえた。


「はる、危ないからやめなさい」


「そうだ、こっちにおいで」


二度と聞こえないと思っていた母と父の声。

勢いよく振り返ると、そこにはいつも通りの2人がいた。


「お母さん……お父さん…」


ふらつきながらも2人の元へと駆け寄る。

やっぱり幻だったんだ。

2人が急に居なくなるわけが無い。

これは何かの悪い夢だ。

少女は安心しきって

手を差し出す2人の手を取ろうとした。

だが、その手を取ることはできなかった。

2人の手に触れたその瞬間、2人の姿は消える。


「…なんで、なんで……?」


これは悪い夢のはずなのに。

今立っていた2人が本物で、

瓦礫の下敷きになったのは幻のはずなのに。

なんで本物のはずの2人が消えるのか。

そんな疑問しか呟けない。

そんな中、背後でまた崩れるような音がして

ふらふらと後ろを向くと、燃え盛る炎の中に母の手が見えた。

燃えてしまう。母の手が、母が消えてしまう。

何とかしようとまた引き返そうとするけど

足がもつれてこけてしまう。

その間に、母の手はどんどん形をなくしていった。

異能による炎だからだろうか。

普通の炎の比ではない。

もう手足に力も入らなくて、

少女はそのまま消えていく母の手を見つめていた。

そしてやがて何も無くなった。







それからはどうしたのか分からない。

いつの間に立ったのか、どうして今こんな所にいるのか。

燃え盛る村から離れて少女は森の中を歩いていた。

ここに来るまでたくさんの悲鳴を、

全てが崩れ去る音を聞いたような気がするけど

大して覚えてもない。

そんな中をただあてもなく歩いていた。

もうどこにも居場所なんてないのに。

俯いていた少女は道の傍らにあった祠に気づく。

こんな祠がある森があっただろうか。

そんなに歩いたわけではないから

村から近いところにあるはずなのに。

そもそもなんでこんな森の中を歩いているのか。

何かに導かれるようにここに来ていた。

でも、少女は今祠など見たくなかった。

何もしてくれない神様。

そんなものが祀られているものなど見たくもない。

なんだか力が抜けて少女は思わず祠の前に座り込んだ。

ただの村民は死んでもいいのか。

何故守ってくれないのか。

どうして_____


「…助けてくれないの。

……お願いだから、助けてよ…」


無駄な願いだ。

なんて惨めなんだろう。

少女がそう思っていると、頭上から甘い声が聞こえてくる。


「助けてやろうか?」


その声に少女が顔を上げると

この世のものとは思えないほど

美しい風貌をした男が木の上に座っていた。

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