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ありきたりな日々

今日もまた、田を耕すなどして次の農作へと備える。

額に滲んだ汗を拭いながら、少女は空を見上げた。


(……今日も頑張った)


少女は小さな村に住むごく普通の娘。

名は、はるという。現在、齢15。

両親と共に農業をしながら生活している。

育てては収穫する、これが少女にとっての日常だった。決して裕福ではないものの、優しい父と朗らかな母がいて、必要最低限のものを得て生活が出来ている。たまには贅沢してみたい、そんなことを思うことはあっても強くは望まなかった。

こんな生活を続けていって、いつかは自分の家族を持って、やがて年老いていくのだろう。思い描くのは、確約されているともいえるそんな未来だった。変化がある方が人生は面白いのかもしれない。それでも、少女は不変を望んでいた。何気ない日常がずっと続いていくことが何より喜ばしかったのだ。



今日やる予定だったことをおおかた終えて、片付けをしていると家の方から少女と父を呼ぶ母の声が聞こえてくる。


「二人共ご飯よー!」


「はーい」


若干気だるげな返事をしつつ、片付けを終わらせた少女が家の中へと入るとそこには見慣れた食事が並んでいた。雑穀に汁ものに野菜を調理したもの。いつも通りの質素な献立だった。

少女のような庶民にとってはこれが最も標準的なものである。というより、生まれてこの方これ以上の食事など滅多にしたことがない。ひと時の幸福のために贅沢を重ねれば、後に苦い汁を啜ることになるなど分かりきっていることだからだ。一方で、都では米といった豪勢なものが常に振る舞われているらしい。なんとも羨ましいものだ。だが、どれだけ羨んだところで少女の食事が変わることは無い。別に大層困っているというわけでもないのだから、無駄なことを考えるのはやめよう。そう思った少女は目の前の食事を見つめ手を合わせた。


「いただきます」


「どうぞ」


少女の一言に母もまた一言返す。少女に続くようにして父と母も手を合わせていただきます、と言った。器を手に取り、まずは汁ものを啜る。朝ぶりの食事が身に染みていくようで、少女は思わずほうっと息を吐き出した。淡白だが、やはり母の作る汁は美味しい。


(また作り方を徹底的に教わらないといけないな)


いずれは自分も作れるように。母の技は盗んでおきたい。やや物騒な言い方ではあるが、母の家庭で繋がれてきたものを私が受け継ぐべきなのだ、少女は強くそう思っていた。食事と同時進行で今後の農作の予定についてや今日あったことなどを話して、会話が弾んでいく。何気無いこの時間こそが幸せであった。



翌日。今日もまた同じようなことを繰り返して時間が過ぎていく。日が真上まで昇った頃、少女の視界の隅に複数人の男が映った。


(またか……)


少女はうんざりした顔で男たちを見つめる。

男たちは異能部隊。

異能力を有し、戦の際には前線でその異能力を駆使して戦う。

異能力__それは、いつからかこの世界に存在する特殊な力である。この異能力を持つ人間を異能者といい、火や水、風など既に実在するものを操る者や雷を落とすといった新たに生み出す者もいる。人智を超えたその能力は、もちろん自然に生まれ持ったものではない。あやかしや神といった不可思議なものと契りを交わすことで得られるものなのである。しかし、誰であろうと契ることができるというわけではない。選ばれた数少ないものだけが契ることを許される。特にこの国においては。

この国では、異能力を持つことが可能である人間は限られた家系に属する人間のみとされている。これは、今までがずっとそうだったため、少数の家系以外の人間が異能力を手にすることなど想定されておらず、このようにされているのである。限られた家系とは、かつて先祖があやかしもしくは神と契りを結んだことがある家系で、世襲制のようにその家系ではあるあやかし又は神との契りに基づいてこの異能力というように固定化されていた。そのため、この国では存在している全ての異能力が把握されている、と言ってもいい。把握されている異能力を持つ者の多くは異能部隊へと入ることになる。男であっても、女であってもだ。異能部隊への入隊は、志願して試験を通過した者も可能ではあるが、そのような者が存在していないため未だかつて前例は無い。異能者の多くはほぼ強制的に入隊することになるため、自由のないように感じるかもしれないが、異能部隊の仕事は多くあり、戦の前線で戦うことが全てでは無い。異能力を使用して国内での問題を解決したり、前線ではなく援護や国内の警備に徹したりと仕事内容は様々で選択は可能である。また、重大かつ時には危険な仕事であるため、給与や待遇などはかなり良いものだ。しかし、ある程度強力な異能力を持つ者は前線に繰り出されるため、やはり自由とは言い難いのかもしれない。

何はともかく、異能部隊の人間とはこの国では限られた数少ない優れた人材なのである。

そんな優秀な人間たちが何故こんな小さな辺境の村にいるのか。それは定かでは無い。村の人々には巡回、とだけ説明されていた。異能部隊の男たちは今日を含め、もう数回程短期間でこの村を訪れており、この男たちが来ると毎度毎度物々しい雰囲気になるため、少女はあまり良い気分がしていなかった。

巡回とは名ばかりの、散歩に近いような足取りで村を1周し終えると、男たちは帰って行った。その背中を少女は忌々しげに見送る。どうせ何も無いのだからもう来るな、そう心の中で願いながら。すると、父が何やらにやけた様子で少女に尋ねてくる。


「なんだ?気になる男でもいたか?」


どうやら、一目惚れでもしたのかと心浮き立っているようだ。あの視線のどこにそんな浮ついた気持ちが含まれていると思うのか。父を訝しげな目で見つめた少女は淡々と言った。


「そんなわけないでしょ。早く帰れって念送ってたの」


少女の言葉に父はひどく落胆したような様子を見せる。少女はそんな父にため息を零した。改めて父を見ると、今度は笑みを浮かべている。いつの間にか向けられていた父の微笑ましそうな表情に少女は思わず問う。


「なに?」


父は目を細めながら口を開いた。


「お前もそういう年頃になってきたんだなあと思ってな」


「だからそういうのじゃないってば」


なかなかしつこい父にわずかないらだちを覚えつつ、少女がそう言い返すと分かってる、分かってると笑いながら父は少女の頭に手を乗せた。


「……お前が幸せになってくれれば何でもいいんだ。

心の底から愛した人と愛を育んでいけば。」


そう言いながら自身の頭を撫でる父の手に心地良さを覚えながら、少女はこくりと頷く。自分の幸せをこんなにも願ってくれる父のために何か返したい。父は孫の顔が見たいとよく言うから、いずれは孫の顔を見せてあげたい。せめてもの恩返しをして、父にまた母にもまだまだ幸せになって欲しい。少女は心の底から強く願っていた。

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