第5話 ロマ共和国の権力者達
ハン帝国侵攻開始。
その報をロマ共和国上層部が聞いたのはサガン王国王都クブタが戦場になった直後であった。当然ながら緊急会議が開かれることとなったのだがロマ共和国の政治体制が足を引っ張ることとなった。
ロマ共和国は元老院と呼ばれる貴族・平民からなる政治家による合議制を敷く国家である。これは平民でも政治にかかわる事が出来る一方で今回のような早急に対処が求められる事態にめっぽう弱いという特徴があった。そう、元老院議員のうち、緊急招集に応じれた者は6割程度しかいなかったのだ。それもそのほとんどが平民であり、貴族は遠方に出払っている等で応じる事が出来なかったのだ。
それでも緊急招集を行った以上会議が始まったのだがすぐにグダグダとなった。
「今すぐにでも援軍を送るべきだ!」
「いや、それよりも国境部の防衛強化を……」
「のんきに砦を作っている場合か! それよりも徴兵を!」
「そもそも議員がこれだけしかいないのに勝手に決めるのはどうかと思うぞ!」
「なにを! そもそも何故議員のくせに直ぐに応じれないのだ!」
「平民にはない貴族の役目があるからだろうが!」
「平民を差別する気か!」
普段は自分たちの意見が通りづらい平民の議員はここぞとばかりに意見を通そうとして、それを数少ない貴族の議員が阻止しようとしている。その結果として議員同士の罵りあいに発展し、今にでも乱闘が始まりそうな状況にまでなっていた。
こういう時、場を取りまとめる議長がいるのだがなんとその者もこの場にはいない。それどころか国内にすらいないのだ。表向きは外交という事にして国外の別荘に家族で旅行中なのである。現状、議長が一番遠く、すぐには来れない状況にあったのだ。
「もめている場合か! 既にハン帝国はサガンの奥地にまで侵攻してきているのだぞ! 四の五の言わずに軍を送るべきだ!」
「その通りである!」
そんな中、一括するように声を張り上げたのが平民・貴族に属さない議員に名を連ねる軍人たちであった。彼らが現状で一番何をするべきなのかを理解しており、それを実行しない議員たちにいらだっていたのだ。
「報告では緊急時の取り決め通りにアラバエタの軍は既に出陣したという。だが、敵兵力は10万を軽くこえていると言われている以上1万5千程度では足りない。早急に全兵力を出陣させる必要がある」
「加えて言うなら元老院の承認次第で3万はすぐにでも出陣できる状態となっています」
この時の為に備えていた彼らの動きは迅速だった。それこそハン帝国のようにたった一人の命令で全てが動く国家であればクブタの陥落する前に援軍を送れそうなくらいには。
しかし、この国は違う。集団で意見を出し合い、集団が決定を下すのだ。故に、判断は鈍く、遅かった。
「軍人風情が口を出すな!」
「どちらにせよ議員が最低でも8割は集まらないと決議は取れないのだぞ!」
「議長もいない今我らだけで決定する事は出来ない!」
議員のその答えがロマ共和国という国を物語っていた。軍人議員たちは、そんな彼らを失望したような表情で見ながら、付き合っていられないとばかりに元老院を後にするのだった。
後世の歴史家たちはこのことをこう語っている。
「もし、この時のロマ共和国が即断即決で軍を動かしていれば戦争は南西諸国戦争と呼ばれる大戦争に発展する事はなく、ハン帝国の野望を打ち砕く事に成功していただろう」
と。