第3話 越境
「今日も異常なし、っと」
ロマ共和国の友好国の一つであり、ハン帝国と国境を接しているサガン王国。その国境部にある砦に常駐する兵の一人であるブアラはいつも通り静かな国境部を見てそう呟いた。この砦に配属となって早半年。彼は一度としてハン帝国軍を見たことがなかった。それだけハン帝国がロマ共和国と戦争をする事を避けている事の証であり、サガン王国にとっては安堵する状況となっていた。
だからと言って防衛しないというわけではない。むしろそんなことをすればハン帝国の奇襲を受けてたちまち占領の憂き目にあうだろう。そうならないためにサガン王国は全軍3万のうち半数を常に国境部に張り付けていた。更にロマ共和国軍1万を常駐させ、奇襲を受けても対処できるように準備を行っていたのだ。
「しっかし、ここまで何もないと暇だなぁ。何か起こればいいのに……」
だが、これだけ防衛準備が出来ていると人間の方はどうしても慢心してしまう。何時までも見えない敵を気にして気を張り詰めて置ける人間はいないのだ。ブアラがハン帝国の方をちらりと確認するだけで暇そうに巡回をしているのも仕方のないことだ。そして、その結果として砦の壁を音もなく登ってきた襲撃者に首を落とされるのも仕方のない事であった。
「……」
「……」
歴史にも残らない名も残らない巡回兵を手早く始末した彼ら、ハン帝国が誇る隠密部隊はやがて襲来する自軍の露払いをするべく再び静かに移動を開始した。
凡そ1時間後、防衛能力が著しく低下したこの砦をハン帝国軍3万が襲来。わずかな抵抗を叩きつぶしてサガン王国領内に侵攻を開始するのだった。
後の世に「ロマ・ハン戦争」と呼ばれるようになるこの一大戦争はハン帝国の奇襲から始まるのであった。