8.宴
誕生日の日だけは前日の夜から夜更かしをすることが許されるため、あれから家に帰ったルーシィは忙しなく料理を作る母親の後ろ姿をニコニコしながら観察し、時には自分に出来る範囲で手伝いをしながら過ごした。
日付が変わる直前にアルベルトがルーシィを迎えに来て、リザードの家まで手を引いていく。
「「「「おめでとーう!!!」」」」
ルーシィがリザードの家のドアを開けた途端、家の中に居た皆が口を揃えてお祝いの言葉を述べた。
「…皆、ありがとう!!!」
ルーシィはそれに対し、一瞬驚くような表情をした後すぐに心からの笑顔でお礼を述べた。
祝いの宴が始まり、村に居た皆が次から次へと集まって来ると全員が全員リザードの家に収まるわけもなく、それを見かねていたかのようにリザードは家の前に数人がかりで大きな敷物を敷いた。
「飲める男どもは集合!!!」
そうリザードが号令をかけると手順よくお酒や料理を持った男達がわらわらと集まり、敷物の周りに靴を脱ぎ散らかすと中央に置いたお酒や料理を囲むように大きな円を描き、酒盛りが始まった。
「アルベルト君はこっちにおいで」
酒盛りの中心にいるリザードとアヴェルを呆れながら見ていたアルベルトをネーシィが家の中から呼んだ。
その横には笑顔でニコニコしているルーシィがおり、ルーシィの近くに行くとルーシィはアルベルトの手を引っ張り、沢山の料理が並ぶ主役席へと案内した。
「今日の主役はルゥなのに、俺もここで良いの?」
促された席にとりあえず座るも、アルベルトはルーシィにそう問いかけた。
「良いんだよ。私の隣はいつだってアルだけだよ。だって、アルは私の将来のお婿さんでしょ」
内緒話をするように両手をアルベルトの耳に当てたルーシィは嬉しそうにアルベルトにだけ聞こえるようにそう告げた。
また耳が赤くなってきたアルベルトは両耳を両手で隠すように摩ると「後でプレゼントあるから」と言った後そっぽを向いた。
その様子をネーシィは寂しさが混じる優しい微笑みで見守っていたが、すぐにリザードと同じような笑顔でニカっと笑うと「ほら、食べな食べな!」と言い、アルベルトとルーシィに沢山の料理をよそってくれた。
お腹が満腹になった頃、アルベルトとルーシィが外に行こうとした時、ルーシィはネーシィに呼ばれて家へと帰っていった。
1人外に出ると、酒盛り中の大人の中にルーカスが居なかった。
今からルーシィに告げるのだろうと察したアルベルトは、ルーシィの家の玄関近くの壁にもたれかかると腕を組みひとつため息を吐いた後、目を閉じた。
「ママとパパのバカ!!!」
そんなに時間も立たず聞こえてきたルーシィの声と共にルーシィの家の扉が開くと、両手で顔を隠すように出てきたルーシィはそのままアルベルトの存在に気付かず泉のほうへ走り去っていった。
「「ルーシィ!」」
焦った様子でネーシィとルーカスがルーシィを追いかけようと出てきたため、アルベルトは2人に任せてほしいと声をかけると走ってルーシィを追いかけた。
いくら走っていようと4歳のルーシィの足では9歳のアルベルトの足にすぐ追いつかれ、アルベルトはルーシィの名前を呼んだ後、走っていたルーシィの片手を掴んだ。
「アルウゥゥ…」
振り向いたルーシィの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっており、思わずふっと笑ったアルベルトは「ルゥってば、まだまだ子供だね」と言いながら、自分の両腕の服の袖でルーシィの涙を軽く拭った。
さすがに鼻水まで服で拭くわけにはいかず、ポケットから上品なハンカチを出してルーシィに手渡したアルベルトは、ルーシィの空いている方の手を引きながら、先程一緒に過ごした岩まで歩くとルーシィに座るように促した。
「…アルはいつから知ってたの?」
すすり泣く声が止んだ頃、少し落ち着いたルーシィから質問されたアルベルトは一緒に座っていた岩から降りるとルーシィの目線の高さに合わせるように両膝を曲げてルーシィの前に立った。
「最初から。ルゥが生まれた時から知ってるよ」
充血した金色の目を覗き込みながら真っ直ぐに告げた。
「何で今まで教えてくれなかったの?」
ズビッと鼻をすすったルーシィは更に質問した。
「だって、ルゥ今日でやっと4歳だよ。昨日まで3歳だったでしょ。その前は2歳。そんなに最初から言ってもきっとちゃんと理解できないよ?」
フフッと優しく笑いながら告げたアルベルトにルーシィは目をきょとんとさせた。
「…ハハッ、確かに」
自分が馬鹿な質問をしたことに気付いたルーシィも可笑しそうに笑った。
「だからママとパパは今日まで内緒にしてくれてたんだね」
最初から知っていてもお互いにとって辛いだけだった。そう察してくれてたから。
両親の優しさに気付いた時、止まったはずの涙がまたとめどなく流れ始めてアルベルトはそんなルーシィを隠すように着ていたコートに閉じ込めて優しく抱きしめた。
「もう大丈夫だよ」
ルーシィが小さな声でそう告げた時、アルベルトは摩っていたルーシィの背中から手を離し、ゆっくりとルーシィから離れた。
「主役が台無しだよ」
真っ赤になったルーシィの目尻に優しく触れたアルベルトは、ルーシィに渡していたハンカチを受け取ると後ろにある泉の水際まで行きハンカチを濡らして軽く絞った。
「はい、冷やしてな」
岩にもたれかかるように座ったアルベルトはコートを脱ぎ芝生のような草の地べたに広げると、自身の太腿をポンっと叩きルーシィに横になるように促した。
大人しくコートの上で横になったルーシィはされるがままに両目にハンカチを置かれた。
「気持ちいい」
ひんやりとした感触に思わず口角があがってしまったルーシィはアルベルトにお礼を言った。
「皆知ってたのかな…」
アルベルトが特に何も答えないため、肯定だと判断したルーシィはさらに言葉を続けた。
「でもね、私、私の運命が怖くて泣いたんじゃないの。何故か分からないけど、龍のことを聞いた時、胸の中にストンと降りてくるものがあった。だから、怖いとかじゃなかったのに、ママとパパが最初から私のことを諦めてるような気がして寂しくなったの」
ぐすんと鼻をすすったルーシィはまた先程のことを思い出したのか目に少し涙が浮かぶ。
「うーん…諦めたんじゃなくて、覚悟を決めたんじゃないかな。生まれた時に悟ってしまった運命を自分達の手で台無しにするわけにはいかない。ルゥがどんな道にも行けるようにルゥの幸せを願った覚悟をこの4年で固めたんじゃないかなって俺は思ったよ」
アルベルトの言葉に驚いたような顔をしたルーシィは「そんな考え方もあるのかぁ、感じることは人様々なんだね」とニコッと目を細めて笑った。
「なら、ママとパパとちゃんと話さなきゃね」
起き上がって横に座ったルーシィは自身の両手をぎゅっと握りしめた。
両親ともう一度話し合う覚悟を決めたルーシィの頬には目を細めた時に流れ出した涙が弱気な心を流していくかのようにスーッと伝っていった。
その横顔を眩しく思いながらアルベルトはズボンのポケットに入れていたものをギュッと握ると取り出した。
「…ルゥはすごく良い子だね。そんなルゥに僕からの勇気の出るおまじない。付けてくれると嬉しいな」
そう言って箱を開けると中に入っていたのはアルベルトの瞳の色を映したような綺麗なガラス玉のついたヘアゴムだった。
そのヘアゴムをルーシィの手のひらに乗せるとルーシィの目がキラキラと輝いた。
「うわぁーうわぁー!可愛い!!」
そう言ってすぐに自分の髪をひとまとめに結うと「アル、ありがとう!」と輝くような笑顔で笑った。
「最近街で流行ってるようで、本当はピアスをと思ったんだけど、あまり幼いうちに穴を開けるのもなと思ったんだ。良かった。似合ってるよ」
ルーシィの結われた髪をひとすくいしたアルベルトは喜んでもらえたことにホッとした。
「このガラス玉、アルの瞳の色みたいね。嬉しい!ピアスはアルもまだ付けてないよね。いつかアルとお揃いで欲しいなあ」
そう言いながら嬉しそうにガラス玉に触れるルーシィにアルベルトは耳を赤くした。
「ルゥ、ピアスのお揃いってわかって言ってるの?」
「ん?わかってるよ、私達一族の結婚指輪みたいなものだよね。崖を登ったり危ない道を進むことが多いから指輪だと傷が入っちゃう、ネックレスだと引っかかっちゃう、ブレスレットだと切れちゃう。だから、ママもパパも一族の夫婦も皆それぞれの夫婦でお揃いのピアスをするんだってママから聞いたよ」
アルベルトの質問に対し意地悪そうな笑顔を向けたルーシィは「アルもそういう意味かと思ってたよ」と続けた。
アルベルトはこのプレゼントを購入する時、数あるガラス玉の中から無意識に自分の色を選んだ。
今まで特にプレゼントの意味について意識していなかったが、自分の中に無意識にルーシィを独り占めしたいという気持ちがあったのか。
そう気付いた時、驚いたようにハッとしたアルベルトは一気に赤面した。
「…いつか、ルゥが成長しても、運命に直面しても、それでもルゥの相手が俺がいいって思ったらその時は受け取ってもらえる?」
膝に顔を埋めたアルは目だけをルーシィに向けて言った。
「ふふ、もちろんだよ。アルもいくら周りに良い人が沢山居ても浮気しちゃだめだよ」
そう優しく微笑んだルーシィの頬もほんのり赤かった。
その後は、アルベルトがルーシィをエスコートしてルーシィを家に送り届けた。
家の中で待っていたネーシィとルーカスは改めてルーシィと話し合い、アルベルトの言う通りの意味だったことがわかるとルーシィは声をあげて両親に泣きついた。
その様子をルーシィの側で見守っていたアルベルトは、ルーシィが泣きついたのと同時にネーシィとルーカスに優しい目線を送ると退室した。
それに対しネーシィとルーカスもお礼を込めて優しく微笑んだあと軽くお辞儀をしてルーシィを抱きしめた。
いっとき経った頃、ルーシィは家族3人仲良く宴に交じった。
その様子から、ルーシィにとうとう予言を告げたことを理解した秘匿の民一族は口々にルーシィに声をかけては、各々が祝福の言葉を送り、辺りは明るい声で賑わっていた。
その中には勿論、アヴェルにリザードもおり、改めて本当の意味で誕生日を祝ってもらったルーシィはとても嬉しそうにしていた。
そのうちの誰かがルーシィのガラス玉のゴムについて指摘し、ルーシィが照れながらアルベルトを見たため、アルベルトもすぐにその賑わいの中に参加することになったが、それぞれが宴の間、とても楽しい時間を過ごした。
夜中騒いだ一同は朝日が出る頃解散し、酔い潰れておらず、動けるものは仮眠をとってから片付けが行われることになった。
アルベルトもルーシィとともにルーシィ家族と家に戻ったが、終盤は寝落ちをしてしまっていたルーシィがアルベルトの手を離さないこともあって同じ布団で一緒に仮眠をとることとなったのだった。