4.予兆
リザードと呼ばれる男性は人気がなくなると一度立ち止まり、フードをとってポケットから出した布切れで汗を拭った。
「ランベルト、紹介しよう。彼はリザード、先程話した秘匿の民の1人だ。リザードの直属の先祖の1人にかつての姫とその叔父がいる」
「リザードさん、僕はランベルト・オスカーと申します。立場はもう叔父上からお聞きかもしれませんがギゼルデ王国現国王グラドール・オスカーの息子です。よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げたランベルトをリザードは驚いたように見つめた。
「王子様が丁寧に頭を下げてくれるとあっちゃあ俺もきちんとしないとな。アヴェルから紹介を受けたとおりだ。秘匿の民、リザード。アヴェルが俺の身分を話したから、こんな平民にまで正体を隠さずに丁寧に自己紹介をしてくれたんだよな?良い坊っちゃんじゃねえか」
二カッと笑ったリザードはガシガシっとランベルトのパープルグレーの頭をなで回した。
「おおっと、思わず!不敬罪なんてやめてくれよ。休憩しちまってすまねぇな。妹の子供がいつ生まれても良いように一ヶ月前くらいから村で待機してたからよぉ、身体が衰えちまって。年だなこりゃ。アヴェルは大丈夫だろうが、今から行く村はランベルト様にはちっとしんどい道なりになるかもだが、何かあったら言ってくれ」
「あの、リザードさん。僕にも叔父と一緒の態度で構いません。様はつけないでください。それと、一生懸命着いていきますが、もしもの時はよろしくお願いします」
「なら、俺もリザードで構わねぇ。その言葉遣いも俺が出来ねぇのに相手にさせるのもって感じだからやめれそうならやめてくれよな」
そう言うとまた二カッと笑ったリザードは、今度こそアヴェルとランバードを連れて秘匿の民の村へと向かった。
秘匿の民の村は断崖を少し降りたところから人が2人並びで通れそうな洞窟を抜けた先にある森の中の泉に面している場所にある。
火山のマグマだまりのような位置に泉があるため、敵からの侵入もほぼ皆無と言って良いほど立地は良く、多少の行きにくさはあるが村にするにはもってこいの場所だ。
入口には門番が2人立っていたが、リザードが居るため特に止められることもなかった。
「じじぃ、入るぞー」
まず連れてこられたのは長の家だった。
先程のリザードの時と同じく、長に自己紹介をしたランベルトは叔父が長と話をしているのを聞きながら、四方に視線を漂わせた。
崖を軸に泉に向けて片屋根となっている家の中は様々なところに食料や生活用品が紐や籠で吊り下げられており、貴族の家に比べると明らかに狭いが十分に生活のしやすそうな作りとなっていた。
「よし、ネーシィのところに行くぞー」
話は一旦赤子を確認してからということになったらしく、声をかけてくれたリザードに着いて行くと、長とは別の片屋根の家に案内された。
「ネーシィー、俺だ。入るぜー」
そう言いながら木製の引き戸を開けたリザードは更に奥にあったすだれの前で止まると中に居た人にも声をかけた。
すぐに女の人の声で許可が出たため、リザードはすだれを上げて躊躇なく入って行く。
その後を追うようにアヴェルとランベルトは「お邪魔します」と声を出しながら続いた。
「あら、アヴェルさん、久しぶりね」
リザードとよく似た栗色の髪に緑色の目の女性が笑顔で迎えてくれる。
その腕には赤ちゃんが抱かれており、こちらの角度からはおくるみの中の赤ちゃんの頬が少し見える程度だった。
ネーシィの横には暗めの茶髪に髪よりも少し明るめの茶色の瞳をもつ男性が座っている。
「ネーシィ、お疲れさん。そしておめでとう。大仕事の後すぐに訪ねて悪いな。この子はランベルト。私の甥っ子だ。よろしくしてやってくれ」
「初めまして、おめでとうございます。大変な時にお邪魔してしまいすみません。紹介を受けたように僕はランベルトと言います。よろしくお願いします」
アヴェルが話しながらリザードの横に座ったのを確認してランベルトも挨拶をした後、その横に座る。
「私はネーシィ。こっちは旦那のルーカス。そして、この子がさっき生まれた私達の愛娘、ルーシィよ。よろしくね」
そう言ってランベルトにルーシィの顔がよく見えるように抱っこの角度を変えてくれたネーシィはルーカスと共に幸せそうに微笑んだ。
初めて会ったその赤ちゃんは明らかに金髪の髪の毛がふさふさしていたが、目は瞑ってしまっていた。
「さっきまで目開いてたんだけど…疲れちゃったみたいね」
赤ちゃんの顔を見てフフッと笑ったネーシィは、その後すぐにアヴェルを見つめて真剣な眼差しで言った。
「この子は、予言の子かもしれない」
「………予言の子?」
ランベルトは黙っていようとおもったが、思わず反射的に動いてしまった口を慌てて片手で押さえた。
その様子を見たネーシィは言ってもいいのよね?とアヴェルに尋ねた後、アヴェルが頷くのを確認して話し出した。
「ランベルト君が聞いた話とは別に我が一族、秘匿の民と呼ばれる一族にだけ伝わる話があるの」
ランベルトは思わずアヴェルの顔を見ると、アヴェルは真剣な顔で頷いた。
「龍は旅立つ前に私達の先祖に言ったの。“姫が再び輪廻の輪から戻ってきたその時、姫が龍と出会った年に龍の一族は必ず姫のもとに戻るだろう”と。」
ゴクっと生唾を飲んだランベルトは「その年は?」とネーシィに質問をした。
「4歳よ」
さらっと質問に答えたネーシィは、それでも!と語源を強めると「私達はこの子を愛情いっぱい育てるわ。例えこの子が予言通りに龍と添い遂げる運命であってもこの子は私とルーカスのかけがえの無い宝物だから」と言葉を続けた。
それを聞いた夫のルーカスは覚悟を決めた顔でルーシィを抱っこしているネーシィの手に自分の手を重ねて同意を示した。
「おぎゃー」
その時、両親の覚悟を受け取ったかのようにルーシィはゆっくりと目を開けた。
吸い込まれそうな黄金色の瞳に目が釘付けになる。
アヴェルも同じだったようでルーシィの顔をしっかり見つめている。
「本当に黄金だな」
ぼそっと言ったアヴェルは「まさか俺たちの代で来るとはな」と続けた。
しかし、すぐに覚悟を決めたようで「こうなったからには全力で協力しようじゃないか!」と豪快に笑いながら言った。
その言葉に家内に居た秘匿の民の一同は王国の後ろ盾を得てホッと胸を撫で下ろし、皆一丸となってルーシィを育てていく覚悟を決めたようだった。
「アルベルト君、触ってみる?」
その光景を呆然と見ていたアルベルトは、ネーシィから声をかけられたことで我に返ると「良いんですか?」と返答した。
その様子を見たネーシィは優しく微笑みながら、「アルベルト君も良かったらルーシィを守ってあげてね」と言い、アルベルトの手をそっと持ち上げ、ルーシィの頬に当てた。
ルーシィはその瞬間ふにゃっと微笑むと気持ちよさそうに目を細め、アルベルトの腕に自身の小さな小さな手を添えた。
その瞬間、アルベルトは決めた。
僕はこの子を一生をかけて守るんだと。